第18話「ゴウダと、お母さんの悪口」
校門の前に、でかい影が立っていた。
六年生のゴウダだ。
朝のあいさつ運動の列から、ちょっと外れたところで、腕を組んで、こっちを見ている。
後ろに、取り巻きが、ふたり。
「…………」
足が、止まった。
おじさんの足が、ぴたっと、止まった。
37歳が。
小学6年生に、ビビっている。
「ヒロキ、どうしたの?」
ブッチが、隣で、首をかしげた。
「いや、あの」
「あ、ゴウダじゃん。やだな、あいつ」
「ブッチ、知ってるの?」
「うん。みんな、知ってる。ゴウダに、お金、取られた子、何人もいるって」
何人も。
胸の奥が、ずんと、重くなった。
ゴウダは、のっしのっし、歩いてきた。
近くで見ると、やっぱり、でかい。
でも、よく見ると、オレより、ちょっと、小さかった。
当たり前だ。
こっちは、37歳だ。
「おい、さくま」
「……はい」
「最近、調子、乗ってるらしいな」
声が、低い。
変声期の、途中みたいな、ざらざらした声。
「算数、できるとか。ひじき、食べるとか。運動会で、泣かなかったとか」
「最後のは、なんか、ちがう気がします」
「うるせえ。ちょっと、ツラ貸せ」
取り巻きのひとりが、にやにやしながら、オレの肩を、ぐいっと、つかんだ。
そのとき。
「ヒロキ」
ユウタが、オレの、袖を、つかんだ。
「先生、呼んでくる」
「だいじょうぶ。たぶん」
「たぶん、って言った」
「うん。ちょっと、行ってくる」
体育館の裏。
セミの声も、もう、しなくなった季節。
ゴウダは、壁に、背中をあずけて、ポケットに、手を、つっこんだ。
「で、さくま。おまえ、今月の、お小遣い、いくら、残ってる?」
「…………」
来た。
これだ。
前のオレは、ここで、財布を出した。
何も、言わないで。
でも、いまは。
「ゴウダくん」
「あ?」
「それ、恐喝です」
「…………は?」
ゴウダが、ぽかんと、した。
取り巻きが、顔を、見あわせた。
「刑法249条。人を恐喝して、財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処される」
「…………」
「ちなみに、14歳未満は、刑事責任を、問われませんが、児童相談所の、対象になります。あなたは、六年生なので、まだ、そこに、あたります。つまり」
「ちょ、ちょっと、待て」
「つまり、このまま、続けると、学校だけじゃなく、ご家庭にも、連絡が」
「待てって!」
ゴウダが、でかい声を、出した。
でも、その声は、ちょっと、うわずっていた。
あ。
オレ、またやってる。
会議のスイッチが、入ってる。
ヤマグチさんのときと、おんなじだ。
正しさで、人を、おしつぶそうとしてる。
「なに言ってんだ、お前、気持ち悪い」
「…………」
「小学生が、法律とか、言ってんじゃねえよ! お前の母ちゃん、デベソ!」
静寂。
取り巻きふたりが、ぷっと、ふきだしかけて、あわてて、口をおさえた。
ゴウダの顔が、真っ赤になった。
自分でも、何を言ったのか、わからない、という顔だった。
そして、オレは。
「あの」
「な、なんだよ」
「侮辱の、定義について、確認させてください。『デベソ』は、事実の摘示では、ないので、名誉毀損では、なくて、侮辱に、あたる可能性が」
「やめろおおお!」
ゴウダが、頭を、かかえた。
「なんで、ちゃんと、反論してくんだよ! こえーよ! お前、ほんとに、小学生か!?」
「小学生です」
「うそつけ!」
「5年2組、さくまヒロキです」
「うそだあああ!」
取り巻きのひとりが、ぼそっと、言った。
「……ゴウダ、帰ろうぜ。なんか、こいつ、やばい」
「やばいよな」
「やばいよ」
周りが、ドン引きしていた。
オレは、ふと、我に返った。
……いや、待て。
勝ってる。
勝ってるけど、これ、また、同じ、やり方だ。
ヤマグチさんのときは、あとで、自分で、傷ついた。
今回は、相手が、いじめっ子だから、いいのか?
