↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
17/63

第10話 後編

ふたりで、通学路の、いつもの角を曲がった。


ちっちゃな店の、入り口。


色あせた、赤い日よけ。


ガラスの引き戸の、上に、木の看板。


『ふくや』


白いペンキで、書かれた文字が、ところどころ、はげている。


「いらっしゃい」


店の奥から、小さな声が、聞こえた。


ふくやの、おばあちゃんだ。


白髪を、ひとつに、まとめて。


レジの奥の、座布団の上で、小さく、座っている。


おばあちゃんの、名前は、知らない。


みんな、「ふくやのおばあちゃん」って、呼んでいた。


店は、せまかった。


棚に、駄菓子が、ぎっしり。


ラムネ、きなこ棒、フエラムネ、ヨーグルト、梅ジャム、くじ付きガム。


十円、二十円、三十円。


値札が、ぜんぶ、手書きだ。


そして、一番奥の棚に、ぽっかり、すきまがあった。


在庫が、減ってきてるんだ。


「あのう、おばあちゃん」


「あいよ」


「ここ、今月で、閉めるって、聞いたんですけど」


「そうなんだよ」


おばあちゃんは、ゆっくり、うなずいた。


「ひざが、いけなくなってねえ。あと、息子夫婦が、いっしょに住めって、うるさくて」


「そう、なんですか」


「でも、あんたたちが、毎日、来てくれて、うれしかったよ」


おばあちゃんは、ふふっと、笑った。


その笑顔を見た瞬間、胸の奥が、きゅっと、なった。


あ。


あれだ。


ここが、後悔の場所だ。


思い出した。


前のオレは、閉店の日に、来なかった。


ブッチたちとの、ゲームが、いいところで、ふくやに寄るのを、忘れた。


次の日、店の前に、シャッターが、おりていた。


そして、張り紙が、一枚。


『長い間、ありがとうございました』


それだけ。


オレは、その紙を、五秒、見て、帰った。


そのときは、なんとも、思わなかった。


ただ、何年もたって、ふとした瞬間に、思い出す。


いつも、レジの奥から、「いってらっしゃい」「また、おいで」と、言ってくれた、おばあちゃん。


オレは、一回も、ちゃんと、「ありがとう」を、言わなかった。


「ごちそうさま」すら、小さい声で、ごにょごにょ、だった。


そうだ。


オレが、駄菓子を、ぜんぶ、買い占めたい、本当の理由は。


お金じゃ、なかった。


それから、閉店までの、十日間。


オレは、毎日、ふくやに、通った。


500円の、予算を、きっちり、配分して。


「駄菓子費 一日、30円」


「予備費 100円」


「当たりくじ費 50円」


帳簿に、ちゃんと、書いて。


「きなこ棒を、箱で、ください」


「箱でかい? そんなに、食べるのかい?」


「いえ、保存します」


「ほぞん」


おばあちゃんは、目をぱちぱちさせた。


「子どもが、おかしを、ほぞんするなんて、聞いたことないねえ。ちゃんと、食べなさい」


「はい。でも、箱は、とっておきます」


「ふふ。変わった子だよ」


そう言いながら、おばあちゃんは、きなこ棒を、一本、おまけしてくれた。


十日間で、オレは、ふくやの箱を、七つ、集めた。


きなこ棒、フエラムネ、くじ付きガム、梅ジャム、ヨーグルト、ココアシガレット、麩菓子。


ブッチは、毎日、ついてきた。


ユウタも、ヤマグチさんも、たまに、ついてきた。


「帰りの会の、今日のいいところ」は、だいたい、ふくやの話になった。


「今日のいいところ。ふくやのおばあちゃんが、くじ、あたりを、おしえてくれました」


「今日のいいところ。ヒロキくんが、箱を、ひとつもつぶさずに、持って帰りました」


「いや、それは、いいところか?」


「いいところです!」


ヤマグチさんが、きっぱり、言った。


最終日。


その日は、雨が、ぱらぱら、ふっていた。


放課後、みんなで、走って、ふくやに、行った。


