第45話 前に続く道 3/6
道を登りきった二人は、丘の上の小さな広場に立った。
「タクヤ、ここからのながめ、知ってた?」
「下からは気になっていたけど、来るのは初めて。まあ、記憶が確かなら」
「壊された王宮が、よく見えるわ」
「ああ。早く直るといいな」
「タクヤ」
「ん?」
「だいて。私を、だいて」
「ど、どうした、急に」
「わかってるでしよ。好きなのよ、あなたが」
泣く子も黙るほどの美女であるミルシードが、すでに目にこぼれ落ちる寸前の涙をたたえていた。
「ミル……」
「あなたはいつもユリのことばかり。でも、もうあの人はいない」
「……」
「そして、私は、王宮から出られない」
「え?」
「知ってるでしょ。私は王子の婚約者なのよ」
「それ、マジで?」
「私は、タクヤと結ばれる。君ではなく、彼と。まだ、決定したわけじゃない。でも、わかるのよ。たぶん、そうなるってことくらい」
「君は、否定しないんだね?」
「否定してどうなるの? それに私は、もともと、彼のことは嫌いじゃない。でも、好きでもなかった。いいの、それは。そうなるにしても、ならないにしても。ただ、はっきりしているのは、君とは、結ばれることはない」
「そうなのかな? ミルが本当に望むなら、出ちゃってもいいじゃん。王宮から飛び出して、普通の生活、してみろよ。うちには、猫がいるんだ。飼い猫ではなく、うちに居着いたノラネコだけど。スーパーで、魚を買ってきてやるんだ。うまい魚だと『にゃお、うみゃ、うみゃ』って鳴きながら食って、で、即睡するんだ」
「即睡?」
「そう。またを開いて、爆睡。自由全開」
「抱かれたまま寝ちゃうのね」
「そう」
「猫か。私も猫になりたいな」
「黄色いスーパーカー、乗れないぜ」
「そんなの捨てていい」
「贅沢だな」
「私、多くは望まない。それは心に決めているんだ。ただ、一度だけなの」
「ん?」
「せめて一度だけ、好きになった人に、抱かれて、キスしたい。一度だけ。ほんと、一度だけ。だめかな。贅沢すぎるかな?」
ミルは、もう涙が止められなくなって、顔がぐちゃぐちゃになっていた。
タクヤは、優しく言った。
「もういいよ、そんなに言わせて、ごめん。僕だって、大切に思っている。一生忘れられない旅の、大切な仲間なんだから」
タクヤは、ミルを両腕で、抱きしめた。
そして、軽く唇をかさねた。
あくまで軽く、でも、長く。
唇の先だけ、ふれ合う。
それ以上はせず。
しかし、そこまでは、本当に。
唇の皮膚の先だけ、感触を探り合う。
やがて二人は離れて、ミルは空を見上げて言った。
「全部捨てて、君といっしょになったら、どうなるのかな。興味はあるけど、これ以上は、ムリね。感謝しているわ。ありがとう。今日のこと、死ぬまで絶対に忘れない」
「大げさすぎないか?」
「あなたは忘れるつもり?」
「そんなことないけど」
「あなた、ユリともキスしたわよね」
「見てた?」
「後ろからだけだけど」
「でも、あれは、本人から否定されたよ。かくしたいことがあるから、ごまかすためだった、って」
「かくしたいこと、か。とんでもないやつだったな。そこが、なんか、最高に、ユリらしかった。大好きだった」
「みんなで旅できて最高だった」
「そうだけど、そんなまとめ方じゃ、私は納得しないわよ」
「ん?」
「君ねぇ、こんなに泣いてる女に、かける言葉はないの?」
「また、無茶を言うつもりか?」
ミルは、なにかをたくらむかのように、横目でタクヤをにらんだ。
しかしそれは、ミルなりのジョーク。すぐに満面の笑みを浮かべて、タクヤの手をとり、最後の思いを込めるように、強くにぎった。
「女の無茶はいつものこと。大丈夫。ありがとう。送るわ」
二人は、道を下り、車に乗った。
黄色いオープンカーは、未練を吹き払うような爆音で加速し、ブレーキ音を響かせ、うねった道を下まで疾走した。




