32話 金殺
「ブレイカー!壊してやれ!」
怒声のような歓声のような、そんな声が響き渡っている。
龍一は息を呑んだ。
時牧の頃とは、全く違う。
観客が殺伐としている。
恐らく、金殺は富豪のストレス発散場となっているのだろう。
龍一が、リングに目を向ける。
MMAのように、金網が設置されていた。
一人の男が、リングに上がる。
金髪の刈り上げで、幾つかの傷。
写真で見た顔、ブレイカーだ。
日本人のような顔立ちをしている。
両の拳を打ち付け合い、気合を入れている。
そしてもう一人、見慣れた男が上がってくる。
白髪、目立った顔立ちではない。
しかし、見慣れすぎた顔。
鋼こと、鋼山響十。
「誰だてめぇ!」
「お呼びじゃねんだよ!」
最前列の者たちが、今度はわかるほどの怒声を上げている。
響十は怯む様子もなく、ステップを踏んでいる。
「二人とも、中央へ」
審判らしき男が、二人を呼ぶ。
二人は、ゆっくりリングの中央へ足を運ぶ。
『来た!あの男が来た!』
いきなり、試合場のスピーカーから大声が聞こえてきた。
『戦績四勝!あの巨大樹を!あの豪傑を倒し!金殺最強ランキング(非公式)に名乗りを上げた男が!ついに五勝目を上げるのか!?』
さっきまでので歓声は、スピーカーからの音でかき消されている。
『本名、兎頭或人!ブレイカーの出陣だー!』
歓声が上がる。
ブレイカーのコールが、いつの間にか始まっていた。
『対する相手、金殺初試合!ピカピカのルーキーが選ばれた!金殺に、慈悲の心は無いのか!?』
ブレイカーのコールが、ぴったり止んだ。
『本名、鋼山響十!鋼が堂々の初陣!』
すると、鋼へのブーイングが始まる。
「…」
響十は、気にしていない様子だ。
審判が、二人をリング端に追いやった。
「では、始めぇ!」
声が響き渡る。
「じゃあ!」
ブレイカーは声を唸らせ、全力で駆け出した。
響十はいつもの構えで待ち構える。
走っている。
明らかに、ブレイカーは走ったままだった。
その走った状態から、右足で地面を蹴り、不意を突くような前蹴りが飛び出した。
ドンッ。
重い音が、耳に流れ込んでくる。
その次の瞬間、ガシャンと、金網の音が流れてきた。
響十は金網に打ち付けられていた。
観客たちは、笑い声を上げている。
ブレイカーは右足を戻し、左足より左に、後方へ向けて足を置いた。
跳ねるように、左足が飛び出し、響十へ踵が跳んで行った。
もう一度、金網の音がなる。
その音は、先ほどよりも大きな音だった。
なにせ、直接当たったのだから。
響十は体勢をかがめていた。
頭上には、ブレイカーの左足がある。
それを、頭で打ち上げる。
ブレイカーの体勢が崩れた。
その瞬間、立ち上がった響十の左ハイが、ブレイカーの側頭部を叩く。
「かっ…」
声が漏れ出し、ブレイカーの体が崩れた。
試合場は、静かになっていた。
「…勝負あり!」
審判はブレイカーの状態を確認した後、声を上げる。
『な、なんと!あのブレイカーが一撃で退されてしまった!』
実況は驚きながらも、仕事を続けている。
それにつられ、観客たちも声を上げた。
「鋼ー!」
「おれぁ信じてたぞー!」
先ほどとは打って変わって、響十の事を褒め始めた。
鋼コールが、響いている。
響十はそれにも気にせず、試合場を出た。
そして、観客席の間の階段を、登っていく。
その辺りの観客たちは、響十に触ろうとしていた。
歩いていき、ある人の前で止まる。
「よぉ、龍一」
「どうも」
「辰正…」
響十が呟く。
「はい。そいつが、おれの目標です」
龍一は言いながら、上を見上げた。
「…そうか」
響十が龍一に背を向け、歩いて行く。
「頑張れよ」
振り返って、手を振った。
「…はい」
暗い部屋に、男が座っている。
黒い髪が、部屋の影に隠れかけている。
「それで、藤木組長。俺達は何の用で呼ばれたのかな?」
髪と眉、瞳まで金色に染まっている。
二つ目の竜、夜頭竜二。
「…竜二。生き急ぐな」
黒い髪が、肩甲骨のあたりまで伸びている。
前髪は、真ん中で別れている。
三つ目の竜、登竜門三郎。
「硬いね〜三ちゃん」
茶色の髪が、短くなびいている。
まだ小さい体で、足を組んでいる。
八つ目の龍、八嶋龍輝。
「知ってるだろうが、一を継いだ者がいる」
三人の前に座る、一人の男。
黒髪の男。
黒いタンクトップから、隆々とした筋肉が覗く。
藤木組組長、金殺最強の男、そして竜を作った男、藤木辰正。
「その龍一が、金殺に入った」
「ん〜。そりゃ、行けるだろうね」