いや、よくない。
ゴウダの、顔が、泣きそうだった。
「ゴウダくん」
「な、なんだよ」
「ごめん。いまの、言いすぎた」
「は?」
「法律の、話は、関係なかった。それより、聞きたいんだけど」
オレは、少し、しゃがんで、ゴウダの目を、見た。
「どうして、お金が、いるの?」
「…………」
ゴウダが、固まった。
取り巻きが、ふたり、そわそわしている。
「べつに、いるわけじゃ、ねえ。ただ、取れるから、取ってるだけだ」
「うそ」
「うそじゃねえ」
「だって、ゴウダくん、取ったお金で、なにか、買ってるところ、見たことない」
「…………」
ゴウダの、目が、ゆれた。
「それに、取るのは、いつも、五百円とか、千円とか、ちょうど、お小遣いの、額だ。ほしいものが、あるわけじゃなくて、お金が、必要なんじゃないかな、と思った」
ゴウダは、しばらく、黙っていた。
風が、体育館の壁に、ぶつかって、ひゅう、と、鳴った。
「…………うち、さ」
ぼそっと、声が、落ちた。
「父ちゃんが、いなくなって」
「うん」
「母ちゃんが、夜も、働いてて」
「うん」
「おれ、給食費とか、遠足の、お金とか、母ちゃんに、言えなくて」
あ。
そうか。
オレは、息を、のんだ。
給食費。
遠足代。
小学生にとって、それは、「親に言えない、お金」だ。
「だから、取ってたの?」
「…………悪いかよ」
「悪い」
オレは、はっきり、言った。
「取られた子は、こわかった。オレも、こわかった」
「…………」
「でも、ゴウダくんが、言えなかったことも、わかる」
ゴウダは、うつむいた。
でっかい肩が、ぷるぷる、ふるえていた。
「おれ、どうしたら、いいんだよ」
その声は、六年生のものじゃ、なかった。
ただの、ちっちゃい子の、声だった。
「ゴウダくん」
「…………」
「いっしょに、先生に、言いに、行こう」
「やだ」
「給食費のこと。それから、取ったお金のことも」
「やだ! 怒られる!」
「怒られるかも、しれない。でも」
オレは、財布を、取り出した。
令和の、お札と、硬貨が、入っている、あの、財布じゃない。
お小遣いが、入った、ほうの、小さながま口だ。
中には、今月の、お小遣いの、残り。
三百八十円。
「これ、いまは、全部、渡せない。でも、取られたぶんの、お金は、オレが、ゴウダくんの代わりに、みんなに、返す」
「は?」
「ゴウダくんは、ちゃんと、先生に、話す。それで、お母さんにも、話す。足りないぶんは、オレが、あとから、毎月、返す」
「な、なんで、お前が」
「オレが、前、ずっと、だれにも、言えなかったから」
自分でも、何を、言っているのか、わからなかった。
でも、口が、勝手に、動いた。
「言えないまま、大人になると、けっこう、しんどい。だから、ゴウダくんは、いま、言ってほしい」
しーん。
取り巻きの、ひとりが、鼻を、すすった。
「…………ゴウダ。おれも、先生に、言うよ」
「え」
「おれも、手伝ってたし。ごめん」
「おれも」
もうひとりも、うなずいた。
ゴウダは、ぽかんと、ふたりを、見た。
それから、ぎゅうっと、拳を、にぎって。
ぼろっと、涙が、こぼれた。
「…………ちくしょう」
「うん」
「ちくしょう、ちくしょう」
でっかい体が、小さく、ふるえていた。
オレは、そっと、ゴウダの、背中に、手を、置いた。
あったかかった。




