10.上から男子生徒が!!
アデライドの後ろを追って、門から真っ直ぐ歩いていけば、目の前に大きな建物が複数見えてきた。
「まずは、淑女科の教室からですわね」
「式典ホールじゃないんですね」
ルミナは首を傾げた。乙女ゲームの重大イベントは、大抵が式典時に起こることが多い。入学式以外も、何か起こりそうなものだが。
アデライドは、ルミナの意見をバッサリ切り捨てた。
「式典の時はエスコートがありますもの」
「な、なるほど……」
「貴女は送迎もあるでしょうし、教室に戻れば大丈夫と判断しましたの」
ちらり、とアデライドが視線を向けた先で、エリオットが微笑んで頭を下げた。
淑女科が教室を移動することは少ない。その上、授業の際はアデライドが、寮との行き来はエリオットが同行するなら、確かに単独行動することはないだろう。
「学園は三つの校舎と、中央の式典ホールに別れています。わたくしたち淑女科の教室は、中央の大きな校舎ですわね」
形としては、真ん中が長いH型だろうか。中央の大きな校舎に垂直に、二つの小さめの校舎が建っていた。
中央の校舎に淑女科と政務科、そして食堂などの共有スペースがあるらしい。
「政務科と校舎が同じなんですね?」
「建物は同じですけれど、階が違うと顔を合わせることはありませんわよ」
淑女科と同様、政務科も教室移動が少ないため、行動範囲が被ることは殆どないそうだ。
「騎士科と魔導科は、それぞれ独立した校舎を所有していますけれど、実技以外は中央校舎まで受けにくることが多いですわ」
ルミナは、移動の度に顔を出してくれそうだな、と思ってエリオットを見る。
エリオットもルミナを見ていたらしい。バッチリ視線があって、嬉しそうに目を細められた。
「あ、訓練場が見えますね」
きゅん、と鳴りかけた心臓を抑えつつ、大袈裟に顔を方向転換すれば、テニスコート三面分はありそうな訓練場が見えた。
「申請すれば、騎士科以外も使えますわよ」
「なら、私たちも使うことになるんですかね?」
聖女候補の訓練を室内でするわけにはいかない。なら、正規の訓練場を借りてするのかと思いきや、アデライドは首を横に振る。
「食堂のテラスから見えてしまいますから、別の場所を用意するはずですわ」
不安を煽らないよう、訓練は目立たないように行うらしい。なるほど、と頷き、アデライドに続いてこの中央校舎に入る。
「淑女科は二階ですわ。昼食の前後は、食堂利用生徒が多いですし、別の階段を使った方が__」
入り口の正面にある階段を背にしたアデライドに、影が掛かる。ルミナは、反射的に影の根元を視線を追って、その原因を見つける。
「あ、アデル様!! 上から男子生徒が!!」
「えっ?」
叫ぶと同時に、アデライドに向けて走り出そうとした。
「お嬢様、巻き込まれます!!」
が、腕を強く引かれ、ルミナの体が後ろに倒れる。エリオットの手が、ルミナを庇うように回される。
階段からバタバタと何度か音がして、最後に一際派手に、ドシャ、と重い音がする。
視線を上げれば、うつ伏せに倒れたアデライドの真横に、男子生徒の右手がつかれていた。背中から落ちる中で、なんとか避けた、ということだろうか。
荒い呼吸がルミナの耳まで聞こえるような、長い沈黙の後。男子生徒は、片手で体を起こしながら、アデライドを振り返り、謝罪した。
「申し訳ない……」
「は……」
か細い、震えた声を出したアデライドに、ルミナは思わず一歩を踏み出す。
「……アデル様!!」
「お嬢様、落ち着いてください。体勢を整えながら落ちていらっしゃったので、当たってはいません」
「そ、そうなの……?」
