第14話「ブッチの、恋の相談室」
「ヒロキ、どうしよう」
ブッチが、もう一回、言った。
朝の通学路。
ランドセルの肩ひもを、ぎゅうっと両手でにぎっている。
丸い顔が、いつもの三倍くらい、しょんぼりしていた。
「まあ、落ち着け」
「落ち着けない!」
「とりあえず、歩きながら話そう。遅刻する」
並んで歩きはじめた。
ブッチは、しばらく、無言だった。
珍しい。
この男が、五十メートル以上黙ってるの、はじめて見た。
「……あのさ」
「うん」
「ハヤシさんって、笑うとき、ちょっと、口をおさえるじゃん」
「うん」
「あれが、なんか、こう」
「うん」
「……やばい」
「語彙がやばい」
「だって、やばいんだもん!」
ブッチは、顔を、まっかにした。
かわいい。
いや、ほんとに、かわいい。
小5の、淡い恋は、こんなにも、まぶしいのか。
オレは、ちょっと、遠い目になった。
37歳の恋愛事情は、どうなってるかって?
聞くな。
最後に女の人と二人でごはんを食べたのは、取引先の、おばちゃん課長との、接待ランチだ。
思い出した。
前のオレも、ハヤシさんが、好きだった。
ハヤシ、ミナミ。
ひとつ結びで、笑うとき、口に手を当てて、本を読むのが好きな子。
オレは、ある日、ブッチが、ハヤシさんのことを、好きだって、知ってしまった。
ブッチは、オレにだけ、こっそり、教えてくれた。
親友だったから。
そのとき、オレは、なんて言ったか。
「へー、そうなんだ。がんばれよ」
笑って、そう言った。
でも、心の中は、ぐちゃぐちゃだった。
オレも、好きだったのに。
言えなかった。
ブッチが、あんまり、うれしそうだったから。
それで、オレは、身を引いたつもりで、でも、実際は、ただ、逃げただけだった。
ブッチは、ハヤシさんに、なにも、言えなかった。
オレも、なにも、言わなかった。
ふたりとも、ぐずぐずして、気がついたら、ハヤシさんは、別の子と、仲よくなっていた。
そして、ブッチとオレの間に、なんとなく、気まずい、空気が、のこった。
中学で、別々の学校になって、そのまま、会わなくなった。
あのときの、「がんばれよ」が、いちばん、ずるい言葉だった。
ほんとの気持ちを、かくして、いい人の、ふりをした。
それが、オレの、「壁」の、はじまりのひとつだったのかもしれない。
学校に着くと、まず、ハヤシさんを、探した。
いた。
窓際の、いちばん前の席で、本を、読んでいる。
ひとつ結びが、ちょっと、ゆれている。
ブッチが、オレの袖を、ぎゅっとつかんだ。
「み、見るな」
「見てないよ」
「見てるじゃん!」
「ブッチが見てるんだろ」
「おれは、見てない!」
「顔が、見てる」
「顔は、関係ない!」
関係ある。
おおいに、ある。
「ヒロキ」
うしろから、声がした。
ユウタだった。
「ブッチ、どうしたの? 朝から、へんだよ」
「へ、へんじゃない!」
「へんだよ」
ユウタは、あっさり言った。
ブッチが、助けを求める目で、オレを見た。
オレは、ふうっと、ため息をついた。
仕方ない。
「ユウタ、ちょっと、放課後、時間ある?」
「あるよ」
「作戦会議を、する」
「さくせん?」
「ブッチの、恋の、相談会だ」
「わーーーっ!!!」
ブッチが、オレの口を、ふさごうとした。
遅かった。
ユウタが、目を、まんまるにして、それから、えくぼを、ぽこっと、浮かべた。
「ブッチ、好きな人、いるの?」
「い、いない!」
「いるんだ」
「いないってば!」
「ハヤシさんでしょ」
「なんで知ってんの!?」
ユウタは、にこっと、笑った。
「ブッチ、ハヤシさんが、話すとき、ずーっと、見てるもん」
ブッチは、その場で、崩れ落ちた。




