第十三話 帰りみち①
真夏の強い日差しと、生温い風が私の頬をなでる。
いつの間に寝ていたんだろう。
うめき声をあげながらうっすらと目を開けると、
そこには私以外誰もいない教室と、開きっぱなしの古典のノートがあって。
ピーピー、というホイッスルの音に吊られて窓の外を見ると、
炎天下のグラウンドで走っている陸上部の姿が見えた。
もう放課後か、と気だるい体を起こす。
大きな欠伸をして背もたれに寄り掛かると、ぎしりと音を立てて椅子が軋んだ。
トントン、と机の中の教科書を整頓して、鞄に入れる。
鞄のファスナーを閉めようと鞄を持ち上げると、カサリと紙袋が音を立てた。
慶斗君、部活やってるかな。もう帰っちゃってるかな。
放課後の今なら渡せる、と考えが頭をよぎったけれど、昼のことを思い出す。
やっぱりやめよう、そう思って鞄にもう一度紙袋を戻そうとした途端、
さっきまで覗いていたグラウンドから大きな声が聞こえた。
「おーい岩崎! お前部活来んの?」
野球部らしき坊主頭の男子生徒が、二階まで聞こえる大きな声で叫んだ。
肩に部活の鞄を掛けて彼へへらりと笑って頷く慶斗君。
何と言っているのかは分からなかったけれど、とりあえず部活に行くらしい。
そうわかった途端、俄然元気が出てきて。
ご機嫌に鼻歌を歌いながら紙袋を両手に抱えると、私はスキップで教室を後にした。
◇◇◇
キュッキュ、と床と靴のこすれる音が辺りに響く。
ドアの隙間からほんの少し中を覗くと、まばゆい光が視界を蝕む。
バスケのことはよくわからないけれど、シュートを次々に決めていく部員たち。
私には到底できそうにないその技に視線を奪われていたその時、背後から急に声がかかった。
「あの、どうしました? 誰か呼びましょうか?」
私よりもうんと背の高い生徒に呼ばれて挙動不審になりつつも、
「岩崎君をおねがいします」と伝えると、彼は体育館の中に入っていった。
開かれたドアから中を見ると、ちょうど慶斗君は休憩中だったようで。
タオルで汗を拭きながらこちらへ歩いてくる彼に、少しだけ心臓が跳ねた。
「あ、楓だ。どうしたの?」
軽く肩を上下させながらそう問うた彼に、私は勇気を振り絞って声をかけた。
「あ、あの! 慶斗君に渡したいものがあって……その……」
体の後ろで持っていた紙袋が、グシャリと音を立てて潰れる。
そんな私を察してか、彼は優しく微笑んで口を開けた。
「あ、そうだ。俺もうすぐで練習上がるから、ちょっと待っててよ」
時間大丈夫?と体育館の時計を見ながら呟く彼に大きく頷くと、
よかった、と笑ってから彼はまた体育館の中へと駆けて行った。
どうしよう、どうしよう。これはもしや一緒に帰るとか……?
急にどくどくと脈打つ心臓に私は成すすべもなく。
頬が火照ってくるのを感じながら、私は震える手で前髪を整える。
もう何分経っただろう。気が遠くなるほど長いようで、目が覚めるほど早いような。
もう何が何だかわからない頭の中に、彼の声がこだました。
「おまたせ。今から着替えるけど待てる?」
「え、う、うん! 全然大丈夫!!」
少々どもりながら微笑んで見せると、彼は私を見てケラリと笑った。
「まさか緊張してるの?」
あのなんとも言えない人を煽る彼の笑み。
その表情のせいか、図星をつかれたせいか。カチンと来た私は勢いよく彼に噛みつく。
「違うって!! 慶斗君相手に緊張なんてするわけないよ!」
真っ赤な私に、へー、と生意気な笑みを浮かべる慶斗君。
ムッと来るけども、それでもときめいてしまう自分が、つくづく憎い。
「ま、しててもしてなくてもどっちでも良いんだけどね」
いつの間にか彼の後をついて部室まで来ていた私。
ガラリと勢いよく部室のドアを引く彼の横で佇んでいると、
彼は急に私の額に人差し指を立てて、ニヤリと唇の端を歪めた。
「楓、ステイ」
待っててね、なんて手を揺らしながら部室へと吸い込まれる彼。
そんな彼をじっと見つめると、ワナワナと震えだす私の拳。
「私は犬じゃなーーーいっ!!」
怒りを孕んだ私の叫び声が、夕暮れの夏空に響き渡った。