引き戸を、がらっと、開ける。


店は、もう、半分、からっぽだった。


棚が、あちこち、むき出しになっている。


ひとつ、またひとつ、箱が、なくなっていく。


「いらっしゃい。最後の日に、ありがとうねえ」


おばあちゃんは、いつもの、座布団の上に、いた。


でも、いつもより、ちょっと、小さく見えた。


オレは、残った駄菓子を、見渡した。


きなこ棒と、フエラムネが、ほんの少し。


あとは、がらんとした、棚。


「おばあちゃん」


「あいよ」


「残ってるの、ぜんぶ、ください」


「ぜんぶ、かい?」


「はい。お小遣いが、足りない分は、あした、持ってきます」


「そんな、無理しなくていいんだよ」


「いえ、あの、箱は、オレが、とっておきます」


おばあちゃんは、オレの顔を、じっと、見た。


それから、ふっと、笑った。


「あんた、変な子だねえ」


「はい」


「でも、いい子だよ」


その一言で、鼻の奥が、つーんとした。


いかん。


ここで、泣いたら、また、「ほこり」って言わなきゃいけない。


でも、今日は、言いたいことが、ある。


オレは、レジの前で、ぴしっと、姿勢を、正した。


「おばあちゃん」


「なんだい」


「ありがとうございました」


声が、でかかった。


ちゃんと、顔を見て、言った。


おじさんの声で、でも、ごにょごにょじゃなくて。


「毎日、ここに、来るのが、楽しかったです。いつも、おまけを、ありがとうございました。……ごちそうさまでした」


しーん。


店の外で、雨が、ぽつぽつ、トタンを叩く音が、聞こえた。


おばあちゃんは、動かなかった。


それから、ゆっくり、メガネを、はずして、エプロンのすそで、目の端を、ぬぐった。


「…………ああ」


「おばあちゃん?」


「いやね。ほこりが、目に、入ったのさ」


……またそれか。


「あんたねえ、ずっと、小さい声で、『ごちそうさま』って言ってたでしょう。ちゃんと、聞こえてたんだよ。ほんとうは、毎日、ちゃんと、聞こえてたんだ」


「…………」


「でもね、大きい声で、言ってもらうのは、はじめてだ。うれしいねえ」


胸の奥が、ぎゅっと、なった。


あたたかい、ぎゅっだ。


涙が、ぼろぼろ、こぼれた。


ブッチが、うしろで、すでに、号泣していた。


ユウタも、ヤマグチさんも、鼻を、すすっていた。


「みんな、ありがとうねえ」


おばあちゃんは、レジの下から、なにか、取り出した。


それは、でっかい、木の板だった。


入り口の上に、かかっていた、あの、看板だ。


白いペンキ。


はげた文字。


『ふくや』


「これ、ひとつ、もらってくれないかい」


「え」


「捨てるのも、忍びなくてねえ。あんたなら、大事に、してくれそうだ」


オレは、両手で、看板を、受け取った。


ずしっと、重かった。


「……はい」


「大切にしてね。ほこり、かぶらせないでね」


「はい」


「それと、いつか、大人になったら、また、遊びに、おいで」


おばあちゃんは、笑った。


オレは、もう一回、頭を、下げた。


「はい。ぜったい、行きます」


おじさんの声で。


でも、いままでで、いちばん、まっすぐな声で。


家に帰ったら、母さんが、玄関で、目を、まるくした。


「ヒロキ、なにそれ。大きい板」


「ふくやの、看板」


「あらまあ」


母さんは、看板を、じーっと見て、それから、オレの顔を見た。


「いい顔、してるわね」


「……うん」


「じゃあ、ごはん、あたためるから、先に、お風呂入っちゃいなさい」


「うん」


ほんとに、母さんは、すごい。


ぜんぶ、わかってる顔を、してるのに、なんにも、聞かない。


夜。


部屋に戻って、看板を、壁に、立てかけた。


机の上には、七つの、駄菓子の箱が、ならんでいる。


ちょっと、色あせて。


ちょっと、かどが、つぶれて。


でも、ひとつも、捨てなかった。


財布を、ひらく。


