8.「覚悟」
「はぁ。びっくりした……」
あの後。ルミナの叫び声に、驚いた王宮侍女たちも部屋から出てきたし、戻ってくる途中だったエリオットも走って来た。
非常事態かと心配されたが、第一王子と公爵令嬢と話せて感極まったと伝えれば簡単に納得してもらえた。
後は、エリオットから男爵との面会が受け入れられた報告を聞き、下がってもらって今に至るのだが。
「こんなの、あったかな……?」
ルミナは、バルコニーに出るための窓に近付いていく。そぅと窓から外を覗けば、バルコニーの中央付近の床に、手紙があった。
風で飛ばないようにか、ルミナに悪意を伝えるためか、中心をナイフで貫かれた状態で。
「エリオット、を、起こすのは悪いよね……」
窓は開けないまま、周囲を見渡す。手紙以外に変わった点はなく、人影もない。耳を澄ましても、音は聞こえない。
そもそも、気付かれずに手紙を置けるような相手だ。直接、ルミナを狙わなかったということは、手紙を読んで欲しい可能性が高い。
「よし……」
ふ、と短く息を吐き、ルミナは窓に手を掛ける。考えても仕方がないなら、動くべきだ。
建て付けの良い窓は音も立てずに開き、柔らかい月光を反射する白いバルコニーに一歩、踏み出す。銀に光る小さなナイフを引き抜き、手紙を手に取って室内に引き返す。
バクバクと早まる鼓動を感じながら、きちんと窓を閉め、右手にナイフを持ったまま、封がされていない封筒を開け、中身を取り出す。
「…………日本語!?」
かさり、と音を立てて取り出された手紙を開いた瞬間、飛び出たのは驚きの声だった。ルミナはハッとして口を押さえ、今度こそ内容に目を通す。
裏写りのない、真白い便箋に書かれていたのは、ナイフよりも物騒な文章だった。
【佐藤夢乃
家族と仲間の命が惜しくば、聖女となり魔王と戦え。国の為に死ね。そして罪を贖うがいい。】
冷えた指先が、僅かに震えた。脅迫文を送り付けられるのは、人生初めてだったからだ。勿論、夢乃の時にも、受け取ったことはない。
何より、『ルミナ』が王宮に来ていて、聖女候補であることを知った上で、『夢乃』の本名を書いて脅せるような相手だ。
何故、転生について知っているのか。そもそも、サークルメンバーも全員は把握していなかった本名を知っているのか。
背筋が冷える。怖い。一方的に情報を握られている事実が、ここまで恐怖を抱かせるなんて知らなかった。
ルミナは、ナイフを机に置き、ソファに腰掛け、空いた右手で自分の体を抱きしめる。
「あの二人じゃ、ない。字が違うし、こんなことする、必要ない」
ルミナは震える声で、自分に言い聞かせるように呟く。
アドロックと、アデライド。不気味生姜味と無間地獄は犯人ではない。無間地獄はルミナの本名を知らないし、そもそも二人とは字が違いすぎる。
それに、転生後の二人は、ルミナより身分が高い。遠回しなことをしなくても、ルミナを思い通りに動かすことくらいできるだろう。性格上、しないとはしても、だ。
意識的に息を吐いて、もう一度、手紙を見る。
「罪……」
罪を贖え、という言葉。ルミナが__夢乃が、何の罪を犯したというのか。夢乃に犯罪歴はない。ならば、罪は、個人的なものだろう。
だが、ここまでの悪意をぶつけられるような経験は、と考えたところで、胸元が鈍く傷んだ。
「もしかして……」
夢乃を、他のサークルメンバーを殺した、あの男。彼が、犯人なのだとしたら。
「辻褄は、合う……」
動機はある。なんせ、一度は殺したほどだ。名前に関しては、夢乃の身分証でも見たのだろう。
だが、一度で満足せず、二度も殺されるほど、恨まれるようなことをした覚えがない。でも、放置すれば必ず脅しを実行するだろう。
何か、犯人の手掛かりになる情報はないのか。ルミナは手を震わせながらも、手紙を何度も読み返す。
「……この、字。どこかで、見たような」
何度も、何度も見て。少し独特な跳ねのあるの字に、夢乃の記憶が甦る。
『今日は大盛り上がりでしたね!!』
『例年の1.2倍の動員らしいよ〜』
『途中、お釣り切れるかと思った』
『確かに』
天井の高い、広いホール。一般客が帰った後、人気の減った場所で、イベントの撤収作業をするサークルメンバーたち。
『全員、忘れ物ないですか?』
『大丈夫でーす』
不気味生姜味の声に返事をして、各々が椅子や机を片付け、本やポスターを入れた段ボールを手に持ち、ゴミが落ちてないか確認している。
『あ、えくすとらさん!!』
『ディアカキンさん。お疲れ様です』
一足早く準備が終わった夢乃は、段ボールに箱詰めしていた、えくすとら・ぷろーじょんに声を掛けたのだ。
『片付け手伝いましょうか?』
『ありがとう。貰った差し入れが、意外と多くて……』
えくすとらが片付けていたのは、在庫ではなく、イベント中に受け取った差し入れや感想の手紙だった。
『本当だ。スケブを頼んできた人も、かなりの人数が差し入れくれましたからね……』
『感想もたくさん貰ったし、打ち上げの時に少し読もうか』
『わ、楽しみです!! お菓子も分けましょうね』
イベント終了後の段ボールには、いつも封筒が限界まで膨らんだ、分厚い感想の手紙が入っていた。
「そうだ、いつも、サークル宛に感想を……」
感想を貰った人たちは、嬉しそうに保管していたし、手紙のうち何枚かは複数人に宛てたものだったから、夢乃も何度か見かけたことがある。
サークルメンバーの一人ではなく、複数人の作品を楽しんでいる人がいるから、ハッピーエンドアンソロジーを出そうと思ったきっかけでもあったのだ。
「なら、犯人はイベントに参加していた……?」
イベント終了後、そのまま打ち上げに向かった夢乃たちの後をついて来たのなら。場所が特定された理由もわかる。
「でも、なんで私……?」
夢乃が強く恨まれる理由がわからない。サークル全体宛て以外で手紙を貰ったこともないはずだ。
感想を多く貰っていたのは、一般ウケはしにくいが尖った作品を出すことが多かった、えくすとらや無間地獄だろうか。
もう一人、熱狂的ファンを抱える人物はいたものの、彼女は色々特殊すぎて、心当たりの感想を貰ったことは無いはずだ。
「聖女になれ、か……」
赤く染まった座敷席を思い出しながら、手紙を閉じる。じくじくと痛む胸に、たっぷりの酸素を吸い込み、短く吐き出し、目を強く瞑る。
「言われなくても……」
今度こそ、みんなで、幸せになる。実力をつけて、公の立場を手に入れれば、できることだって増えるはず。
ルミナは小さく、拳を握りしめた。




