第27話 後編
そこへ、うしろから、声が、聞こえた。
「ヒロキー!!!」
振り向くと、ブッチが、全力で、走ってきた。
その後ろから、ユウタと、ヤマグチさんと、ハヤシさんが、ついてくる。
「みんな!?」
「ヒロキのおばさんが、ブッチの、お母さんに、電話したんだって」
ユウタが、息を、はずませながら、言った。
「商店街で、お散歩するから、よかったら、って」
「母さんが?」
母さんを、見た。
母さんは、いたずらっぽく、肩を、すくめた。
「だって、にぎやかなほうが、楽しいでしょう」
「…………」
「ほら、みんな、コロッケ、食べる?」
「食べる!!!」
ブッチが、手を、挙げた。
「ブッチ、さっき、ごはん、食べたばっかりじゃ」
「コロッケは、別腹!」
「別腹の定義が、あいまいです」
ヤマグチさんが、冷静に、言った。
「でも、わたしも、いただきます」
「あ、食べるんだ」
「議長ですが、人間です」
ハヤシさんが、くすくす、笑って、口に、手を、あてた。
ブッチが、それを見て、固まった。
「…………ヒロキ」
「うん」
「おれ、いま、しんでもいい」
「しぬな」
みんなで、肉屋さんの、前に、並んだ。
コロッケを、買って、ベンチに、並んで、食べた。
総勢、八人。
ベンチが、ぎゅうぎゅうだ。
「ミキちゃん、帽子、でかいね」
「おかあさんの!」
「似合ってるよ」
「えへへ」
「ユウタ、今日、歌ってよ」
「えー、ここで?」
「ちょっとだけ」
ブッチが、せがんだ。
ユウタは、ちょっと、迷った。
でも、母さんが、にっこり、言った。
「聞きたいわ。ユウタくんの、歌」
「…………」
ユウタは、すっと、立ち上がった。
商店街の、ベンチの、前。
ざわざわした、人通り。
でも、ユウタは、小さく、息を、すった。
「ふるさと」だった。
ユウタの声が、商店街に、すーっと、とおった。
高くて、すんでいて、まっすぐな声。
通りがかりの、人たちが、足を、止めた。
八百屋のおじさんが、手を、止めた。
肉屋のおばさんが、エプロンで、目を、おさえた。
オレは、母さんを、見た。
母さんは、目を、閉じて、聞いていた。
口もとが、ゆるんでいた。
最後の音が、消えた。
しーん、と、なった。
そして、商店街じゅうから、拍手が、わいた。
「いいぞー!」
「ぼうや、うまいねえ!」
ユウタは、顔を、まっかにして、ぺこっと、頭を、下げた。
えくぼが、ぽこっと、深かった。
夕方、みんなと、別れた。
別れぎわ、ブッチが、ぶんぶん、手を、振った。
「ヒロキー! またあしたー!」
「…………」
あした。
胸が、きゅっとした。
でも、オレは、笑って、手を、振り返した。
「またあしたー!」
ユウタも、ヤマグチさんも、ハヤシさんも、手を、振った。
みんなの、背中が、夕日の中に、小さくなっていく。
オレは、その姿を、ずっと、見送った。
「…………ヒロキ」
母さんが、そっと、肩に、手を、置いた。
「みんな、いい友達ね」
「うん」
「ヒロキが、つくった友達よ」
「…………オレが?」
「そう。ヒロキが、ちゃんと、向き合ったから」
母さんの、手の、あたたかさが、肩に、じんわり、しみた。
夜。
財布を、ひらく。
名刺入れは、もう、きれいに、閉まっている。
不思議なことに、今夜は、厚みが、ずいぶん、減っていた。
ひとつずつ、めくっていく。
『みやび芸能』
『ふくや』
『ピカピカ・サービス』
『ありがとう塾』
どの名刺も、にじんで、薄くなっていた。
文字が、ところどころ、消えかけている。
最後の一枚を、めくった。
いちばん下の、行に、名刺じゃなく、たった一行だけ、書かれていた。
『ひまわり商店街 コロッケ 五個入り 代金済み』
「…………」
笑った。
笑ったのに、手が、ふるえた。
肉屋のおばさんが、ひとつ、おまけしてくれた、あのコロッケ。
未来の財布の中にも、そのレシートが、残っているのか。
スマホを、ひらいた。
『バッテリー残量 6%』
『残り時間 2日』
ギャラリーを、ひらく。
一番上の、新しい写真。
商店街の、ベンチ。
そこに、並んで、座っている、人たち。
大人の、ブッチと、ハヤシさん。
大人の、ユウタ。
大人の、ヤマグチさん。
大人の、ミキ。
白髪の、父さん。
そして、まん中に、オレ。
みんな、手に、コロッケを、持っている。
みんな、笑っている。
でも、ベンチの、いちばん端に、ひとつだけ、あいている席が、あった。
そこだけ、写真の、光が、ほんの少し、白く、にじんでいる。
メモ。
『毎年、八月十一日は、みんなで、コロッケを、食べる。この席は、母さんの席。いつも、ひとつ、多く、買っておく』
「…………」
もう、涙を、ふかなかった。
ひとつ、多く、買う。
あの、肉屋のおばさんの、おまけは、母さんの、席のぶん、だったんだ。
財布の、ポケットを、のぞくと、小さな、油の、しみた、紙袋が、入っていた。
コロッケの、袋だ。
「ほくほく」と、手書きで、書いてある。
その下に、母さんの、字。
『ヒロキと、食べた、いちばんおいしい、コロッケ』
オレは、袋を、そっと、にぎった。
ほんのり、あったかい。
気のせいかも、しれない。
でも、気のせいでも、よかった。
布団に入ると、ふすまが、静かに、あいた。
母さんだった。
「ヒロキ、起きてる?」
「うん」
「今日は、ありがとう」
「オレのほうこそ」
「ううん」
母さんは、布団の、そばに、座った。
しばらく、何も言わず、オレの顔を、見ていた。
「ヒロキ」
「うん」
「あした、母さん、ヒロキと、ふたりだけで、話したいの」
「…………うん」
「ぜんぶ、話すわ」
「うん」
「だから、あしたは、ヒロキも、聞きたいこと、ぜんぶ、聞いてね」
「…………うん」
母さんは、オレの、おでこに、そっと、手を、あてた。
あのとき。
最初の朝。
「37度か」と、笑った、あの手と、同じ。
でも、今日は、あのときより、ずっと、やわらかかった。
「おやすみ、ヒロキ」
「おやすみ、母さん」
ふすまが、閉まった。
オレは、天井を、見つめた。
あした。
八月十二日。
そして、そのつぎは。
胸の奥が、ぎゅっとなった。
重たい、けれど、不思議なくらい、こわくなかった。
窓の外で、虫が、りーん、と、鳴いていた。




