↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/63

第7話 後編

ユウタは、ゲームボーイのソフトを、胸のところで、ぎゅっと握っていた。


「……ヒロキ」


「うん」


「ぼくね」


ユウタが、ぽつり、と、言った。


「あの日、すごく、いやだった」


「……うん」


「帰ってから、ベッドで、いっぱい泣いた」


「……うん」


「ヒロキのこと、きらいになりそうだった。……でも、ほんとは、きらいに、なりたくなかった」


目の奥が、熱くなった。


もう、止めなかった。


「だって、ヒロキ、ぼくに、はじめて、ゲーム、いっしょにやってくれた子だったから」


ユウタは、鼻をすすった。


「だから、今日、ほんとは、ちょっと、こわかったんだ。ヒロキが、また、前みたいに、なっちゃうんじゃないかって」


「ならないよ」


「……ほんと?」


「ならない。ぜったい」


あんまり力いっぱい言ったから、声が、裏返った。


ユウタが、ふっと、吹き出した。


「いまの声、ヒロキ、また、ひよこ」


「うるさい!」


「あはは!」


ユウタが、笑った。


えくぼが、ぽこっと、浮かんだ。


いままで見たなかで、いちばん、深くて、いちばん、まるいやつだった。


「ゆるす、ってことで、いい?」


「うん。ゆるす」


ユウタは、ゲームボーイのソフトを、両手で、ぎゅっとにぎった。


「でもね、ヒロキ」


「ん?」


「ひとつだけ、条件があります」


「条件?」


「逆上がり、ぼくといっしょに、できるようになること」


「…………」


ハードル、たかっ。


「それは、ちょっと、長い戦いになるかもな」


「いいよ。ぼく、待つよ」


ユウタは、鉄棒に、手をかけた。


「せーの、で、いっしょに、蹴ろう!」


「おう!」


並んで、バーをにぎった。


軍手が、ふたつ、並んでいる。


「せーのっ!」


ふたりで、地面を、蹴った。


ぷらん。


ぷらん。


ぷらーん。


ふたりそろって、ぶらさがって、そろって、ゆれていた。


「…………」


「…………」


「ぷはっ!」


「あははははは!」


笑いが、とまらなかった。


腹が、いたい。


37歳が、腹を抱えて、笑っている。


鉄棒に、ぶらさがったまま。


そのとき、ユウタが、ふっと、言った。


「ヒロキ」


「ん?」


「ぼくね、いなくなっちゃうって、思ってたんだ」


「え」


「ほんとは、おばあちゃんの町に、行く話があったの。おとうさんの仕事のこととか、ぼくが、学校、行きたくなくなったら、そうしようって」


「…………」


「でも、行きたくなくなかった。ヒロキと、まだ、友だちでいたいから」


ユウタは、にっこり、笑った。


「だから、ぼく、ここにいるよ」


涙が、ぼろぼろ、こぼれた。


鉄棒に、ぶらさがったまま、泣いた。


オレは、27年かかって、やっと、この場所に、帰ってきたんだと思った。


「……ヒロキ、また、ほこり?」


「ちがう。これは、ほんとに、泣いてる」


「あ、認めた」


「認めるよ! もう、認める!」


ユウタが、また、笑った。


家に帰って、すぐ、ランドセルを、ひっくり返した。


財布。


スマホ。


手が、ふるえていた。


名刺入れを、開く。


『株式会社 みやび芸能 マネージャー 佐久間宏樹』


文字は、変わっていなかった。


でも、その下に、小さな、新しい行が、増えていた。


『担当アーティスト 水野 優太』


「…………」


水野。


そうだ。


ユウタの苗字は、水野だった。


どうして、いままで、思い出せなかったんだろう。


名前を、指で、そっとなぞった。


『水野優太』。


ひらがなで、「みずの ゆうた」と、読む。


……担当、アーティスト?


「え、うそ、でしょ」


スマホを、開いた。


バッテリーは、ずっと、100%のまま。


ギャラリーを、ひらく。


ゆっくり、スクロールする。


トレイの写真。


ブッチと肩を組んだ写真。


ステージのそでの写真。


そして、一番上に。


新しい写真が、あった。


どこかの、舞台の、裏。


白い壁と、楽屋の、鏡の前。


スーツすがたの、細身の男の人が、ふたり。


ひとりは、オレだ。


もうひとりは。


色白で、前髪が、ちょっと長くて、笑うと、片方のほっぺに、えくぼが、できる。


「…………ユウタ」


写真の中のユウタは、きれいな、羽織を着ていた。


少し、緊張した顔で、でも、すごく、うれしそうに、笑っている。


オレは、その横で、タオルを持って、ちょっと、ゆがんだ顔で、泣き笑いしている。


写真の下に、小さな文字。


『初日、お疲れさま。ずっと、待ってた』


撮影日は、昨日。


指が、ふるえた。


「……まじでっ」


声が、でかくなった。


あわてて、口をおさえた。


でも、うれしくて、止まらなかった。


ユウタが、いた。


未来の、ちゃんと、オレの隣に。


さらに、スクロールした。


下のほうに、あの、ぶれた夜の道の写真が、あった。


ランドセルの、ちいさな影。


昨日までは、ひとりだった。


いまは、ふたりになっていた。


ランドセルの、ふたつの影が、肩をならべて、歩いている。


ひとりは、細くて。


もうひとりは、ちょっと、でかくて。


……あの影、オレか。


小5の、オレ。


ぼやけた、夜の道が、ほんの少しだけ、あたたかい色に、見えた。


画面が、ふっと暗くなった。


そのとき、オレは、ようやく、気がついた。


ずっと、胸のあたりに、つかえていたものが、ない。


何十年も、ここに、ひっかかってたもの。


それが、消えている。


「……軽っ」


つぶやいた声は、ちゃんと、おじさんの声だった。


でも、なんだか、ちょっとだけ、楽な声だった。


その夜、ごはんのとき、母さんが言った。


「あ、そうだ。ヒロキ、運動会の、リレーの選手決め、明日だって。連絡帳に、書いてあった」


「……え」


箸が、ぴたっと止まった。


運動会。


リレー。


その二つの言葉を聞いた瞬間、胃のあたりが、きゅっと、縮んだ。


そうだった。


オレ、これも、あった。


小5の、運動会。


アンカー。


ビリ。


泣いた。


「お兄ちゃん、リレー、でるの? おそいのに」


ミキが、ばっさり言った。


「おそくない」


「おそいよ」


「……おそいな」


「うん」


父さんが、ごはんを噛みながら、くすくす笑っている。


母さんも、笑っている。


オレは、味噌汁を、ずずっと、すすった。


一個、終わった。


でも、後悔は、まだまだ、あるんだ。


ひとつ、ずつ、返していこう。


そう思って、茶わんを持つ手に、ちょっとだけ、力をこめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。