↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
43/63

第23話 後編

夜。


財布を、ひらく。


名刺入れは、ガムテープでも、もう、限界で、ついに、別の、ファイルケースに、入れていた。


分厚い、バインダーみたいに、なっている。


いちばん下の、行を、探す。


『家庭料理教室「焦げ目の味」 主宰 兼務』


「…………焦げ目」


笑った。


笑って、そのあと、胸が、ぎゅっと、なった。


名刺の、裏の、手書き。


『最初は失敗でも、いい。それが、うちの味になる』


母さんの、言葉だ。


スマホを、ひらく。


ギャラリー。


一番上の、新しい写真。


小さな、台所。


エプロン姿の、オレが、フライパンの前に、立っている。


その、横で、ミキの、娘が、背伸びして、のぞきこんでいる。


テーブルの上の、お皿には、ちょっと、焦げた、卵焼き。


メモ。


『姪っ子に、卵焼き教室。「おじちゃん、焦げてるよ」「それが、うちの、味なんだよ」……母さんに、見せたかった』


「…………見せたかった」


その言葉の、重さが、胸に、のしかかった。


写真の、すみっこ。


台所の、窓の、外に、白い、ワンピースの、人影が、立っていた。


でも、今回は、これまでと、ちがった。


顔が、ほんの少し、見えた。


笑って、いた。


オレを、見て、笑って、いた。


長い髪を、ひとつに、まとめて。


オレは、画面を、拡大した。


その人の、顔の、輪郭は、ぼやけている。


でも、笑った、ときの、目じりの、しわの、寄り方が。


「…………母さん?」


声が、ふるえた。


白い、ワンピースの、人は、母さんなのか。


でも、母さんは、エプロン姿の、人だ。


白い、カーディガンは、着ていたけれど。


ワンピースは。


「…………母さんの、若い頃の、写真」


思い出した。


居間の、箪笥の、上に、飾ってある、結婚式の、前に、撮ったという、母さんの、写真。


白い、ワンピースを、着て、長い髪を、ひとつに、まとめて。


「…………まさか」


ここまで、言いかけて、やめた。


まだ、決めつけちゃ、だめだ。


オレは、スマホを、伏せた。


財布の、ポケットから、新しい、紙が、出てきた。


小さな、レシピカード。


母さんの、字だった。


『卵焼き 卵3個 砂糖大さじ2 しょうゆたらーっ 焦げたら、それが、うちの味』


その、いちばん下に、ボールペンの、字で、書き足されている。


オレの、字だった。


『母さん、焦がしても、いいんだよ。  ヒロキ』


「…………」


涙が、ぽとり、と、カードに、落ちた。


でも、今回は、拭かなかった。


そのまま、乾くまで、じっと、持っていた。


廊下の、むこうで、母さんと、ミキの、声が、した。


「おかあさん、あしたも、プリン、たべたい」


「ええ、いいわよ」


「ありがとう!」


「どういたしまして」


母さんの、声が、やさしかった。


でも、よく、聞くと、その声の、奥に、ほんの少し、息の、ぜえぜえ、いう音が、まじっていた。


オレは、布団に、もぐった。


天井を、見た。


あと、六日。


そのとき。


机の、引き出しが、ブブッと、鳴った。


スマホの、バイブ。


オレは、そっと、引き出しを、あけた。


画面に、通知が、出ていた。


『バッテリー残量 10%』


「…………え」


ずっと、100%のままだった、はずなのに。


十パーセント。


オレは、息を、のんだ。


そして、その、通知の、下に、もう一行。


『残り時間   6日』


「…………」


スマホが、数えていた。


オレの、ここに、いられる、時間を。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。