第十四話 帰りみち②
「おまたせ」
夕日をバックに微笑んだ彼は、まるで物語の中に出てくる王子様のようで。
とくん、と鳴った鼓動を抑えながら、いいえと首を振ってみる。
「ごめんね、なんかわざわざ……」
申し訳なさげな声音で私が言うと、彼はまた笑いながら手を振った。
「全然大丈夫だって。なんか言いたいことあるっぽかったし」
視線だけをこちらに向けてスタスタと歩き出す彼を、私は小走りで追いかける。
そういう気遣いができるとこ、大人っぽくて素敵だな、なんて思ったら最後。
ドキドキと激しくがなり立てる心臓に体が飲み込まれていく。
まともに視線を合わせられない。
そんな状態のまま、私は震える唇を開いた。
「あのっ! そのことについてなんですけど…」
顔を伏せながら呟いた声が、静かな校門前に響き渡った。
ん?なんて軽く彼が訪ねるもんだから、余計良い辛くなって口をつぐんでしまう。
今渡さなきゃ、いけないんだって。
今渡さなきゃ、今言わなきゃ、何かを失ってしまう。
……何も根拠はないけれど、そう、直感で感じた。
ふと、いつの日かの会話が脳裏に蘇る。
___そうだよ、楓の百円の借り。だから、明日もよろしく。
頼んでもいないのに、私にジュースを差し出した彼。
あの時の表情には少しだけ違和感があって。
その理由が、その真意が。あの時はわからなかったけれど、今、わかった気がする。
この貸し借りがなくなったらきっと、彼と私のつながりもなくなってしまう。
もうとっくに彼は、私の気持ちなんて見抜いているんだろう。
その上で、彼はその優しさでこの行為を続けてくれている。
たとえその優しさが純粋でなかったとしても、ちょっとした出来心であっても。
この行為が続く間はきっと、私は恋焦がれて居られる。
裏を返せば、この行為がなくなった瞬間、恋は終わってしまうということで。
それならばもう、道は一つしかなくって。
恋を終わらせないために、これからも彼を見つめているために。
今、私は踏み出さなくちゃいけないんだ。
大きく息を吸い込んで、握りしめていた紙袋を目の前に差し出す。
いっぱいに伸ばした腕の先から、静かな彼の体温を感じた。
「あの! お菓子焼いたので……た、食べてくださいっ!!」
言い切って顔を上げたそこには、驚きつつも微笑む彼が居て。
びっくりした、と呟きつつ彼は、ゆっくりと紙袋を受け取った。
「ありがと。わざわざ作ってくれたんだ」
「いえ! あ、はい!!」
興奮して目を白黒させる私に、彼はどっちだよ、なんて突っ込む。
安堵のため息をついて目をつむる私に、彼はふ、と笑いを零した。
「作るの大変だったでしょ、ありがとう」
袋を覗いてうまそー、なんて呟く彼。
そんな彼がどうしようもなく愛おしく思えて、心臓がきゅう、と鳴った。
「慶斗君が、ジュースじゃないのって言ったから。
重いかな、なんて思ったけど、折角ならちゃんとしたいなって……ね」
そう恥ずかし気に呟く私に彼は「律儀だねー」なんてまた笑う。
「本当にありがと。めっちゃ嬉しい」
へへと笑う彼に、私はすこし食い気味に言葉を発した。
「……なら」
え、奈良?なんて惚ける慶斗君のシャツの裾を掴んで、大きく息を吸う。
キッと上を見つめて、震える唇に力を込めた。
「明日は、もっと凄いの、期待してるから!」
言い切ると彼は、私に優しく頷いて見せる。
「了解。期待してて」
自信満々の彼に少し笑いかけると、彼はお気に召すかな、なんておどける。
期待外れだったら承知しない、と顔を背ける私。
夕日に照らされる彼の横顔はとても綺麗で。
……この行為が、この空間が、この恋が、ずっとずっと続けばいいのに。




