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第27話「コロッケと、商店街」

八月十一日。


目が覚めて、引き出しを開けた。


『バッテリー残量 6%』


『残り時間   2日』


「……うん」


昨日と同じ返事をして、そっと閉めた。


そのあと、布団の上で、しばらく天井を見ていた。


あと二日。


考えると、胸のまん中が、きゅっと縮む。


だから、ぱん! と両手でほっぺたを叩いた。


今日は、商店街だ。


オレが、自分で決めた。


暗い顔で歩いたら、もったいない。


「ヒロキー! ごはんー!」


「はーい!」


朝ごはんは、ぬか漬けと、ごはんと、味噌汁だった。


卵焼きは、母さんが焼いた。


今日は、椅子には座らず、台所に立っていた。


「母さん、いいの? 立ってて」


「今日は、調子がいいの」


「ほんと?」


「ほんと。ヒロキが、商店街に行きたいって言ってくれたから、元気が出ちゃった」


母さんは、フライパンを、ひょいっと、ひっくり返した。


卵焼きは、ちょっと、焦げていた。


「あ、焦げた」


「焦げたね」


「でも、いいの」


「うちの味だから」


ふたりで、声をそろえた。


ミキが、横から、ふんっと鼻を鳴らした。


「それ、わたしのパンケーキの、セリフ」


「ミキのパンケーキの前から、うちの味だったのよ」


「えー、そうなの?」


「そうなの」


父さんが、新聞の向こうで、くくっと笑った。


商店街は、家から、歩いて十分だった。


四人で、ならんで歩く。


父さんと母さんが、前。


オレと、ミキが、うしろ。


ミキは、母さんの、麦わら帽子を、借りてかぶっていた。


ぶかぶかで、目が、ほとんど隠れている。


「ミキ、前、見えてる?」


「ぜんぜん、見えない!」


「あぶないぞ」


「お兄ちゃんが、見てて!」


「はいはい」


ミキの手を、ぎゅっと握った。


ちっちゃくて、ちょっとべたべたしている。


さっき食べた、はちみつの、名残だろう。


商店街の入口には、色あせた、アーチがあった。


『ひまわり商店街』


ひまわり、多いな、この町。


「いらっしゃい、いらっしゃーい! きょうは、トマトが、安いよー!」


八百屋さんの、おじさんの、でかい声。


「ヒロキくん! 元気かい!」


「はい!」


「おっ、今日は、家族そろって、お散歩か。いいねえ」


おじさんは、トマトを、ひとつ、ぽん、と、投げてくれた。


「ほら、おまけだ」


「わっ、ありがとうございます!」


両手で、受け止めた。


ずっしり、あったかい。


日なたの、においがした。


「ヒロキ、えらいわね。ちゃんと、お礼、言えて」


「ふくやのおばあちゃんに、教わったから」


「そうだったわね」


母さんが、にっこり、笑った。


肉屋さんの前で、みんなが、足を止めた。


揚げ油の、いい、においが、ただよっている。


ショーケースに、揚げたての、コロッケが、ずらっと、並んでいた。


「コロッケ、ください。四つ」


「あいよ! 奥さん、おひさしぶりだねえ」


「ええ、おひさしぶり」


肉屋のおばさんは、母さんの顔を、ちょっと、じっと見た。


それから、何も言わずに、コロッケを、ひとつ、おまけして、五つ、袋に入れた。


「はい、お待ち」


「あら、ひとつ、多いわ」


「いいのいいの。食べな」


おばさんの目が、ちょっと、赤かった。


母さんは、何も聞かず、「ありがとう」と、笑った。


みんな、知っているのかもしれない。


この町の人は、みんな、なんとなく、やさしかった。


商店街の、ベンチで、コロッケを食べた。


あつあつで、さくさくで、中は、ほくほくだ。


「あちっ」


「ミキ、ふーふー、しなさい」


「ふーふー……おいしい!」


「ヒロキ、どう?」


「うまい」


ひとくち、かじるたびに、じゃがいもの甘さが、口いっぱいに、ひろがった。


37歳のとき、コンビニで買った、冷めたコロッケは、こんな味じゃなかった。


「五つめは、だれが、食べる?」


「父さん」


「ええ、いいのか」


「だって、おまけだもん」


「じゃあ、遠慮なく」


父さんは、コロッケを、ぱくっと、頬張った。


そして、目を、まるくして、言った。


「うまい」


「父さん、それしか、言ってない」


「うまいものは、うまいんだ」


四人で、笑った。


笑い声が、商店街に、ひびいた。


ふくやの、あった場所を、通った。


シャッターが、おりている。


張り紙は、もう、ない。


でも、ちょうど、赤い日よけの、あとが、壁に、残っていた。


「…………」


オレは、立ち止まった。


「ヒロキ」


「うん」


「ふくやの、おばあちゃんには、ちゃんと、ありがとうって、言えた?」


「言えた」


「そう。よかった」


母さんは、シャッターに、そっと、手を、あてた。


「ここ、母さんも、子どものころ、通ってたのよ」


「え?」


「あのおばあちゃん、母さんにも、おまけを、くれたの」


「…………ほんと?」


「ほんと。きなこ棒を、いつも、一本」


「オレにも、くれた」


「でしょう」


母さんは、ふふっと、笑った。


「世代を、こえて、おまけをくれる、おばあちゃんだったのね」


オレも、シャッターに、手を、あてた。


ひんやり、していた。


でも、どこかに、おばあちゃんの、「また、おいで」が、残っているような気がした。


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