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第11話 後編

授業は、国語だった。


教科書の、題材は、『ごんぎつね』。


あの、悲しい話だ。


「じゃあ、この場面で、ごんは、どんな気持ちだったと思いますか?」


先生が、黒板に、問いを、書いた。


何人かが、手を挙げて、答える。


「さみしかった、と思います」


「ひとりぼっちだったから、兵十と、話したかったんだと思います」


そう。


ごんは、ひとりぼっちの、きつねだった。


いたずらをして、兵十を、困らせて。


あとで、後悔して、栗や松茸を、こっそり、届けつづけた。


でも、最後に、兵十に、撃たれてしまう。


「さくまくん、どうですか?」


先生が、オレを、指した。


「あ、はい」


立ち上がった。


その瞬間、背中に、保護者の、視線が、ざっと、集まった。


「ごんは」


「はい」


「たぶん、さみしかったというより」


声が、ちょっと、かすれた。


「ずっと、後悔してたんだと、思います」


「後悔?」


「いたずらして、兵十を、ひとりぼっちに、してしまって。それを、なんとか、取り返したくて。でも、言葉で、謝る方法が、わからなくて」


教室が、しーんと、している。


「だから、栗とか、松茸とか、持っていった。モノで、謝ろうとした」


「…………」


「でも、ほんとは、ひとこと、『ごめんなさい』って言うほうが、きっと、いちばん、短くて、いちばん、伝わったのに」


言いながら、自分の声が、ふるえていることに、気づいた。


あれ。


オレ、いま、誰の話をしてるんだ。


ごん?


それとも、オレ?


