33話 離脱者
サソリが背を向けて、屈んでいる。
右手を地につけ、左手を浮かせている。
龍一の目線は、高スピードで低くなっていっている。
そして、白い壁が右から迫ってきた。
側頭部に強い衝撃が走る。
龍一は倒れていた。
右足を頭頂部に打ち込まれ、地面に叩きつけられていた。
脳が揺れ、意識が遠のいていく。
サソリは龍一のそばで、平然とした顔で立ち上がった。
龍一が前腕を使って、少しだけ体を浮かせる。
汗が垂れ、ぐにゃぐにゃに曲がった床が視界に移っている。
龍一は歯を食いしばり、足に力を込め、何とか体を起こした。
サソリはそれを、少し離れて見守っていた。
龍一は呼吸を整え、回復を急ぐ。
龍一が、両腕を上げ、構えた。
同時にサソリも構える。
サソリが踏み出した。
右足で地面を蹴り上げ、ハイキックを放つ。
龍一は左腕で右足を受け、右拳を突き出した。
サソリの顔面に、拳が打ち込まれる。
サソリが一歩後ろに下がった。
龍一は一度ステップを踏んでから、サソリに向かって踏み出した。
サソリは態勢が整っていない状況だ。
そこへ、右腕を振るう。
その瞬間、龍一の頭に痛みが走った。
右腕を振った反動で、脳が揺れたのだ。
龍一が目を細め、顔をしかめる。
少し体が沈み、腕の動きは止まった。
そこへ、サソリの腕が伸びる。
左脇で龍一の右腕をがっしりと掴み、前に進み出た。
右脇に、龍一の首が挟まる。
サソリは左手と右手を絡め、解けないようにした。
龍一の首が締まり、左手はサソリに届かない。
右手は動かせるものの、距離が近いせいでサソリの胴を殴っても効果は薄い。
サソリは強く締めあげている。
龍一の頸動脈が締まり、血が塞き止められていく。
龍一の意識が、再び飛んでいこうとしていた。
しかし、距離が近い状態で、締め上げられている状態。
それを龍一が一度も思わなかったなどと、考えられない。
龍一が生み出した技、その中に、こんな技もある。
背・神菅打ち。
鳳眼拳で、サソリの背を打つ。
打った箇所は、背骨から少しだけ右にずれたところだった。
その瞬間、サソリの腕が離れる。
そして、サソリの体が崩れ、膝と額を床につけている。
「なんだ?」
「何やってんだ」
観客から、不思議がる声が沸く。
先ほどまで優勢だったサソリが、いきなり腕を離した。
更には、這いつくばっている。
もちろん、龍一の攻撃によって起きたことである。
鳳眼拳で打った箇所は、サソリの背に通る神経だった。
その神経に衝撃を与えたことにより、サソリの背には激痛が走った。
神経や血管を打つ技、神管打ち。
背中を打つ場合、背・神管打ちとなる。
凛太との初試合。
鳳眼拳によって、龍一は勝ち筋を生んだ。
そこから、龍一が命名も含め独自に生み出した技だった。
龍一は人間の体に通る重要な血管や、神経を記憶し瞬時に打つことができる。
龍一が頭を手で触り、脳の状態を確認する。
その時、サソリが立ち上がった。
歯を食いしばり、龍一を見ている。
龍一が構えた。
その瞬間、龍一の視界からサソリが消えた。
下。
直感で分かった。
しかし、遅かった。
サソリは龍一の足元に手を付き、左足で弧を描き、龍一の顔面へ蹴りを放つ。
龍一は後ろへ数歩、下がった。
サソリは身を屈めたまま、龍一の寄っていった。
左足で、龍一の脛を打つ。
龍一の体が、少し前のめりになった。
サソリの右足が伸びる。
龍一の腹へ、一直線に伸びていく。
そして、残り数センチで触れようとした時。
龍一の上半身から、力みが消えた。
爪先が触れ、龍一の腹を突く。
だが、龍一は左に回転しながら移動した。
サソリの足には、触れた感覚は合っても蹴った感覚はなかった。
サソリがすぐに龍一を目で追い、立ち上がろうとする。
立ち上がろうとし、両手を床から離した。
その時には、龍一の体がサソリの身体へぶつかっていた。
サソリが背中から、床に倒れる。
今度は、龍一がマウントポジションにいる。
サソリが両腕で、顔をカバーした。
しかし、龍一は拳を振り下ろさなかった。
静かに、右拳で鳳眼拳を作り、サソリの胸へ乗せる。
サソリが気付いた。
両腕で、龍一に攻撃を仕掛けようとする。
龍一が体重を乗せた。
鋭く重く、サソリの心臓部へ衝撃が走る。