竜二が軽く言った。
「ただ、本当の龍一ぐらいかと言われると…まったくかな?」
竜二の言葉に、三郎が反応する。
「その程度か。龍輝にも及ばないのか?」
「ちょっとちょっと!僕が弱かったのは子供の頃だし、数字は歳順だよ?僕が一番弱いとは限んないじゃん!」
龍輝が騒ぐが、辰正が掌を向け、静かになった。
「故に、トーナメントは予定通り行う」
辰正の言葉に、全員頷いた。
「でもなぁ、五と六はいいとして、四と七は集まるの?」
「あいつらは、強いやつと戦えると言えば、死のうとやってくる。釣ればいい」
辰正の言葉に竜二は笑った。
「その強いのってのは…」
龍輝が言うと、辰正は頷いた。
「俺だ。勝てば俺と戦えるといえば、竜は誰でも集まる」
「確かにねぇ…」
竜二が涙を拭いて、笑いを抑えながら言う。
「それにしても、三郎と龍輝か〜。いい名前をもらったね」
竜二は二人を見て言った。
「他の皆は、どんな名前なんだろな〜」
龍輝が椅子を掴みながら、楽しそうに目を輝かせた。
「それに、誰が一番強くなってるか、だよね!」
龍輝の言葉に、竜二と三郎が頷く。
「どうしよ〜イッちゃんが一番弱かったら〜」
「イッちゃん…?」
三郎が困惑した表情で、龍輝に聞き返した。
「うん!一だからイッちゃん!」
「凄いね!天才!」
龍輝のことを、竜二が褒めている。
「…それで、他にも言うことがあるんでしょう?」
三郎が辰正に向き直る。
それで、二人も辰正の方を向いた。
「…あぁ。これは極秘事項だ。相手は知らないが、バレたところでみたいなものだ」
「…何?」
竜二は覚悟して聞いた。
「俺の傘下、霊野和正率いる黒薔薇組が、抗争にて敗北を喫し、勝利した相手の傘下に入った」
「黒薔薇組が…?!彼奴ら、相当な実力は持っていたはずです。傘下の中でも、三番目に強いと言われているのに…?」
三郎が取り乱したように言うが、辰正はまるで的を射た者をみるような顔だった。
「その通り、黒薔薇組より強い組は、二つある」
「なっ…」
「野呂善助率いる、野呂組との抗争。それに敗れたのだ」
竜二が不思議そうな顔をする。
「傘下同士で戦ったところで、意味あるの?藤木組っていう最高のバッグがあるのに?」
「何故だと思う?」
辰正が言うと、龍輝が声を上げた。
「裏切り!」
「そう。どうやら黒薔薇組を傘下に引き入れ、俺たちを狙ってるらしい」
「何で?」
竜二が聞くと、辰正は立ち上がった。
そして歩いていき、別の椅子にかけてある紙を取った。
「これが、藤木組単体で所有する領地だ」
そう言って、紙を開く。
そこには、関東地方の地図が乗っている。
「東京、栃木、群馬。それらをすべて俺が所有している」
「できるのそんな事」
「俺が県を裏で取るのには、数年もあれば十分だ」
辰正が地図を椅子に掛ける。
「それを狙っているようだ。あいつはそういうのに敏感だからな。仲間のまま終わるとは思ってなかったが、今だったか」
辰正が、拳を握り締めた。
太陽が、沈みかけている。
午後の五時、夕暮れだ。
龍一は、窓を眺めながら、水を飲んでいる。
桐野運用本部、特設ジム。
一面の窓、縦は五メートル、横は五十メートルほどに伸びている。
夕日が反射し、水が橙色に光っている。
トレーニングを終え、休憩中の龍一は、ボーっと景色を眺めていた。
その時、部屋の端で、音がした。
随分と明るい機械音、スマホの通知だ。
龍一は息をつき、スマホを取りに行く。
スマホを手に取って、眺めると、一通のメールが来ていた。
そのメールを、押して開く。
八月二十七日、午後八時、試合予定。
そう書いてある。
龍一への、試合通知であった。
龍一はそのメールに書いてある通りに動く。
メールには、問題がなければ返信を、と書いてあった。
龍一はメールを送り、スマホを再び置き、トレーニングを再開した。
午後八時、金殺試合場。
龍一は、控室に居た。
部屋には、総一郎と聖一。
龍一が呼吸を整え、控室を出ていく。
そして、リングへ向かった。
様々な声が飛び交い、部屋を反響する。
龍一がリングに上がった。
試合場の中には、審判ともう一人。
黒い三つ編みが、肩甲骨まで伸びている。
引き締まった筋肉が、大きく姿を見せる。
微笑みながら、ステップを踏んでいる。
少しだけ汗をかいているところを見ると、すでにアップを済ませたのだろうか。
「中央へ!」
審判が、二人を呼び寄せた。
両者が近づく。
『若い!若いぞ!十七の若獅子が唸りを上げる!』
