第15話「おはようございます、の長さ」
月曜の朝。
校庭に、全校児童が、ずらーっと整列した。
全校朝礼だ。
三百人くらいの小学生が、校長先生の話を聞くために、ただ、立っている。
そして、校長先生の話は、長い。
「えー、本日はですね、秋のですね」
もう、三分たった。
まだ、「えー」と「ですね」しか言ってない。
「ヒロキ……ぼく、足が、しびれてきた」
「がまんしろ、ブッチ。始まったばかりだ」
「いつ終わるの」
「それは、校長先生にしか、わからない」
前のほうの列で、ひとり、ぺたんと座りこんだ子がいた。
保健の先生が、さっと走っていく。
あれは、毎回のことだ。
いや、おじさんの腰も、そろそろ、やばい。
37歳は、立ちっぱなしに、弱い。
前世の、いや、今世の、いや、どっちだ。
とにかく、腰が、悲鳴をあげている。
「えー、ですので、今日は、そんなわけでありまして」
校長先生が、ようやく話を終えた。
十二分だった。
そのあと、教頭先生が、マイクを持った。
「続きまして、今月の、代表あいさつです。今月の当番は、5年2組です」
……え。
「代表は、さくまヒロキくん」
………………え?
オレは、固まった。
ブッチが、小声で、言った。
「ヒロキ、呼ばれてるよ」
「聞こえてる」
「行かないの?」
「行く。いま、行く」
足が、動かない。
そのとき、うしろの列から、きりっとした声が、した。
「さくまくん、学級会で、決まったことです。行ってください」
ヤマグチさんだった。
そういえば、先週の学級会で、あっさり、決まっていた。
『最近、人前で、立派に話せているので、さくまくん』
議長の、ヤマグチさんの、推薦で。
あのとき、オレは、ほめられて、浮かれて、うっかり、手を叩いてしまった。
自分の、推薦に。
思い出した。
前のオレも、この当番に、あたった。
くじ引きで。
朝礼台に、のぼった。
目の前に、三百人の、顔。
頭が、真っ白になった。
「…………お、おはようございます」
それだけ、言った。
声が、ちっちゃかった。
後ろのほうの子には、ぜんぜん、聞こえなかった。
返事は、ぱらぱら、しか、なかった。
そして、オレは、続きを、言えなかった。
原稿は、ポケットに、あった。
でも、出せなかった。
しばらく、沈黙があって。
校長先生が、小声で、「ありがとう、さくまくん」と、言ってくれた。
台を、おりた。
カワシマの、くすくす笑いが、聞こえた。
あれが、人前で話すのが、こわくなった、はじまりだった。
その日の夜、オレは、原稿を、書いた。
机に、原稿用紙を、広げて。
鉛筆を、にぎって。
「よし。今回は、完璧にいく」
だって、オレは、37歳だ。
会社で、何回も、プレゼンを、してきた。
ノルマを、達成できてない言い訳の、プレゼンだけど。
書きはじめたら、止まらなかった。
『おはようございます。本日もよろしくお願いいたします。まず、今日の天候と、学習効率の相関性について、一言、申し上げます』
『次に、最近の、学校生活における、三つの課題について』
『第一に、整列の際の、姿勢。第二に』
「お兄ちゃん」
背中から、声がした。
ミキが、ふすまの隙間から、顔を、のぞかせていた。
「なにしてるの」
「朝礼の、原稿」
「見せて」
ミキは、とことこ、入ってきて、原稿用紙を、のぞきこんだ。
そして、一枚目、二枚目、三枚目と、めくった。
「…………」
「どうだ」
「お兄ちゃん」
「なんだ」
「これ、何枚あるの」
「八枚」
「長い」
ミキは、ばっさり、言った。
「校長先生より、長いよ」
「いや、校長先生は、十二分だったけど、オレのは、たぶん、七分くらい」
「ななふんも、立ってたら、みんな、しんじゃうよ」
ぐっ。
しんじゃう、は、大げさだ。
でも、さっき、座りこんだ子の顔が、頭に、浮かんだ。
「でも、ちゃんと、話したいんだ」
「お兄ちゃん、前に言ってたじゃん」
「なにを」
「だいじなのは、元気に、言うことだって」
「…………」
あ。
それは、ミキに、言った、言葉だ。
「長く言うのは、元気じゃないよ」
ミキは、そう言って、鉛筆を、一本、とった。
そして、原稿用紙の、いちばんうしろの、白い紙に、でっかく、書いた。
『みじかく!』
「これ、持っていって」
「…………」
「ポケットに、入れとくの」
オレは、その、ぐにゃぐにゃした、ひらがなを、見つめた。
「……ありがとう、ミキ」
「うん。わたし、ほんとは、お兄ちゃんの、話、好きだよ」
「え」
「でも、長いのは、きらい」
ミキは、にっと、笑って、部屋から出ていった。
ほんとに、しっかり者だ。
オレは、八枚の原稿を、じーっと、見つめた。
それから、鉛筆を、持った。
一枚目だけ、残した。
のこりは、そっと、引き出しに、しまった。