「っ…」
サソリは少しだけ浮いた頭を落とし、白目をむいていた。
審判が駆け寄る。
サソリの瞼を触り、立ち上がって声を上げた。
「勝負あり!」
その声を皮切りに、歓声が上がり始めた。
龍一はサソリの上から退き、リングを出ていった。
観客の間を通り、階段を登っていく。
足を進めているとき、目の前に人が一人立ちふさがる。
総一郎だ。
「よっ」
「勝ったよ」
総一郎は少し体をどかし、龍一の横に回った。
そして、一緒に階段を上がっていく。
「どうだった。あの男」
「強かった。金殺はレベルが高いなぁ」
龍一が両腕を真上へ上げ、肩を伸ばす。
「今度、凛太の試合があるんだとよ」
「へぇ…」
「見に行ってやるか」
ダァンと、黒い皮へ拳が打ち込まれる。
サンドバッグが、三十センチほど吹き飛び、反動でこちらへ勢いよく戻ってくる。
それにもう一度、拳を打ちこんだ。
サンドバッグが、さらに吹き飛んだ。
男は、横に動いてサンドバッグを避ける。
「組長。野呂様からです」
スーツの男が、電話を渡してきた。
「あぁ」
黒い長髪の髪をなびかせ、電話を受け取った。
筋肉質な体である。
大きく、硬い。
鍛え上げられた筋肉だ。
電話から、声がする。
『もしもし霊野~?元気?』
「何の用だ、野呂」
『まぁまぁ怒んないで。いつやるかの話をしに来ただけ』
「そうか。速い方がいいだろうな」
『じゃあ、直接会おうか』
野呂との電話、相手は、黒薔薇組組長、霊野正和。
血が舞う。
相手の名は、アンノウン。
そのアンノウンの鼻から、血が噴き出た。
アンノウンが仰向けで倒れた。
「勝負あり!」
審判が声を上げる。
そして両者が、リングから出た。
「凛太~」
龍一が話しかけた。
「どうだ?勝ってやったぜ」
凛太が自慢げに言う。
「これで勝利数は五分五分。アンノウンとか言っておいて、たいしたことなかったぜ」
凛太が笑いながら言う。
「それにしても、本当に音鳴なんだな」
龍一がそう言うと、凛太は胸を張った。
「そりゃあ、かっこいいからな」
「考えたのお前じゃないだろ」
龍一が言うと、凛太は目をそらした。
すると、凛太が立ち止まる。
龍一が凛太を見ると、そらしたままの目線の先から、誰かが歩いてきていた。
傷を負っている。
廊下の奥から、一歩一歩踏み込みながら歩いてくる。
ショートの黒髪に、黒いサングラスをかけ、Yシャツを着ていた。
Yシャツは、所々切り裂かれている。
その部分は赤く染まり、血が流れていた。
龍一たちは、その男に駆け寄る。
「大丈夫か?」
凛太が話しかけると、男は唾をのんだ。
「ええ。ご心配なさらず…」
そう言って、男は倒れた。
「おい!大丈夫か!」
凛太が声をかけるも、返事はない。
龍一が、男を抱え、持ち上げた。
「医務室へ…運ぼう」
龍一が汗を垂らしながら、凛太に言った。
凛太はため息をつき、男を龍一から奪う。
「重いだろ。俺、医務室の場所分かんねぇから案内してくれ」
「わかった」
龍一はうなずき、凛太を先導した。
白い天井。
見覚えはない。
ここは…俺は傷を負って…。
そう思いながら、体を起こす。
確か、あいつと戦って。
頭を抱える。
想像以上に強くて、どうせ死ぬならって、逃げて。
辺りを見回してから、ベッドを下りた。
服はスーツではなく、入院着のようなものを着ている。
スリッパを履いて、歩こうとしたが、態勢がガクッと崩れた。
傷がまだ癒えてない。
だが、ここはどこなんだ。
その時、部屋の扉が開いた。
服装から見て、医者のようだ。
後ろには、二人の男がいる。
医者には見えない。
まじまじと見ていると、二人の小さい方が、駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
体を抱きかかえられ、ベッドに座らせられる。
「私は一体何を…」
小さな男が答えた。
「傷だらけで倒れてたんですよ」
その言葉を聞き、一瞬安堵した。
逃げてこられたのか。
少し浮かばれた気持ちで、もう一度しっかりと、男の顔を見た。
記憶の中に存在する、重要な顔。
「龍一…」
「え?」
小さな男、龍一は困惑したように言った。
「何で…」
龍一が困惑している隙に、ベッドの上に飛び立つ。
