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第16話 後編

後ろから、足音が、ばたばた、追いかけてきた。


「ヒロキ!」


ユウタだった。


息を、きらして、立っていた。


「どうしたの。急に、走って」


「いや、あの」


「顔、まっさおだよ」


「…………ユウタ」


「うん」


「いま、ここに、白い服の、女の人、いなかった?」


ユウタは、きょとんと、した。


それから、あたりを、見回して、首を、ふった。


「いなかったよ。ぼく、ずっと、ヒロキを、見てたから」


「そっか」


「でも」


ユウタは、ちょっと、迷った顔をして、小さく、言った。


「ヒロキ、ときどき、ここじゃないところを、見てる」


「え」


「なんか、遠くを、見てる目。うまく、言えないけど」


ユウタは、オレの手を、そっと、にぎった。


「だいじょうぶ?」


「…………うん。だいじょうぶ」


ほんとは、だいじょうぶじゃ、なかった。


でも、ユウタの手が、あったかかったから、うそを、ついた。


二人で、校庭に、もどった。


先生に、「持ち場を、はなれたらだめだぞ」と、軽く、怒られた。


「ごめんなさい」


「まあ、ヘルメットの子だからな。許す」


許されてしまった。


放課後。


職員室の前で、消防署の、おじさんに、呼びとめられた。


「さくまくん」


「あ、はい」


「ちょっと、いいかな」


おじさんは、ポケットから、ちいさな、バッジを、取り出した。


銀色の、消防の、マークだ。


「これ、あげる」


「え」


「少年消防クラブの、バッジ。うちの署の、見習い、ってことで」


「いいんですか」


「こういう、子が、いてくれると、うれしいんだよ」


おじさんは、にっこり、笑った。


「でも、ひとつだけ、約束してくれるかな」


「はい」


「ヘルメットは、サイズが、ちゃんと、合ったやつを、使うこと。それ、ぶかぶかで、ずれてる」


「…………はい」


ぶかぶか。


オレの、頭が、でかいんじゃなくて、父さんのヘルメットが、でかいんだ。


37歳の頭に、ぶかぶか。


父さんの頭、どんだけ、でかいんだ。


おじさんは、笑って、手を、ふって、去っていった。


オレは、バッジを、手のひらに、のせた。


銀色が、夕日に、光った。


その夜。


財布を、ひらいた。


名刺入れの、フタは、もう、閉まらない。


ゴムバンドで、ぐるぐる、巻いてある。


いちばん下の、行を、探した。


『◯◯市 防災アドバイザー 兼務』


「防災アドバイザー」


声に出して、読んだ。


ちゃんと、ある。


予想どおりだ。


でも、その、すぐ横に、見慣れない、肩書きが、ひとつ、あった。


『元・少年消防クラブ 第一号隊員』


「第一号」


笑った。


勝手に、第一号に、されてる。


名刺の、裏には、手書きで、一行。


『ヘルメットは、サイズが、大事』


「……ちゃんと、守ってるんだな、約束」


スマホを、ひらいた。


ギャラリー。


一番上の、新しい写真。


どこかの、体育館。


ずらっと、並んだ、子どもたちの、前で、ヘルメットを、かぶった、オレが、立っている。


ヘルメットは、ぴったりだ。


オレの、うしろに、消防署の、おじさんが、並んでいる。


少し、年をとって、髪が、白くなっているけど、あの、おじさんだ。


写真の、下に、メモ。


『防災教室。今日も、子どもたちに、「くわしすぎて、こわい」と言われた。おじさんも、同じこと言ってた』


「ふふっ」


そのまま、スワイプしようとして、手が、止まった。


写真の、いちばん、すみっこ。


体育館の、出入り口。


そこに、白い、ワンピースの、人影が、立っていた。


ぼやけた、人影だ。


顔は、見えない。


長い髪を、ひとつに、まとめて。


オレは、画面を、ぎゅっと、拡大した。


でも、拡大すると、ぼやけて、もっと、わからなくなる。


その人は、写真の中でも、やっぱり、こっちを、見ている気がした。


「…………」


スマホを、そっと、伏せた。


もう、ごまかせない。


あの人は、27年前にも、現代にも、いる。


つまり。


オレが、どの時代に、いても、あの人は、ずっと、そばに、いるんだ。


誰なんだ。


胸の奥が、とくん、とくん、と、鳴った。


こわいのとは、ちょっと、ちがった。


どこか、なつかしいような。


財布の、奥の、ポケットを、見つめた。


便せんは、そこに、あった。


「……もうすぐ、だな」


つぶやいた声は、おじさんの声だった。


でも、前より、ちょっとだけ、覚悟の、入った声だった。


布団に、入って、目を、閉じた。


そのとき、廊下から、母さんの声が、した。


「ヒロキ、もう、寝た?」


「まだ」


ふすまが、すっと、あいた。


母さんが、そこに、立っていた。


いつもの、エプロンじゃなくて。


白い、カーディガンを、羽織っている。


廊下の明かりが、背中から、さして、母さんの輪郭が、ほんのり、光って見えた。


「今日、校門のほうに、走っていったんだって?」


「…………先生から、聞いた?」


「うん。連絡帳に、書いてあった」


母さんは、そっと、布団の、そばに、座った。


「なにか、見えた?」


「…………」


聞かれて、ぎくっとした。


母さんは、ただ、静かに、オレの顔を、見ている。


責める感じじゃない。


ただ、知りたい、というよりも、確かめたい、という顔だった。


「白い服の、女の人」


「……そう」


母さんは、ゆっくり、うなずいた。


「そっか」


「母さん、知ってる人?」


「…………」


長い、沈黙が、あった。


時計の、針の音が、やけに、大きく、聞こえた。


「ヒロキ」


「うん」


「もうすぐ、ちゃんと、話すわ」


「…………え」


「でも、まだ、その時じゃ、ないの。ごめんね」


母さんは、オレの、おでこに、そっと、手を、当てた。


あのときの、「37度」の、朝と、同じ手だった。


「あなたが、全部、返してからよ」


「全部、って」


「ヒロキが、返したいって、思ってること、ぜんぶ」


「…………」


「そうしたら、ちゃんと、話すから」


母さんは、オレの、頭を、ぽんぽん、叩いた。


「おやすみなさい」


ふすまが、閉まった。


オレは、天井を、見つめたまま、動けなかった。


全部、返してから。


じゃあ、返し終わったら、どうなる。


そのとき、オレは。


どこに、いるんだ。


胸の奥が、ぎゅっとなった。


重たくて、でも、不思議と、こわくは、なかった。


窓の外で、虫が、りーん、と、鳴いていた。



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