名刺入れを、取り出す。


『株式会社 みやび芸能 マネージャー 佐久間宏樹』


『担当アーティスト 水野 優太』


『みやび芸能ランニング部 部長』


『契約・法務担当 兼務』


そして、その下に、また、一行。


『昭和・平成 駄菓子資料館「ふくや」 館長 兼務』


「…………館長」


声が、ひっくり返った。


館長。


どんどん、兼務が、ふえていく。


「いや、ほんとに、ブラックじゃない?」


でも、笑ってしまった。


駄菓子コレクターに、なってるのか。


それも、資料館を、つくるレベルで。


スマホを、取り出した。


バッテリー、100%。


ギャラリーを、ひらく。


一番上の写真。


和室の、壁。


そこに、立派な、木の看板が、かかっている。


白いペンキの、はげた文字。


『ふくや』


その下に、ガラスケース。


中に、ぎっしり、駄菓子の、古い箱が、ならんでいる。


きなこ棒。


フエラムネ。


くじ付きガム。


ぜんぶ、ぴかぴかに、保存されている。


部屋の、すみに、ユウタが、立っていた。


大人の、ユウタだ。


腕を組んで、あきれた顔で、でも、えくぼは、浮かんでいる。


写真の下に、小さな、文字。


『ふくやの看板、修復完了。ユウタ「また、箱が、増えてる」って、あきれてたけど、ちゃんと、見に来てくれた』


撮影日は、おととい。


さらに、スワイプすると。


もう一枚。


おばあちゃんが、写っていた。


白髪の、小さな、おばあちゃん。


車いすに、座って。


壁の看板を、見上げて、笑っている。


おばあちゃんの、となりで、しゃがんで、ピースサインをしているのは、中年の、オレだ。


写真の下には、一行だけ。


『ばあちゃん、見てくれた。「ほこり、かぶってないね」って』


「…………っ」


画面が、にじんだ。


もう、止めなかった。


オレは、スマホを、両手で、持ったまま、声を、殺して、泣いた。


「約束……守ったよ、おばあちゃん」


やっと、守れたんだな。


大人になったら、また、遊びに、おいで。


その、約束を。


涙が、ひいたころ、財布の中を、もう一回、のぞいた。


メダルの、となりに。


黄ばんだ、ちっちゃな、紙きれが、一枚、はさまっていた。


指でつまんで、広げる。


『あたり』


ふくやの、くじの、当たり券だ。


裏に、ボールペンで、にじんだ文字が、書いてある。


『また、おいで』


「…………」


オレは、その紙を、財布の、いちばん、見えるところに、そっと、戻した。


今度、財布を、開けるたびに、思い出すんだろう。


そう思ったら、ほんの少し、財布が、重くなった気がした。


布団に、もぐりこんで、天井を、見た。


雨は、いつのまにか、やんでいた。


窓の外から、かすかに、虫の声が、聞こえる。


いろんな後悔を、ひとつずつ、返していく。


そのたびに、未来が、にぎやかに、なっていく。


でも、どんなに、にぎやかになっても、ひとつだけ、変わらないことが、ある。


オレは、まだ、なんで、ここに、いるのか、わかっていない。


「……まあ、いいか」


つぶやいたとき、居間のほうで、父さんと、母さんの、話し声が、聞こえた。


「そういえば、来週、授業参観ですって」


「あー、そうだったな」


「ヒロキ、運動会のあとだから、ちょっと、張り切ってるかも」


…………。


「…………」


オレは、がばっと、起き上がった。


授業参観。


そうだ。


前のオレは、授業参観のとき、教室の、後ろの、ロッカーの陰に、隠れて、親に、見つからないようにしていた。


でも、いまのオレは。


見た目が、37歳の、おじさんだ。


つまり。


「…………親たちと、まちがえられる」


血の気が、すーっと、引いた。


窓の外で、虫が、りーん、と、鳴いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。