「ここであったが百年目。あなたを倒して、返り咲く!」
そう言って、龍一の顔に右拳を突き出した。
龍一はそれを難なく躱し、右腕を掴んだ。
その瞬間、体が宙をうく。
部屋の床へ、背中が打ち付けられた。
「かはっ…」
肺の中の空気が一気に抜け、意識が飛びそうになる。
「あ、ごめんなさい」
龍一が謝ってくる。
そこで意識が途切れた。
再び目を覚ます。
見たことのある天井。
ゆっくり、落ち着いて起き上がった。
隣には、二人の男がいる。
「ごめんなさい。怪我してること忘れてて…」
龍一が申し訳なさそうに言った。
その時に直感した。
自分は龍一に勝てない。
諦めて、もう一度体を倒す。
「あの、お名前は?」
龍一が聞いてきた。
「佐々木無郎…」
龍一は次の質問に移る。
「何で襲い掛かってきたんですか?」
「それは…龍だから、ですかね」
龍一はそれを聞いて、表情を変えた。
「何者?」
「藤木組傘下、野呂組の野呂善助組長直属兵隊槍。と言ってもわからないですよね」
佐々木は少し笑った。
「藤木組の、傘下…」
龍一は呆気に取られている。
「もうやめたようなものですけど」
そういうと、龍一の顔が少し緩んだ。
「なら、教えてくれないですか?藤木組の事」
佐々木は首を横に振った。
「言えません。というより、知っていることはあまり」
龍一は残念そうな顔をする。
「帰る場所はあるのか?」
大きな方の男が口を開いた。
「あなたは?」
「轟凛太だ」
凛太が言う。
「帰る場所…。いえ、おそらく家には帰れません」
佐々木が言うと、龍一が顔を上げた。
「何で?」
「敗北を理由に、野呂組から狙われてるというか…」
龍一はそれを聞くと、少し考え、口を開いた。
「じゃあ、家に住みます?」
龍一が言うと、佐々木は数秒口を開けていた。
「何言ってんだ?」
隣の凛太が、沈黙を破った。
「一緒に暮らせば、藤木組の事について少しは分かるかもだし」
「襲ってくるかもだぞ?」
凛太は止めようとしている。
「返り討ちにすればいいし」
龍一は、凛太の意見を聞かないようだ。
「それに、辞めたならもう襲ってこないでしょ」
佐々木は考えた。
帰るところはなく、野呂組に襲われる可能性が高い。
一般兵なら問題ないが、槍となってくると話は別。
佐々木の答えは決まった。
「佐々木、失敗したんだって?」
暗い部屋。
矢弓が白名に言った。
「まあ、しょうがないだろうな」
白名はため息をついた。
「しょうがねぇじゃねえだろ。俺たちが始末しに行かなきゃなのかぁ?面倒くせぇ」
矢車飛鳥が言い、テーブルの上に足を乗っける。
「サングラスをたたっ壊してやろうか?」
飛鳥の直線上、金山優斗がイラついた声で言う。
「喧嘩はだめだよね」
津賀銀一が、角間行成に話しかける。
「そうそう。二人とも仲良くねぇ」
行成は少し投げやりな感じで言った。
「行成はだめだね。無責任。公屋が言ってよ」
銀一が呆れたように行成を見て、公屋に目線を移した。
「俺は何も言わない。其の徐かなること林の如く、だ」
馬道公屋が言う。
「何言ってんの」
銀一は呆れている。
「今回は、何を話すのよ」
都宮香子が、気竜高馬に向けて言った。
「今回は、俺も聞いていない」
高馬が言うと、香子はため息をつきながら背もたれに寄りかかった。
数分後、扉が開く。
野呂善助が入ってきた。
「やぁやぁ、お元気かな」
善助は椅子に腰かけた。
「組長、今日って何?」
銀一が聞く。
「今日は、遂に、反乱の計画を立てるよ」
善助が楽しそうに言って、手を叩いた。
「そして今回、スペシャルゲストがいるよ」
扉が再び開き、入ってきた。
入ってきた男は、霊野正和だった。
「俺たちの仲間だよ。藤木組反乱のね」
正和が席に着き、善助が姿勢を正す。
「始めようか、反乱」
33話 離脱者 終
33話後書き。
どうも。
今回は戦いがあまりありませんでした。
ストーリー展開を少し早めていこうと思いまして。
因みに、離脱者というのは佐々木を指しています。
そろそろ、槍以外の直属兵たちが出て来るかもしれません。
さて今回は、リーダー的ポジション、気竜高馬です。
身長184センチ 体重89キロ。
竜は関係ありません。
では。