キンキンと耳の奥で声が響く。
『本名、霞原龍一!一が出てきた!』
「イチぃ!?」
「ふざけた名前してるぜ!」
怒声が飛び交う。
龍一は手首を確認しながら、リング端へ歩いていく。
対戦相手も、リング端へ。
『対する相手は、未だ一勝のみ!表からの殴り込み!総合格闘家のヘビー級が、黒グローブをつけ入場だ!』
対戦相手にも、歓声はあまりわかなかった。
『本名、千宮司凪沙!サソリが勝利を掲げる!』
対戦相手、千宮司凪沙、通称サソリ。
サソリは、未だ微笑んでいる。
「では、始めぇ!」
審判の声で、試合が始まった。
サソリは、ゆるく拳を握り、両腕を立てている。
ステップを踏みながら、ゆっくり近づいてくる。
龍一は、真逆の動きを見せる。
深く踏み込み、両腕を立てて、静止している。
相手からの攻撃を、待っているのだ。
それに応えるように、少しスピードアップして、サソリは近づいてくる。
そして、龍一の少し前で、その場のステップに切り替えた。
龍一は、動かず見ている。
サソリも、位置は変えずに見ている。
数秒後、サソリが動いた。
左に傾きながら、右のカーフ。
龍一は右拳を、左前腕で受けた。
そして、右手を固め、正拳突きを放つ。
拳はサソリの腹へ、深く食い込んだ。
サソリが顔を歪め、一歩飛び下がる。
龍一は逃がすまいと、地面を蹴って、飛ぶようにサソリへ近寄った。
しかし、それが罠。
龍一の視界から、サソリの姿が消えた。
龍一が下へ目を向ける。
視界にはサソリの両腕が、龍一の両太ももをがっしりと掴んでいる姿が映った。
次の瞬間、下を向いていた龍一の視界は、一気に上へ登っていった。
ガンッと、床に背を打ち付ける。
頭はぎりぎり、両手でカバーしていた。
サソリは両腕を離し、すぐに龍一の上へ飛び乗ってくる。
マウントポジション。
龍一の頭から床へ、冷や汗が滑り落ちる。
サソリの重量は、龍一よりはるかに重い。
どうあがいても、振り落としたりはできない。
サソリが右拳を振り上げ、拳を固めた。
龍一が急いで、両腕で顔面をカバーする。
鉄槌が、下される。
少し浮いていた龍一の後頭部が、強く叩きつけられた。
龍一は歯を食いしばり、脳の揺れを抑えている。
その上に、再び鉄槌が下された。
今度は、左の拳だった。
サソリは両の拳で、龍一を滅多打ちにしている。
龍一は耐えながらも、徐々にダメージを追っていった。
龍一は受けながら考える。
(どうする!あがいても落とせない!反撃は狙えない。腹に乗っかってるから起き上がる事もできない!なら!)
龍一は右足で、地面を蹴った。
右膝が、サソリの背中を打つ。
サソリの体制が前に崩れた。
その瞬間、自分の体を少しだけ起き上がらせた。
サソリの顔面に、龍一の額がめり込む。
サソリが後ろへ崩れ、龍一は逃げ出した。
龍一は金殺へ入る際、殺される可能性を考え、全局面へ技を生み出していた。
その技のうち一つ、マウントを取られたとき専用の技、前頭後膝。
仰向けのサソリの鼻から、血があふれ出している。
しかし、サソリはすぐに立ち上がった。
鼻の血を拭い、再びステップを踏む。
龍一も、ステップを踏み始めた。
二人とも、呼吸を整えている。
サソリは鼻血のせいで、少し息苦しそうにしている。
サソリがもう一度、鼻を拭った。
すると、大きく息を吸い、口を閉じた。
そして、そのまま飛び出し、龍一へ近寄る。
龍一も、サソリが飛び出したのを見た瞬間、飛び出していた。
二人の間合いが、触れ合った。
その瞬間、サソリの体制が変わる。
まるで立ち技とは思えない体制へ。
左足をしっかり床に踏み込みながら、右足が高く弧を描きながら降りあがる。
サソリの胴は、左へ低く傾き、三つ編みが床に垂れていた。
龍一はその体制を、まるで回天落としのように見た。
右足が、龍一の頭へ落ちる。
32話 金殺 終
32話後書き。
どうも。
金殺編が遂にスタートです。
ここからは時牧編と違い、安定した戦闘みたいな感じではなくなっていくと思います。
いつか武器も出て来るかもですね。
そして、時牧編との違いをもう一つ上げると、ここからはある程度構想が固まっているので、藤木組らへんに、しっかり触れていけると思います。
すでに、二つの龍が出てきましたからね。
さて、今回は、今回登場のお二人です。
兎頭或人、身長187センチ、体重114キロ。
千宮司凪沙、身長175センチ、体重105キロ。
これから、新登場のキャラはなるべくその回に出していきます。
では。