今すぐ駆け寄りたかったが、エリオットの言葉を信じよう。ルミナは一度、大きく深呼吸した。ひとまず、落ち着いて状況を確認しようと顔を上げる。
男子生徒の顔を見て、ルミナは目を丸くした。
「……フォルベレー公爵令嬢?」
「み゜ょ」
ルミナは、あちゃぁ、と喉から出かけた音を飲み込む。奇声を上げたのは、アデライドだ。
完璧な淑女と呼ばれる公爵令嬢の反応に、男子生徒は心配が勝ったのだろう。一言断ってから、アデライドの顔を至近距離で覗き込む。
「怪我は……、無さそうだが」
「ぴょ」
黒い癖毛が、アデライドの顔先を掠める。赤みのある灰色の瞳に、目を丸くしたアデライドが映っていた。
みるみる顔を赤く染めていくアデライドに、ルミナは静かに手を合わせた。
男子生徒の名前を、ルミナは知らない。顔も初めて見た。しかし、一つだけ、分かることがある。
彼こそが、アデライド__無間地獄が作り出したキャラクターだ。
「すまない、早く退くべきだな」
「ぁ、い、いぇ」
つまり、顔も声も性格も、自分の理想を詰め込んだ男が至近距離にいる状況だ。淑女らしくするどころか、正気を保てるはずもない。
助けに入るべきか。ルミナが動くより早く、階段上から別の声が落ちてきた。
「ティワズ? 義足が落ちていたが……」
「カーティスか。手を貸してくれ」
「わ」
「お嬢様?」
「あ、大丈夫。びっくりしてた、だけ」
ルミナは慌てて首を振る。階段の上から現れたのは、癖のない紺色の髪を一つに纏めた、金の瞳の男性。
儚げな顔と、前世でも散々聞いた独特な声だけで、攻略対象だと確信できた。
カーティスと呼ばれた生徒の手を借り、無間地獄の作った攻略対象__ティワズは立ち上がる。そして、未だ床に這ったままのアデライドに、手を差し伸べた。
「フォルベレー公爵令嬢。立てるだろうか?」
「は……、はひ」
どうにか返事をしたアデライドは、ティワズの手に自身の手を重ね、一度大袈裟に手を上に跳ねさせ、深呼吸してから、もう一度ゆっくり手を重ねて立たせてもらっていた。
「立てるようだな。良かった。体に痛みは?」
「ない、です……」
頑なに視線を合わせようとしないアデライドに、ルミナは拳を握りしめた。気持ちは理解できるけど、もう少し頑張ってほしい。
話が途切れて困っているティワズをフォローしたいと思ったが、どう見ても高位貴族のティワズと、公爵令嬢であるアデライドの会話に割って入ることはできない。
もどかしさにスカートの裾を握った、その時。救いの一言が、カーティスから放たれた。
「だが、詫びは必要だろう」
「そうだな。実家から正式に謝罪を……」
ルミナは瞳を輝かせてアデライドを見た。これで接点ができる。良かったですね、と口を開いたが、声になるより前に腕を強く引かれ、空気が口から漏れた。
「よ、予鈴が、鳴りましたわ!! 謝罪は受け取りましたから、どうぞお気になさらず。どうしてもと言うなら、こちらの方を、騎士科の二年生教室まで案内してくださいまし。ルミナさん、行きますわよ」
予鈴が鳴り始めると同時に言い始めたアデライドは、ルミナの手を引き、エリオットをティワズとカーティスに任せて教室に向かおうとする。
「あ、あぁ。承知した」
勢いに押されたティワズが、覇気のない返事をしたことを確認するなり、アデライドは視線を完全にティワズから逸らした。
ルミナは慌てて、直立不動のエリオットに声を掛けた。
「エリオット、また後で!!」
「後ほど、お迎えに参ります」
「ティワズ、私たちも急ごう」
「ああ」
歩き出した男子三人を見送りながら、ルミナは腕を引かれるままに歩き出した。




