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第19話「給食おいしかった、の先」

朝の会で、タカハシ先生が、紙の束を持って入ってきた。


「えー、今月の学級新聞の担当を、発表します」


教室が、ざわっとした。


学級新聞。


B4の紙に、手書きで記事を書いて、先生が印刷機で刷って、全員に配るやつだ。


「担当は、さくま、ヤマグチ、ハヤシの三人」


「えっ」


ヤマグチさんの背筋が、ぴしっと伸びた。


ハヤシさんは、口に手を当てて、にこっと笑った。


ブッチが、うしろの席から、ものすごい目でオレを見ている。


『ヒロキ、よくやった』の目だ。


違う。


オレは何もしてない。


くじ引きだ。


「ヒロキ、ハヤシさんと、同じ班」


「ブッチ、声がでかい」


「やばい」


「語彙」


「やばい!」


もう、お約束になってきた。


思い出した。


前のオレも、新聞係だった。


その月の、オレの担当記事は、これだ。


『きょうの給食は、カレーでした。おいしかったです。』


以上。


二行だ。


しかも、「カレー」の「カ」の字が、ちょっと、はみ出していた。


先生が、赤ペンで、横に、書いてくれた。


『もっと、書けるよ。』


オレは、その赤い字を、ずっと、見ていた。


もっと書ける、って、なにを。


どうやって。


わからなかった。


だから、それ以来、一回も、何も、書かなかった。


放課後、三人で、教室に残って、会議をした。


ヤマグチさんが、黒板に、チョークで、書いていく。


『学級新聞 十月号 企画会議』


「まず、議題です。今月の、特集を、何にするか」


「議長、はやい」


「はい。議長なので」


ハヤシさんが、くすくす笑った。


「ふたりとも、会議、すきだね」


「すきじゃないです」


「うん、すきじゃない」


ヤマグチさんとオレの声が、そろった。


ハヤシさんは、また、口に手を当てた。


ブッチが見たら、倒れるな、と思った。


「じゃあ、案を、出してください」


「はい」


オレは、手を挙げた。


「クラス全員に、インタビューしたい」


「全員?」


「三十一人」


「多くないですか」


「ひとり、五分でも、百五十五分。三日あれば、できます」


「計算が、はやい……」


「テーマは、『いま、がんばってること』」


ヤマグチさんが、ノートに、さらさらと、書いた。


「いいですね。賛成です」


「わたしも、賛成」


ハヤシさんが、うなずいた。


「みんなの話、聞いてみたい」


次の日から、取材がはじまった。


ノートと、鉛筆を持って、休み時間に、順番に、話を聞いていく。


最初は、ブッチだった。


「えーと、がんばってること? 給食を、おかわりすること!」


「それは、がんばって、いるのか?」


「がんばってるよ! にんじんも、ぜんぶ、食べる!」


「にんじん、きらいだったっけ」


「きらいだけど、ハヤシさんが、見てるから」


「…………それ、書いていい?」


「だめ!!」


次は、サトウさん。


「ムギの、毎日の、ようすを、ノートに、つけてるの」


「へえ。見せて」


サトウさんは、ポケットから、ちっちゃいノートを、出した。


表紙に、ウサギの絵が、かいてある。


中を開くと、日付と、体重と、食べた牧草の量と、うんちの様子が、びっしり、書いてあった。


『10/3 体重 1.52kg 牧草たくさん うんち◎』


『10/4 体重 1.53kg ぴょん、がたくさん』


「…………」


ページをめくる手が、とまった。


毎日。


一日も、休まず。


オレが、牧草を、買ってきたあの日から、ずっと、続いている。


「サトウさん、これ、毎日、書いてるの?」


「うん。だって、先生が、動物病院の、おじいちゃん先生が、毎日、見てあげることが、いちばんの薬だよって」


「…………」


「だから、わたし、ノートで、毎日、見てるの」


サトウさんは、照れくさそうに、笑った。


オレは、ノートを、そっと、閉じた。


「これ、記事に、していい?」


「え、はずかしい」


「すごいことだから」


「…………うん。じゃあ、いいよ」


目の奥が、つーんとした。


ここまで、まだ、三人目だ。


カワシマは、体育館のすみで、ひとり、剣道の素振りみたいなことを、していた。


「がんばってること? 山賊の、セリフ!」


「学芸会、終わったのに?」


「うん。なんか、もう一回、やりたくて」


カワシマは、でっかい声で、練習していた。


「『ここを通りたければ、おれを倒してゆけ!』」


「声、でかいな」


「声は、でかいほうが、いい!」


「でも、前に、メロスのオーディションで、でかすぎて、ケンカみたいって言われてたろ」


「…………あれ、けっこう、気にしてる」


「え」


「だから、いまは、小さく言う練習も、してる」


カワシマは、急に、小さな声で、ささやいた。


「『ここを……通りたければ……おれを……倒してゆけ……』」


「こわっ」


「だろ? でかい声より、こわいだろ?」


「たしかに、こわい」


「やった!」


カワシマは、拳を、ぐっと、にぎった。


その顔は、ほんとうに、うれしそうだった。


いいやつだ。


イノウエくんの取材は、ちょっと、緊張した。


掃除の日の、あとで、はじめて、ちゃんと、話す。


「がんばってること……」


イノウエくんは、メガネを、くいっとあげた。


「ぼく、掃除、かな」


「掃除?」


「うん。ひとりで、やってるときも、あるけど、さくまくんたちと、やると、ちょっと、楽しいから」


「それは、うれしいな」


「それで、あの、ぼく、家でも、掃除、してるんだ」


「お、すごいじゃん」


「うん。お母さんが、病気で、あんまり、動けないときが、あって」


「…………」


「だから、ぼくが、やってる」


イノウエくんは、ふつうの声で、言った。


ふつうすぎて、一瞬、意味が、わからなかった。


お母さんが、病気。


小5の子が、家で、掃除をして、洗濯もして。


学校でも、他の子の分の、掃除を、ひとりで、やってた。


「あ、あの、これ、書かないほうがいい?」


「…………ううん」


イノウエくんは、ちょっと、考えた。


「書いて、いいよ。でも、ぼくの名前は、出さないで」


「うん。わかった」


「それと、お母さん、いま、元気になったから、だいじょうぶだよ」


「そっか。よかった」


「うん。さくまくんが、気にすること、ないよ」


そう言って、イノウエくんは、小さく、笑った。


オレは、ノートに、鉛筆を、走らせた。


でも、手が、ちょっと、ふるえた。


ここのところ、オレは、いろんな人に、救われてばかりだと、思っていた。


でも、ほんとは、みんな、それぞれの、ところで、ずっと、がんばってたんだ。


オレが、気づかなかった、だけで。


三十一人、全員の、取材が、終わった。


ノート二冊、びっしりになった。


家に帰って、机に、広げた。


どう、まとめよう。


三十一人分は、紙面に、入らない。


でも、全員、載せたい。


「…………」


鉛筆を、にぎって、考えた。


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