7.その声は……!?
えぇ、と扉越しに肯定したアデライドは、少し声を顰めて言葉を続ける。
「もう一人いるのだけど……、中に入れて貰ってから話した方が良いわね」
ルミナは思わず首を横に振る。見えていないとわかっていても、無意識に体が動いてしまったのだ。
「あの、私、おもてなしなんて……」
正直、まともに話をできる気がしない。何とか角が立たないように断ろうと思うも、ルミナの慌てた頭では丁度いい言い訳も思いつかない。
「気にしないで、わたくしが押し掛けたのだもの」
「えっと……」
意外と押しの強いアデライドに、ルミナは困惑していた。もっとお淑やかな雰囲気だったのに、どうしたのだろうか。
「緊張なさらないで。わたくしたちの仲でしょう?」
「え? いえ、フォルベレー公爵令嬢とは、今日が初対面……」
「覚えていらっしゃらないの? 直前まで一緒にいたでしょう?」
「何の話ですか? お茶会なら、私は途中で……」
ライバル役として設定したとはいえ、傲慢なタイプじゃなくて、凛とした誇り高いタイプのイメージだったのに。
諦めが悪いどころか、存在しない記憶についても言及されて、ルミナが強く言い返そうとした、その時。
「ちょっと殿下!! どういうことですの?」
ルミナより先に、怒りを滲ませた声を上げるアデライド。しかし、怒りの矛先が向けられたのは、ルミナではなく。
「いやぁ、困りましたねぇ」
「えっ!? その声は……」
殿下、と呼ばれた人物の声に、ルミナは目を丸くした。扉越しでも、間違えるはずがない。
「『不気味生姜味』さん!?」
ルミナは思わず叫んだ。
殿下、と呼ばれて人物の声は、二日に一回は作業通話をして、何度もイベントで会い、そして同じ日に死んだサークルリーダー、『不気味生姜味』の声だったのである。
「どうも。打ち上げぶりですね、『ディアカキン』さん」
ルミナの目頭が、じわりと熱くなる。『ディアカキン』は夢乃が使っていたアカウント名だ。震えそうな声を抑えながら、何とか言葉を続けた。
「ほ、本物ですか?」
「本物ですよ」
ルミナは扉を開く前に、見られていないとわかっていても、少し俯いて涙を拭う。
扉に手を掛けながら、最後に、誤魔化すように、甘え混じりに、無茶振りをする。
「なら、某ネズミの声真似してください!!」
ゴホン、と扉越しに聞こえる咳払いの音。まさか。期待に高鳴る胸を押さえながら、決定的瞬間を見逃すまいと、ルミナは僅かに扉を開いた。
アデライドの隣には、真剣な顔の金髪碧眼の青年が立っており。青年は至って真面目な顔で。
「ハハッ(↑)」
物凄く完成度の高い声真似を披露した。躊躇いなくできるクオリティではない。熟練の技に、ルミナは勢いよく扉を開いた。
「本物だ〜!!」
正面から見た金髪碧眼の『殿下』は、お茶会で見た第二王子アスパルと似ておるものの、少々華やかさに欠ける顔立ちだった。
よく言えば、堅実、落ち着きのある表情。悪く言えば、地味、思ったより普通。とはいえ、全体的なパーツは整っており、身惚れそうなくらいなのだが。
「やりましたけど、一回もやって見せたことないですよね?」
「本物ならやってくれるかなって……」
肩をすくめながら話す内容が、昔と全く変わっていないからか。ルミナは緊張せずに、自然な笑顔を見せた。
自分以外も転生しているなんて。驚いたものの、同時に一人ではない安心も感じ、ルミナは手を握ったり開いたりしながら、アデライドを見た。
「えっと、フォルベレー公爵令嬢は……?」
ルミナはじっとアデライドの顔を見る。
夢乃が所属していたサークルは全部で十一人。うち、男性は二名なので特定が容易だが、残り八人の女性から当てるのは難しい。
その上、アデライドの声は聞き覚えのないものだ。
「うふ。口調が変わってて、分かりませんわよね」
習慣化されてて戻りませんの、とアデライドは昏い目のまま微笑んだ。ルミナも口調が自然と変わることがあるので、似たようなものなのだろう。
「ヒントとか……」
「そうですわね……」
何がわかりやすいかしら、と扇をパチンと閉じて顎元に当てるアデライド。本当に令嬢としての所作が身についているらしく、ルミナは揃った指先をじっと見つめてしまう。
「モットーは『食事と絶望は創作において必須』ですわ」
「無限地獄さんだ!!」
ルミナは表情を明るくした。言っている内容はヤバい人だが、今の状況を打破するという意味では、うってつけの人物だったからだ。
モットーからわかる通り、『無間地獄』は美味しく食事する姿と、命懸けで戦い、傷付き、絶望する姿を描くことに心血を注いでいるタイプの絵描きだ。
つまり、ハッピーエンドを描くのが苦手なタイプ。サークル内で最もメインライターと感性の近いタイプなのだ。
「無間地獄さん、バッドエンドの予想できますか?」
だから。ルミナは純粋な気持ちで尋ねた。アデライドは可憐に微笑み、答えを口にする。
「滅亡なんて生温い感じじゃなくて、もっとトラウマ抉る感じの、個々人にとっての最悪ルートだと思いますわ❤︎」
ルミナの頬が引き攣る。想像以上に悪い回答だった。
「そ、阻止しないと……!!」
ルミナは両拳を握り込む。何としても、ハッピーエンドを掴み取らなくてはならない。
魔王は必ず倒さねばならないだろう。そのために、聖女として覚醒しなくてはならないが、覚醒方法のヒントも何もないので、手探りになる。
難易度設定によっては詰んだかも、とルミナが肩を落としかけた瞬間。アデライドがそっと肩に手を置いてきた。
「流石に、わたくしも協力しますわ。創作は創作だから楽しいのであって、現実で苦しみたいわけではありませんもの」
「無限地獄さん……」
頼もしい。ルミナが肩に置かれた手に手を重ねると、アデライドは嬉しそうに手を絡めて繋いだ。
「アデライドと呼んでちょうだい。アデルでも良いですわ」
「あ、アデル様……!!」
「うふ。よろしくね、ルミナさん」
しばらく手を繋いだまま、二人でくるくると回っていると、穏やかな微笑みのまま二人を見守っていた『殿下』に視線が止まる。
回るのを辞めたルミナは、そういえば、と聞き忘れていたことを尋ねる。
「殿下のお名前は?」
「ああ、アドロックです」
「へぇ……、ん? アドロックって……?」
ルミナが首を傾げる。
「生姜、という意味ですわね」
「そうなんですか!? じゃなくて!!」
聞き覚えがある気がする。それこそ、第二王子アスパルよりも、頻繁に聞いたことがあるような。
そんな、第二王子よりも耳にしやすい、王子の名前となると。
「だ、第一王子殿下!?」
目を丸くして、アドロックを見る。嘘でしょ、と口の形だけ変えて言えば、彼は眉を下げて頬をかく。
「そうみたいですねぇ」
「えぇえええええ!?」
今日一番の驚きに、ルミナは開いた口が塞がらなかった。




