第24話 後編
夜。
財布を、ひらく。
ファイルケースから、名刺を、取り出した。
もう、数えられない、ほどの、兼務。
いちばん下の、行を、探す。
『ぬか漬け専門店「母の味」 店主 兼務』
「…………母の味」
声が、でた。
名刺の、裏の、手書き。
『ぬか床は、毎日、かきまぜるのが、コツ。父さんが、教えてくれた』
笑った。
でも、その下に、もうひとつ、書いてあった。
『父さんは、いま、ぼくが、かきまぜるのを、横で、見ている』
「…………」
父さん。
未来の、父さんは、まだ、生きてるんだ。
それだけで、少し、ほっとした。
スマホを、ひらく。
ギャラリー。
一番上の、新しい写真。
小さな、お店の、前。
木の看板に、『ぬか漬け 母の味』。
ガラスの、ショーケースに、きゅうり、なす、大根、にんじんの、ぬか漬けが、ならんでいる。
店の、うしろで、白い、エプロンの、オレが、にこにこ、して立っている。
そのとなりに、年を取った、父さん。
髪は、すっかり、白く、なっていた。
でも、あのころと、同じ、笑い方。
メモ。
『父さんと、二人で、店を、はじめた。父さんの、ぬか床の、かきまぜ方は、いまでも、へたくそ。でも、味は、母さんの味』
「…………」
父さん。
へたくそ、なんだ。
でも、母さんの味に、なってるんだ。
オレは、スマホを、胸に、抱いた。
もう、笑って、いいのか、泣いて、いいのか、わからなかった。
財布の、ポケットを、のぞいた。
小さな、ガラスの、ビンが、入っていた。
蓋が、ちゃんと、閉まっている。
中に、ほんの少しだけ、茶色い、ぬかが、入っている。
ラベルに、手書き。
『母さんの、ぬか床。ひとつまみ』
「…………」
そっと、ビンを、にぎった。
ひんやり、している。
くさい、においが、ほんの少し、した。
でも、その、においが、泣きたくなるほど、なつかしかった。
オレは、ビンを、財布に、戻した。
そして、布団に、もぐった。
あと、五日。
天井を、見ながら、ひとつ、決めた。
明日は、母さんと、ぜんぶ、話そう。
聞けなかったことを、ぜんぶ、聞こう。
そのとき、廊下から、足音が、聞こえた。
母さんが、ふすまの前で、立ち止まった。
「ヒロキ、まだ、起きてる?」
「うん」
「入って、いい?」
「うん」
ふすまが、すっと、あいた。
母さんは、白い、カーディガンを、羽織っていた。
手に、小さな、ランプを、持っている。
「母さんね」
「うん」
「ヒロキに、見せたいものが、あるの」
「…………なに?」
母さんは、ランプを、床に、置いた。
そして、静かに、言った。
「あした、お母さんと、お出かけ、しましょう」
「どこに?」
「ひみつ」
母さんは、にっこり、笑った。
「でも、ヒロキに、ぜひ、見てほしい場所なの」
オレは、息を、のんだ。
その、笑顔が、とても、きれいだった。
いつもより、ずっと。
「…………うん。行く」
「ありがとう」
母さんは、そっと、ふすまを、閉めた。
ランプの、あかりが、遠ざかっていく。
オレは、天井を、見つめた。
どこへ、行くんだろう。
胸の奥が、ぎゅっとなった。
重たい、けれど、不思議と、あたたかい、ぎゅっだった。




