9.編入・タショラカタ王立学園
翌朝、呼び出された謁見の間には、国王と宰相だけではなく、二人の王子、フォルベレー公爵と娘であるアデライドを始めとした関係者が揃っていた。
国王は、ルミナと男爵が玉座の下で跪いたことを確認すると、早速本題を切り出す。
「ヘルト男爵よ。考えは纏まったか」
男爵は、一瞬だけルミナを見た。事前に話し合いの時間を設けたが、やはり、不安は消えていないらしい。
自身を心配してくれる親心を嬉しく思いつつも、ルミナは真剣な表情で頷き、男爵に返答を促した。
「は。娘から、直接返答させていただきたく」
よろしいですか、と男爵が言えば、国王は鷹揚に頷いた。
「ヘルト男爵令嬢、ルミナよ。聖女候補となる意思はあるか」
真っ直ぐに向けられた言葉と視線に、ルミナは背筋を伸ばす。
国王のものではない、背筋が冷えるような視線も感じるが、負けるものかと喉に力を入れ、答える。
「……微力ながら、私も、この国のため力を尽くしたいと存じます」
軽く頭を下げて、はっきりと述べる。国王は、大袈裟な反応は見せなかったものの、静かに一度、頷いた。
「そうか、引き受けてくれるか」
「お役に立てるよう、精進いたします」
再度、ルミナが頭を下げると、楽にするよう言われ頭を上げる。国王は、一瞬だけルミナと視線を合わせ、僅かに目を細めると片手を上げて隣の宰相に指示を出した。
「宰相」
「はい。ヘルト男爵令嬢の、王立学園編入手続きを行います」
ルミナは、コクリと喉を鳴らした。聖女候補となれば、学園に行くことになるとは思っていたが、実際に編入が確定するとシナリオの影響力を感じてしまう。
魔王の復活は、きっと避けられないのだろう。聖女として成長する物語に、必要ないなら魔王の存在なんて仄めかさないはずだから。
「二年次からの編入となる。寮は今日中に用意しよう」
編入先は、魔導科ではなく、アデライドと同じ淑女科らしい。
魔王復活に関する詳細は各貴族家当主を始めとした関係者以外には伏せられている。学園生徒たちの大多数は噂程度に思っているため、無駄に刺激しないように公表はしないようだ。
女子生徒が淑女科に編入するのとは、金銭的な余裕が出たと説明すれば不自然では無い。アデライドが一緒なら不安も多少はマシだと、ルミナは胸を撫で下ろす。
「陛下、よろしいですか?」
そんな中、男爵が声を僅かに震わせながらも声を上げて、ルミナは思わず、男爵を見た。
「ヘルト男爵、何か問題があるのか?」
国王に問いただされた男爵は、口の端を引き攣らせかけながらも、声を張って尋ねる。
「問題、というか、娘が心配でして……。もしお許しいただけるなら、従者を一人、共に入学させることは可能でしょうか」
「お父様!?」
ルミナは、思わず声を上げた。心配は嬉しいし、エリオットがいれば心強いが、下手をすれば王家には任せられない、という発言にもとれる。
ルミナは慌てて国王を見たが、王の顔に不快感は浮かんでいない。ただ、確認するかのように、男爵に質問をしただけだった。
「侍女ではなく、従者をか?」
従者は同じ寮に入れることはできんぞ、という言葉に、男爵は構いませんと首を縦に振る。
「娘には、契約を交わしている忠実な従者がおります。腕も立ちますし、娘も安心するでしょうから、護衛として学園に編入させたいのです」
ふむ、と国王は考えるような素振りを見せたが、宰相と視線を交わしたのちに、大きく頷いた。
「王家からも護衛はつけるつもりだが、いいだろう。ただし、編入試験は受けてもらうぞ」
「感謝いたします」
学園には、能力さえ認められれば身分問わず入学できる。国王の言質があれば、元奴隷であるエリオットでも、試験さえ通れば入学許可は降りるだろう。
深々と頭を下げた男爵に、頼もしさを感じながら。ルミナも隣で、しっかりと頭を下げたのだった。
一週間後。うららかな春の日差しの元、ルミナは背丈の二倍はある門の前に立っていた。門には『タショラカタ王立学園』の文字がくっきりと彫られている。
「今日からですわね」
隣に立つアデライドに言われ、ルミナは頷いた。冬の社交シーズンが終わり、本格的に学園の始まるタイミングに合わせて、ルミナたちも学園に編入することになったのだ。
「よろしくお願いします、アデル様」
「ええ、よろしくね、ルミナさん」
今朝は、初登校ということで、寮から遠回りして校門前まで回って来ていた。二年生に編入するルミナは入学式には参加できないが、新入生気分を味わいたかったのだ。
「貴方も無事に入学できて、良かったわ」
アデライドが、ルミナの少し後ろに向かって言う。そう、編入するのは、ルミナだけではないのだ。
「お嬢様のためですので、この程度、当然です」
優雅な笑みを浮かべたまま、軽く礼をするエリオット。一週間の間に、エリオットは王立学園騎士科への編入試験を突破していたのだ。
アデライドが、ルミナの耳元に口を寄せた。
「……この子、確実に攻略対象よね?」
「はい……」
ヒロインであるルミナと、ずっと一緒にいる存在であることも大きいが、なにより優秀過ぎる。
エリオットは、専属の教師に師事したことは無い。執事やヘルト男爵から学んだ内容と独学のみで、試験に合格したのである。実技も独学のはずだ。
なお、領主や文官志望の子息が入学する政務科の試験も合格しているらしい。
護衛としての能力を伸ばすために騎士科にしました、と笑顔で報告してきた時、ルミナは愕然とした。
「凄い忠誠心ね」
「頼もしい、ですよ」
「気をつけなさいね……」
忠誠心が高すぎて、一歩間違えたら監禁してきそう。アデライドの言葉を、ルミナは否定することはできなかった。
サークルメンバーにはヤンデレ好きもいたので、要素として盛り込まれている可能性はある。なので、少しでも早く、エリオットをデザインしたのは誰なのか特定したい。
「後で、情報整理手伝ってください……」
屋敷から持ってきたスケッチブックを取り出しながら言えば、アデライドは目を丸くした。
「いいけれど、持ち歩くと目立たないかしら?」
アデライドの視線は、汚れた表紙に釘付けになっていて。ルミナは、そっと指先で汚れた部分を撫でる。
「アデル様には見えるんですか?」
「え?」
「この汚れ、エリオットや、侍女たちには見えないみたいで……」
ルミナにだけ見えるのかと思っていたが、アデライドも見えているとなると、転生していることが条件なのかもしれない。
また今度、アドロックにも見せて確認しよう、とルミナが頷いたところで、門の向こうからリーンゴーンと予鈴の音が響く。
「……話はこのくらいにして、中に入りましょう。案内は、わたくしがします」
「はい!!」
少し先を歩き始めたアデライドの後を追い、ルミナは学園への一歩を踏みだした。




