第18話 後編
結局、そのあと、タカハシ先生と、校長先生と、ゴウダの、お母さんと、話し合いになった。
ゴウダの、お母さんは、作業着のまま、駆けつけた。
何度も、何度も、頭を、下げていた。
「すみません、すみません、うちの子が」
「お母さん」
校長先生が、おだやかに、言った。
「お子さんは、悪いことを、しました。でも、自分で、話してくれました。それは、とても、勇気のいる、ことです」
「…………」
「それと、給食費の、件は、学校で、できることが、あります。就学援助という、制度が」
ゴウダの、お母さんは、目を、まるくして、それから、くしゃっと、顔を、ゆがめた。
「知らなかった…………」
「知らないことは、悪いことじゃ、ありません」
校長先生が、にっこり、笑った。
その言葉は、どこかで、聞いた気がした。
ムギのときの、オレの言葉だ。
先生が、聞いてたのか。
帰り道。
ゴウダが、ひとりで、校門の前に、立っていた。
「さくま」
「ん?」
「…………ごめん」
「うん」
「それと」
ゴウダは、もじもじ、して、言った。
「さっきの、法律の話、まじで、こえーから、もう、やめろ」
「それは、約束できない」
「できねえのかよ!」
ゴウダが、ふっと、笑った。
その顔は、ただの、六年生の男の子だった。
「でもさ」
「ん?」
「お前、ほんとは、小学生じゃ、ねえだろ」
どきっと、した。
「…………なんで」
「なんとなく。しゃべり方が、ちがう」
「しゃべり方?」
「大人の、しゃべり方。でも、変な、大人だ」
ゴウダは、にやっと、笑った。
「ま、いいや。ありがとな、さくま」
そう言って、手を、ひらひら、ふって、帰っていった。
オレは、しばらく、その背中を、見送った。
大人の、目、か。
ユウタにも、言われた。
「ヒロキ、ときどき、ここじゃないところを、見てる」
みんな、気づきかけてるのかもしれない。
でも、誰も、責めない。
それが、ありがたくて、ちょっと、こわかった。
その夜。
財布を、ひらいた。
名刺入れは、もう、ゴムバンドでも、おさまらない。
厚みが、倍になっている。
いちばん下の、行を、探した。
『やさしい法律教室 講師 兼務』
「…………」
名刺の、裏には、手書きで、一行。
『「ごめん」と「ありがとう」の、あとに、使うこと』
「…………まあ、そうだな」
思わず、笑った。
あの、ゴウダへの、説教の、あとに、できた、肩書き、なんだろう。
でも、「恐喝は、刑法249条」で、小学生を、ビビらせてた、オレが、「やさしい法律教室」の、講師か。
ずいぶん、丸くなった。
スマホを、ひらいた。
ギャラリー。
一番上の、新しい写真。
どこかの、公民館。
ホワイトボードの前に、オレが、立っている。
ホワイトボードには、「お金で、こまったら」と、でっかく、書かれていて、その下に、「ひとりで、かかえない」。
客席には、子どもたちと、保護者。
その、いちばん前の席に、作業着姿の、大柄な、男の人が、座っていた。
腕を、組んで、にやにやしている。
ゴウダだ。
大人の、ゴウダだ。
隣に、小さな、女の人。
あの、作業着の、お母さんが、白髪まじりの、髪で、座っている。
写真の、下に、メモ。
『ゴウダ、「おれ、いま、土木会社の、課長」。そんで、毎回、いちばん前の席で、うなずいてくれる。母ちゃんも』
「…………課長」
笑った。
あの、でかい肩が、現場で、働いている、姿が、浮かんだ。
もう一枚、スワイプする。
カフェの、テーブルの、写真。
向かいに、座っている、男の人。
ゴウダと、もうひとり、見覚えのある、顔。
あの、取り巻きだった、ふたりだ。
三人とも、大人になって、スーツや、作業着で、ビールを、飲んでいる。
写真の、下には、一行。
『取り巻き二人、いまは、ゴウダの、右腕と、左腕。三人とも、ちゃんと、笑ってる』
オレは、スマホを、ぎゅっと、胸に、抱いた。
よかった。
ゴウダも、ちゃんと、変われた。
財布の、ポケットを、のぞくと、新しい物が、増えていた。
小さな、がま口の、お財布。
あの、ゴウダに、見せた、お小遣いの、がま口だ。
でも、中身は、ちがっていた。
三百八十円の、かわりに、一枚の、紙が、入っている。
『借用証』
ゴウダの字で、書いてある。
『さくまヒロキに、三千八百円、借りた。必ず、返す。 ゴウダケンジ』
あの日の、三百八十円が、三千八百円に、なっている。
十倍。
「いや、増えてるし!」
思わず、ツッコんだ。
下に、ボールペンで、書き足してあった。
『利子をつけて、返しました。 完済』
「…………律儀か」
その、律儀さに、笑って、涙が、出た。
布団に、入って、天井を、見た。
そのとき、気がついた。
ここのところ、財布や、スマホの、中身が、どんどん、あたたかくなっている。
でも、そのぶん、オレは、少しずつ、近づいている。
「全部、返したら」の、その先に。
便せんの、続きを、読むのが、こわい。
でも、読まなきゃ、いけない時が、近づいている。
「…………あと、どのくらい、あるんだろう」
つぶやいた。
返したい後悔は、まだ、ある。
夏休みの宿題。
学級新聞。
そして、まだ、思い出せていない、いくつか。
もしかして、あと、少ししか、ないんじゃないか。
そんな気が、した。
そのとき、廊下から、足音が、聞こえた。
母さんが、そっと、ふすまを、あけた。
「ヒロキ、起きてる?」
「うん」
「今日、学校から、連絡があったわ。ゴウダくんのこと」
「…………うん」
「えらかったわね」
母さんは、そっと、座った。
そして、オレの、手を、ぎゅっと、にぎった。
「ヒロキ」
「うん」
「母さん、ね。あなたが、今日、したことが、すごく、うれしい」
「…………」
「ちゃんと、取り返そうと、したのね」
その言葉の、ひとつひとつが、胸に、染みた。
「…………母さん」
「なあに」
「オレ、いつまで、ここに、いられる?」
聞いてしまった。
ずっと、聞けなかったこと。
母さんは、ちょっとだけ、黙った。
それから、やさしく、笑った。
「ヒロキが、決めていいのよ」
「え」
「ここに、いたいなら、いて。戻りたくなったら、戻って」
「…………」
「でも、ね。いつか、戻らなきゃ、いけない時が、くる。それだけは、ほんと」
母さんの手は、あたたかかった。
あの、37度の、朝と、同じ手。
「でも、まだ。まだ、すこし、あるから」
「…………うん」
「だから、あなたの、思う通りに、やりなさい」
母さんは、そっと、手を、はなした。
そして、にっこり、笑った。
「おやすみ、ヒロキ」
「おやすみ、母さん」
ふすまが、静かに、閉まった。
オレは、天井を、見つめた。
決めていい。
でも、いつか、戻らなきゃ、いけない。
胸の奥が、ぎゅっと、なった。
重たくて、でも、あたたかい、ぎゅっだった。
窓の外で、虫が、ちいさく、鳴いていた。