「ごんは、最後まで、言えなかった。だから、悲しい話に、なったんだと、思います」


しーん。


そのとき。


教室の後ろのほうから、すすり泣きが、聞こえた。


ふりむくと、ブッチのお母さんが、ハンカチで、目を、おさえていた。


その、となりの、お母さんも。


さらに、その、となりの、お父さんも。


「……ごめんなさいね。なんだか、胸が、いっぱいになっちゃって」


「うちの子に、そんなこと、言われたことないわ」


先生が、こほん、と咳ばらいをした。


「さくまくん、すばらしい意見です。座ってください」


「はい」


座った。


ミキが、後ろから、小さい声で、言った。


「兄ちゃん、かっこいいー」


父さんは、ビデオカメラを、持ったまま、ぽかんとして、それから、ぐす、と鼻をすすった。


「…………うちの子、いつの間に」


「あなた。ヒロキは、ヒロキです」


母さんが、静かに、言った。


オレは、前を向いたまま、下唇を、ぎゅっと、噛んだ。


泣かない。


今日は、泣かない。


ごんの話で、泣くのは、ずるい。


授業のあと、保護者と、子どもが、廊下で、ざわざわ、集まっていた。


オレは、父さんと、母さんの、ところに、走っていった。


「ヒロキ!」


父さんが、オレの頭を、ごしごし、なでた。


「よく、言えたな」


「やめて。みんな見てる」


「いいじゃないか。父さん、うれしいんだ」


父さんは、でかい声で、笑った。


母さんも、にこにこしている。


「ヒロキ」


「ん?」


「前の、授業参観のとき、ヒロキ、教室の後ろの、ロッカーの陰に、隠れてたでしょう」


「え」


「覚えてる? 母さん、ずっと、見てたのよ。ヒロキが、ロッカーの、隙間から、こっちを、のぞいてるの」


「…………」


母さんは、くすっと、笑った。


「あのとき、母さん、ちょっと、さびしかったの。ああ、うちの子、母さんのこと、見られたくないんだなって」


「……ごめん」


「ううん」


母さんは、オレの手を、そっと、握った。


「でも、今日は、ちゃんと、前の席に、座ってた。ちゃんと、発表も、してた。だから、うれしかった」


「母さん」


「ありがとうね、ヒロキ」


「…………」


声が、出なかった。


だめだ。


今日は、泣かないって、決めたのに。


でも、母さんの手が、あったかくて。


あのころの、母さんの、さびしそうな顔が、ぱっと、頭に、浮かんだ。


「……母さん、ごめんなさい」


「あらあら。どうしたの」


「いや、あの、ロッカーのこと。ずっと、謝りたかった」


母さんは、目を、ぱちぱちさせたあと、ふふっと、笑った。


「いいのよ。子どもは、そういう、時期が、あるんだから」


ずっと、握ってくれていた、手を、母さんは、ぽんぽんと、叩いた。


「ほら。ミキが、お腹すいたって、顔してるわよ」


「してないもん!」


ミキが、顔を、まっかにして、抗議した。


父さんが、ふきだした。


オレも、笑った。


母さんも、笑った。


廊下の、窓から、夕日が、さしこんで、四人の影が、床に、ながく、のびていた。


その夜。


部屋に戻って、財布を、開いた。


名刺入れの、いちばん上。


見慣れた、行が、ならんでいる。


『株式会社 みやび芸能 マネージャー 佐久間宏樹』


『担当アーティスト 水野 優太』


『みやび芸能ランニング部 部長』


『契約・法務担当 兼務』


『昭和・平成 駄菓子資料館「ふくや」 館長 兼務』


そして、その、いちばん下に。


『PTA会長 佐久間宏樹』


「…………PTA、会長」


声が、ひっくり返った。


やっぱり、そうなるのか。


案の定、そうなるのか。


「いや、どんだけ兼務、すんだよ、オレ」


でも、ちょっと、笑ってしまった。


そして、その、PTA会長の、肩書きの、すぐ横に、小さな、手書きの、メモが、書き足されていた。


『ただし、PTAでは、なぜか、子どもたちと、いちばん、話が合う』


「…………」


ほんとだ。


ほんとに、そう、なってるんだ。


スマホを、取り出した。


ギャラリー。


一番上の、新しい写真。


どこかの、小学校の、体育館。


壇上に、スーツ姿の、オレが、立っている。


胸に、「PTA会長」と書いた、でっかい、リボン。


その、正面の、客席。


保護者と、子どもたちが、ぎっしり、座っている。


子どもたちの、顔は、みんな、きらきらしていて、オレの話を、聞いている。


そして、前の方の席に。


白髪の、小さな、おばあさんが、座っていた。


あの、写真の、おばあちゃん。


ふくやの、おばあちゃんだ。


その、となりで、母さんが、笑っている。


年を、とった、母さんだ。


髪が、少し、白くなって、でも、笑った顔は、あの、エプロン姿の、母さんと、同じ。


写真の下に、小さな、文字。


『PTA主催「昔の駄菓子を食べよう会」。母さんが、また、泣いてた』


撮影日は、先週の、日曜日。


「……まったく」


つぶやいたら、鼻の奥が、つーんとした。


母さん、年を、とっても、泣き虫なんだな。


オレは、その母さんの、写真を、指で、そっと、なぞった。


いまの、若い、エプロン姿の、母さんと、ぜんぜん、ちがう。


でも、同じ顔だった。


布団の中で、天井を、見つめていた。


今日は、いい日だった。


母さんに、ロッカーの話を、謝れた。


ごんの、話もできた。


でも、ひとつだけ、ひっかかっていることが、ある。


父さんが、ビデオカメラを、構えたとき、言った言葉。


『あの子、うちの、ヒロキより、ちょっと、老けてないか?』


父さんは、ちゃんと、気づきかけてた。


でも、母さんに、止められた。


あれは、なんだったんだろう。


「ヒロキ、ヒロキ、ヒロキ。……ヒロキは、ヒロキです」


母さんの、あの言い方。


なんだか、ちょっと、ひっかかった。


まるで、何かを、かばってるみたいで。


「……母さん、なにか、知ってるのか?」


つぶやいた声は、天井に、すいこまれた。


返事は、なかった。


そのとき、廊下から、父さんと、母さんの、ひそひそ声が、聞こえた。


「……やっぱり、そうなのか」


「ええ。たぶん、もうすぐよ」


「じゃあ、そのときは」


「ええ。ちゃんと、見送ってあげましょう」


オレは、息を、止めた。


見送る?


なんの話だ。


「…………」


布団の中で、固まった。


階下の声は、そこで、止まった。


そのあとは、聞こえなかった。


オレは、ぎゅっと、目を、つぶった。


聞かなかった。


なにも、聞いてない。


そう、自分に、言い聞かせた。


でも、胸の奥が、どくん、どくん、と、鳴りつづけていた。

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