第13話「木その2と、メロス」
朝ごはんの席が、やけににぎやかだった。
「おかあさん、見て見て! わたしの役、ねずみ!」
ミキが、画用紙で作った耳を、頭にのせて、くるくる回っている。
「おおきなかぶ」の、ねずみ役らしい。
「いちばん最後に出てくるんだよ! ねずみが来たら、かぶが抜けるの! いちばん大事な役なの!」
「そうねえ。大事な役ねえ」
母さんは、味噌汁をよそいながら、にこにこしている。
「セリフは?」
「ある! 『うんとこしょ、どっこいしょ』!」
「それ、みんなで言うやつじゃん」
オレが言うと、ミキが、ぎろっとにらんだ。
「ちがうもん! わたしは、ひとりで、言うところがあるの!」
「へー」
「ひとりで!」
「すごいじゃん」
「でしょ!」
ミキは、胸を張った。
前歯は、まだ、抜けたままだ。
かわいい。
……じゃなくて。
オレは、卵焼きを、口に入れながら、ぼんやり思った。
学芸会。
そうだ。
オレにも、学芸会が、あった。
思い出した。
小5の学芸会。
演目は、『走れメロス』だった。
先生が、台本を、みんなに、配った。
主役は、メロス。
親友の、セリヌンティウス。
悪い王様の、ディオニス。
走って、走って、約束の時間に、間に合う話。
オレは、メロスが、やりたかった。
ほんとは、すごく、やりたかった。
でも、役決めの、学級会で。
先生が、「メロスをやりたい人?」と、聞いたとき。
オレの手は、肩の高さまで、上がって。
そこで、止まって。
ゆっくり、下りた。
だって、笑われるのが、こわかった。
「ヒロキが、メロス? うける」
そう言われる気が、した。
結局、オレは、くじ引きで、役が決まった。
『森の木 その2』。
セリフ、なし。
体育館の、舞台のはしっこで、緑の紙の衣装を、着て。
ぼーっと、立っていた。
本番の、そのあいだ、ずっと。
メロスが、走り抜けていく、うしろで。
オレは、ただの、木だった。
あの、体育館の、ライトの、あつさ。
ひざが、ちょっと、笑って、でも、動けなくて。
メロスを、やってる、あいつの背中を、見ながら。
オレ、ほんとは、そこに、立ちたかったのにな、って。
そう思っていた。
「では、学芸会の、役決めをします」
ヤマグチさんが、黒板の前で、ノートを、ぱらっと開いた。
議長の、貫禄が、すごい。
「演目は、先生の、提案で、『走れメロス』です」
……やっぱり、そうか。
「まず、主役の、メロス役。やりたい人は、手を、挙げてください。複数いる場合は、オーディションを、します」
ざわざわ、と、教室が、さわいだ。
「おれ、やりたいなー」
「だれが、やるんだろ」
オレは、机の下で、拳を、にぎっていた。
手のひらが、汗で、ぬるぬるする。
37歳が。
小5の、役決めで、緊張してる。
自分でも、あきれる。
でも、これは、笑えない。
だって、27年前の、あのとき。
オレは、手を、下ろしたんだ。
「メロス役、やりたい人」
ヤマグチさんの、声。
教室の、あちこちで、ちらほら、手が上がる。
カワシマが、でかい声で言った。
「はいっ! おれ! 声でかいから!」
「カワシマくん、一人目、ですね」
ヤマグチさんが、黒板に、名前を、書いた。
「ほかには?」
オレは、腕に、力を、入れた。
上がれ。
上がれ、オレの、手。
でも、動かない。
おじさんの、腕が、鉛みたいに、重い。
なんでだ。
オレ、いま、37歳だぞ。
会社では、部長に、怒られながらも、ノルマが、できてないって、ちゃんと、会議で、言ったこともある。
あれは、……いや、半分、ごまかしたんだけど。
とにかく、人前で、手を上げるって、こんなに、むずかしかったか。
「…………」
となりを、見た。
ブッチは、「ヒロキ、やれよ」って、顔を、していた。
ユウタは、じっと、オレのほうを、見ていた。
その目が、ふっと、笑った。
「ヒロキ」
小さい声。
「ぼくは、ヒロキが、メロスなの、見たい」
胸の奥が、ぎゅっと、なった。
そのとき。
教室の、うしろのほうから、声が、した。
「さくまくん」
ヤマグチさんだった。
議長の席から、まっすぐ、こっちを、見ている。
「手が、半分、上がってますよ」
「え」
見たら、本当に、半分、上がっていた。
肩の高さで、止まっていた。
あのときと、おんなじだ。
……いや、おんなじじゃ、ない。
前は、ここで、下ろした。
今回は。
オレは、ごくっと、つばを飲んで。
ぐっと、腕を、上げた。
肘が、のびて、指先が、天井を、向いた。
「……はい」
声が、かすれた。
「オレも、やりたいです。メロス」
教室が、しーん、と、なった。




