第11話「授業参観と、ロッカーの陰」
授業参観の朝。
オレは、鏡の前で、固まっていた。
白いシャツ。
紺色の半ズボン。
無精ひげ。
目の下に、うっすら残ったクマ。
どう見ても、「お父さんが、子どもの服を着て、ふざけている」図だ。
「ヒロキー! ひげ、剃りなさいよー! 授業参観なんだからー!」
母さんの声が、階下から飛んできた。
ひげ。
そうか。
オレ、小5だから、ひげは、ないはずなんだ。
でも、母さんは、「剃りなさい」と言った。
つまり、この世界では、オレのひげは、「小5のヒロキが、ちょっと、ひげっぽい」くらいの扱いになってる。
どういうルールだ、それ。
洗面所で、父さんのシェーバーを借りて、じょりじょり剃った。
つるつるになった。
でも、顔の、おじさん感は、ぜんぜん、消えなかった。
「……ひげがないだけで、ただの、童顔の、おじさんだな」
鏡の中のおじさんは、半ズボンで、ちょっと、泣きそうな顔をしていた。
教室は、いつもより、きれいだった。
床が、ぴかぴか。
黒板も、ぴかぴか。
後ろの壁には、図工で作った作品が、ずらっと、貼ってある。
そして、教室の後ろの、いちばんはしに。
ずらりと、保護者が、並んでいた。
お母さんたちが、ほとんど。
ところどころ、お父さん。
みんな、よそ行きの服を着て、ちょっと、緊張した顔で、にこにこしている。
そのなかに、オレは、いた。
……あれ。
オレ、なんで、後ろに、立ってるんだ。
「あの、すみません」
ふりむくと、ブッチのお母さんが、立っていた。
団地で、カレーを、ごちそうしてくれた、あの、ふくよかな、お母さん。
「どちらの、お父さんですか?」
「え」
「あ、ごめんなさいね。うちの子の、友達の、お父さん、かなって」
「いや、あの、オレは」
「ヒロキくんの、お父さんですよね? おとといの、運動会で、ビデオ撮ってらした」
ぜんぜんちがう。
それは、本物の父さんだ。
「いや、オレ、ヒロキ、本人です」
「あら、ふふ。冗談が、お上手」
ブッチのお母さんは、にっこり、笑った。
信じてない。
完全に、冗談だと、思われてる。
「あ、あの、ちょっと、席に、戻ります」
「はいはい。あ、ヒロキくん、いつも、うちの子が、お世話になって」
「あ、こちらこそ」
……って、オレ、いま、「ヒロキくん」って、呼ばれたぞ。
つまり、ブッチのお母さんには、「オレ=ヒロキ」って、ちゃんと、わかってるんだ。
冗談に、見えてるだけで。
そうなると、よけいに、ややこしい。
オレは、とぼとぼと、自分の席に、座った。
窓際の、うしろから2番目。
後ろには、保護者が、ずらり。
背中に、視線を感じる。
「あの子、背、大きいわねえ」
「ほんと。うちの子より、頭ひとつ、おおきい」
「でも、顔は、かわいいわよね」
聞こえてる。
ぜんぶ、聞こえてる。
「5年生にしては、ずいぶん、貫禄が、ある」
「ひげの剃り跡、あったわよ」
「早熟なのねえ」
「ちがいます!」
思わず、ふりむいて、叫んでしまった。
保護者席が、しーん、となった。
「……す、すみません」
「ヒロキー、がんばれー!」
ブッチが、小さい声で、応援してくれた。
ありがたい。
でも、いまは、そっとしておいてほしい。
そのとき、教室の後ろの扉が、がらっと、開いた。
「あ、すみません、遅れました」
父さんだった。
ビデオカメラを持っていた。
そして、その、すぐあとに。
母さんも、入ってきた。
ミキを、連れて。
「ヒロキー! がんばってー!」
「兄ちゃん、がんばれー!」
ミキが、小さい声で、手を、ぶんぶん、振ってくる。
やめろ。
静かにしろ。
でも、顔は、勝手に、ゆるんだ。
父さんは、ビデオカメラを、構えた。
ファインダーを、のぞいて、オレの席の方向に、向ける。
そして、固まった。
「…………」
「あなた?」
「いや、その」
父さんは、カメラを、下げて、教室を、見回した。
それから、ちょっと、困ったように、笑って、ぼそっと言った。
「ヒロキ、どれだっけ」
「え?」
「いや、あの、窓際の、うしろから、二番目の」
「……あなた、まさか」
「いやいやいや、わかってる、わかってる。ヒロキは、わかってる。ただ、ほら、あの子、うちの、ヒロキより、ちょっと、老けてないか?」
母さんが、父さんの、脇腹を、ぐいっと、つついた。
「いたっ」
「あなた。ヒロキは、ヒロキです」
「は、はい」
父さん、うっすら、気づきかけてる。
母さんは、全部、わかってる顔で、にっこり笑った。
「ヒロキー! ちゃんと、前向いてー!」
「…………はい」
オレは、前を向いた。
胸の奥が、ぎゅっと、なった。
あたたかい、ぎゅっだ。




