6.マルチエンディング
アデライドの顔を見てから、ルミナは頭がいっぱいになってしまって。他にも四人の護衛候補を紹介して貰ったのだが、記憶に残らないまま茶会を辞した。
「どうしよう……」
窓際で頭を抱えるルミナの目に映る空は、既に青から橙に変わり始めていて。何も考えは纏っていないというのに、時間だけは経過したことを無常にも示してくる。
大きく溜息を吐き、体を伸ばすと、視界の端で控えていたエリオットが隣に移動してきた。
「顔色が優れませんが、お疲れですか?」
「ごめんなさい、大丈夫よ……」
「何かあれば、すぐにお申し付けください」
部屋の端には、お茶用のワゴンが準備されている。部屋に戻った時点でエリオットが手配されたのだろう。本当に、良く気が付く優秀な従者である。
「ありがとう。……お父様に付いていなくていいの?」
「旦那様には、王宮使用人が付いていますので」
「そう……」
ちなみに、男性従者がルミナの側にいることは問題ないのか、という点は、エリオットに限って問題ない。
部屋に王宮侍女もいるということも大きいが、エリオットの左中指に光る指輪が、大きな役割を果たしているからだ。
「ふふ、きちんと綺麗に磨いておりますよ」
エリオットは、曇り一つない指輪を、嬉しそうにルミナに見せる。ルミナと共にいる時、エリオットは可能な限り手袋を外して過ごしている。
エリオットは、ルミナを主人とした隷属契約を行なっており、指輪は契約の証なのだ。
「私としては、いつ外してもいいのだけど……」
契約により、エリオットは主人であるルミナにあらゆる危害を及ぼすことはできない。また、強制的に命令も与えられるような、強力な契約だ。
だからこそ、ルミナの部屋にいても問題視されないのだが、一般的には絶対服従を強要する、屈辱的な契約なのだ。
「……私にとってはかけがえのないものなのです。今回も、お陰で、お傍を離れずに済んでいるのですから」
本来、ルミナは隷属契約まで行う気はなく、身柄を買い取り市民登録もする予定だったのだが、エリオットの強い希望で契約を行ったのである。
結果、戸籍上は平民となったエリオットだが、実質はルミナの奴隷に近い、複雑な状況になっているのである。
しかし、本人が望んでいる上、ルミナの傍に置き続けるには他に方法もないため、現状に甘んじているのだった。
ついでに言えば、隷属契約関係の手続きは成人しないとできないので、ルミナが十八歳になるまでは現状維持が確定しているのだ。
「ですので、本当に、何かあればお伝えくださいね」
細かく言葉を区切って、力強く言うエリオットにルミナは小さく笑う。
じっと見つめてくるアメジストの瞳には、『ルミナの役に立ちたい』と書いてあるようだったから。
「なら、お父様に相談があるから、明日の朝一番にお話ししたいと伝えて貰える?」
ルミナが簡単な頼み事をすると、エリオットは心得ましたと言わんばかりに素早く、美しい礼をする。
「はい。すぐに行って参ります」
「ありがとう」
にこりと微笑んでから踵を返すエリオットを見送り、気分を変えようと窓際の椅子から、部屋中央のソファに移動する。
背もたれに体を預け、ルミナは改めて息を吐く。
「私が主人公で、アデライドちゃんがライバル令嬢なら、あのゲームで確定だよね……」
と、なると。魔王の復活や、ルミナが聖女候補に選ばれることは、シナリオにある可能性が高い。
考えると、それまで大きな病気をしなかったルミナが、去年の魔力適性検査を受けられなかったのも、シナリオによるものだったのかもしれない。
「『学園ものなら主人公は二年生で、先輩と後輩もいた方が良いけど、人間関係を作っていくなら転校生かな』って言った記憶、あるな〜〜!!」
乙女ゲームは知ってる作品が少なくて、と言っていたシナリオライターが、夢乃の発言を採用している可能性は高い。
「後は、魔王、かぁ……。えくすとらさんだからなぁ……」
シナリオに関係しないはずがない。『彼女』の性格を考えると、最悪は世界滅亡。普通で王都半壊か主要人物の全滅。良くてで少数の犠牲、真実で魔王の謎を解明、だろうか。
大団円のハッピーエンドは、存在するかも怪しい。最後に考えるから、と言って決まる前に転生してる可能性が高い。
「どうしろと……!?」
先行き不透明な中、さらに不安な要素が一つ。
「エリオットの境遇を、あんな悲惨にしたの誰!?」
ヘルト男爵家が引き取ったから良いものの、普通に重すぎる過去である。ルミナが知らないだけで、他にも色々事情を抱えてそうで怖い。
正統派王子系の外見と、暗い経歴から候補を絞ろうとするが、絶妙にやりそうな人が多くて特定できない。
「駄目だ……、わかったら対策できるのに……」
ルミナが頭を抱えていると、コンコンコン、と扉をノックする音が聞こえ、顔を上げる。
「エリオット? 随分早いのね」
ルミナは素早く立ち上がり、扉の方へと歩き始めた。伝言を終えたにしては早すぎる。王宮内を走ったのか、何かあって引き返してきたのか。
「何か問題でも__」
聞きかけて、何故、入室してこないのか、疑問を抱いて手を止めた。その時。扉の向こうから、凛とした声が響いた。
「ヘルト男爵令嬢、このような時間にごめんなさいね。少し、お話ししてくださらない?」
扉越しでも通る声でそう言ったのは、もう一人の聖女候補にして、ライバル役でもある人物。
「フォルベレー公爵令嬢!?」
アデライドだった。




