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第26話 後編

夕方、ミキは、泣き疲れて、オレの、膝の上で、寝てしまった。


クッキーの缶を、ぎゅっと、抱えたまま。


オレは、そっと、ミキの、頭を、なでた。


そこへ、父さんが、顔を、のぞかせた。


「…………寝たか」


「うん」


「ヒロキ」


父さんは、静かに、入ってきて、オレの、となりに、座った。


「今日は、ありがとうな」


「え」


「ミキに、ちゃんと、話してくれて」


「…………」


「父さんは、うまく、言えなくてな」


父さんは、ミキの寝顔を、見つめた。


「でも、ヒロキが、いてくれて、よかった」


「…………父さん」


「なんだ」


「オレ、近いうちに、ここから、いなくなる」


父さんは、ちょっとだけ、黙った。


それから、ゆっくり、うなずいた。


「そうか」


「…………」


「知ってたよ」


「え」


「母さんから、聞いてた。ヒロキは、いつか、行かなきゃいけない子だって」


「…………」


「でもな」


父さんは、オレの、頭に、ぽん、と、手を、置いた。


でかくて、あったかい、手だった。


「ヒロキは、父さんの、息子だ。どこに、いても、ずっと」


さっき、オレが、ミキに、言った言葉と、同じだった。


「…………うん」


「それだけは、ほんとうだ」


「うん」


父さんの、手の、重みが、頭の、上に、ずっと、残った。


夜。


財布を、ひらく。


ファイルケースから、名刺を、取り出す。


いちばん下の、行を、探した。


『「みじかく!」お手紙代筆サービス 代表 兼務』


「…………」


笑った。


でも、笑いながら、涙が、出た。


裏の、手書き。


『長い手紙は、だいたい、ふたりで、かけて、みじかくします。ミキが、いちばん、うるさい』


「ミキが、うるさい、か」


そのとおりだ。


ミキは、今も、きっと、オレの、手紙に、ダメだしを、しているんだ。


スマホを、ひらいた。


『バッテリー残量 7%』


『残り時間   3日』


ギャラリーを、ひらく。


一番上の、新しい写真。


どこかの、リビング。


テーブルの、上に、広げられた、一通の、手紙。


その、手紙を、読んでいる、女の人の、背中。


髪を、ひとつに、まとめて。


大人の、ミキだ。


肩が、ふるえている。


となりで、オレが、そっと、ティッシュを、差し出している。


写真の下の、メモ。


『ミキが、母さんの手紙を、ひとりで、読んだ日。おれは、となりで、ティッシュを、持ってた。……「長いよ」って、泣きながら、ミキに、怒られた』


「…………母さんの手紙が、長かったのか」


ふきだした。


でも、すぐに、鼻が、つーんと、した。


ミキは、大人になって、母さんの手紙を、読んだんだ。


それも、ひとりで。


でも、となりに、オレが、いた。


ちゃんと、約束は、守られていた。


財布の、ポケットを、のぞくと、小さな、どんぐりが、入っていた。


茶色くて、つやつやしている。


裏に、ペンで、書いてある。


『ミキの、たからもの。お兄ちゃんに、あげる』


「…………」


オレは、どんぐりを、手のひらに、のせた。


軽かった。


でも、ずっしり、重かった。


そっと、財布に、しまった。


部屋の、ふすまが、すっと、あいた。


母さんが、立っていた。


白い、カーディガン。


髪を、ほどいている。


「ヒロキ」


「母さん」


「ミキ、寝たの?」


「うん。こっちで、寝ちゃった」


「ありがとう」


母さんは、そっと、ミキの、そばに、座った。


寝顔を、じっと、見つめる。


「この子、強いわね」


「うん」


「ヒロキに、似たのかしら」


「え、オレ?」


「そう。ヒロキは、強い子よ」


「…………」


「ほんとうに、強い」


母さんは、ミキの、おでこに、そっと、キスをした。


そして、オレのほうを、向いた。


「ヒロキ」


「うん」


「あした、父さんと、三人で、どこか、行きたい?」


「え」


「ヒロキが、行きたいところ。どこでも、いいわよ」


行きたいところ。


オレは、ちょっと、考えた。


遊園地じゃない。


海でもない。


もっと、ふつうの、ところ。


「…………商店街」


「え?」


「いつもの、商店街。ふくやが、あった道。八百屋さんと、肉屋さんと、本屋さん」


「…………」


「家族で、ゆっくり、歩きたい」


母さんは、目を、まるくした。


それから、ふんわり、笑った。


「いいわね。そうしましょう」


「うん」


「お肉屋さんの、コロッケ、買って、食べながら、歩きましょう」


「うん!」


「ミキも、きっと、よろこぶわ」


母さんは、そっと、ふすまに、手を、かけた。


「おやすみ、ヒロキ」


「おやすみ、母さん」


ふすまが、静かに、閉まった。


オレは、ミキの、寝顔を、見つめた。


小さな、口が、ぽかんと、開いている。


前歯の、すきまが、見える。


あと、三日。


でも、いまは、ミキの寝息だけが、聞こえる、静かな、夜だった。


その寝息を、聞きながら、オレは、ゆっくり、目を、閉じた。


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