4.聖女……ってこと?
ヘルト男爵家が一丸となって身支度と詰め込みマナー確認を行うこと、数時間。まだ日が傾き始めたばかりの時間帯に、ルミナと男爵は王宮に到着した。
「お父様……」
エリオットの手を借り馬車から降りたルミナは、見慣れない煌びやかな光景に視線を彷徨わせ固まった。何処もかしこも高級そうで、下手に動きたくなかったのだ。
ルミナの様子を見た男爵が、ごほん、と咳払いをしてルミナの肩を叩き歩くことを促す。
「エリオットは、ここで待っていてくれ。ここからはルミナと二人で……」
「旦那様、逆方向です」
が、男爵が向かおうとしたのは、謁見の間とは逆方向だった。
「そ、そうか? すまんな」
言葉を詰まらせながらも、男爵はエリオットが指し示した道を確認し、小さく頷く。気を取り直してもう一度、ルミナの肩に手を添え歩き出そうとする。
「ほ、ほら、ルミナ、行こう」
男爵の後ろを、ルミナもゆっくり歩き出す。緊張はしたままだが、いつも通りな男爵の姿に少しだけ平静を取り戻したのだ。
歩き出した二人に、エリオットは美しく一礼をした。
「お嬢様、旦那様、お気を付けて」
「エリオットは、いつもルミナを先に呼ぶな……」
「…………」
「否定して?」
エリオットは美しく微笑むだけで、気のせいですよ、とは言わなかった。言う気もなさそうだった。
「行ってらっしゃいませ」
誤魔化すように促された男爵は、悲しげな顔をしてエリオットを何度も振り返る。嘘だよね、嘘でも雇用主を尊重してほしいんだけど、という内心が何故かルミナにも聞こえる気がした。
が、完璧な笑顔を浮かべているエリオットが意見を曲げることはない。あれは誤魔化しのための笑顔なのだ。これ以上は不毛なので、ルミナは男爵の手を取り、一歩前へ踏み出した。
「行きましょう、お父様」
「あ、あぁ……」
男爵よりルミナを優先するだけで、二人が見えなくなるまで頭を下げているエリオットの忠誠心は確かなのだが、ルミナは敢えて、口には出さなかった。
シャンデリアで照らされた、荘厳な謁見の間。真白い大理石の壇上に座する国王を前にして、ルミナと男爵は必死で姿勢を保ち頭を下げていた。
「__面を上げよ」
貫禄のある声を聞いてから、ゆっくり三秒数えて顔を上げる。ぐらつく足元と、引き攣りそうな微笑みは崩さず、ルミナは国王を見た。
「ヘルト男爵と、長女ルミナよ。よくぞ参った」
「い、いえ、王国貴族として、当然の務めであります」
多少のまごつきはあれど、形式通りの挨拶を述べる男爵に、国王は頷く。すると、隣に控えていたのだろう、細身の男性が国王に耳打ちをする。
緊張しきっていたルミナは、ようやく彼が宰相であることと、謁見の間に他にも人がいることに気が付いた。
が、ルミナが驚きを顔に表すより早く、国王が早速だが、と話を切り出す。
「本日呼び出したのは他でもない。__魔王が復活する兆しが見られた」
「……魔王、ですか」
呆気に取られて、鸚鵡返しをしている。ルミナは男爵の顔を見なくても、声でわかった。このまま話が進むとマズい、と判断したルミナは、意を決して片手を少しだけ挙げた。
「陛下、発言よろしいでしょうか?」
「許可する」
「国家存亡の危機では?」
「如何にも」
男爵が息を呑む。ようやく話が頭に入り始めたらしい。ルミナも、夢乃の記憶がなければ、魔王という建国記レベルの昔話の存在を簡単には受け入れられなかった。
ありがちだが、この国__イングヴェア王国における魔王とは、莫大な魔力を持ち人間と敵対して、初代国王と王妃に倒された存在である。
建国記は、神の加護を受けた初代国王夫妻が魔王に虐げられていた人々を救い国を建てた、という内容だ。
「だからこそ、其方を呼び出したのだ」
そんな魔王が復活するなら、再び倒す必要があるだろう。しかし、ルミナと何の関わりがあるのか。
ルミナは疑問に思うが、一方で夢乃の意識が警鐘を鳴らす。完全に、フラグが立っている。確実に、巻き込まれる、と。
「ルミナが、何か……?」
「令嬢は魔力適性検査を受けたそうだな」
「……まさか」
驚く男爵に対して、国王が丁寧な説明を始める。ルミナの耳にも届く言葉は、重ねられるたび、夢乃の確信を深めていく。
「立ち会い神官は雷属性と判断したらしいが、調査の結果、誤りであることが分かった」
「お待ち下さい、娘にそのような力は__」
察した男爵が反論するも、呼び出された時点で証拠は揃っているのだろう。
「いいや、確かだ。大司教が調べ直した」
あっさりと反論を切り捨てた国王は、謁見の間全体によく聞こえる声で、告げる。
「令嬢は、光属性への適性がある。__つまり、聖女候補だ」
「聖女、候補……」
「その通り。魔王に対抗する唯一の手段。光属性魔法による浄化を行える者こそが聖女だ」
因みに、男性の場合は聖者と呼ぶ決まりはあるが、一度も適性持ちがいたことはないらしい。
初代国王聖者説もあるが、一般的には王妃が聖女で、国王が彼女を守ったとされている。
それよりも、ルミナにとって重要なのは、自分が選ばれたこと。魔王と戦わなければならないことだ。
ルミナは静かに首を横に振る。無理だ。今迄__前世含めて、戦闘経験なんてないのだ。魔王という人間を遥かに超えた存在と戦えるわけがない。
恐る恐る、国王の顔を見上げる。威厳ある顔つきは変化することなく、ルミナに揺るぎない印象を与えた。
「幸いにも、聖女候補はもう一人いる。フォルベレー公爵家のアデライド嬢だ」
「フォルベレー公爵令嬢ですか?」
筆頭公爵である父と王妹の母を持ち、王家に姫がいないこともあり、最も身分の高い令嬢。
学問にも魔術にも優れ、淑女の鑑とも呼ばれる名実ともに令嬢のトップ。歳は、ルミナと同じだったか。
そんな令嬢が聖女候補になっているらしい。あれ、とルミナは首を傾げる。何かが引っ掛かったのだ。
「そのような方がいらっしゃるなら、うちの娘は不要では……」
「魔王討伐には万全を期す必要がある。適性を持っていても、聖女として覚醒するかはわからない。そのための聖女『候補』だ」
アデライドは、既に光属性魔法を習得しているものの、浄化の力は完全ではないらしい。
「無理強いはできない。令嬢の魔力量は微弱で、光魔法を殆ど扱えないだろう」
光属性の適性がないと聖女にはなれないが、光属性適性があっても聖女になれるとは限らない。
違和感の正体がはっきりとする。だから、ルミナが呼ばれたのだ。
アデライドだけでいいなら、去年の時点で魔王の復活と討伐に関する発表がされていたはずだ。魔王が完全復活する前に対処するに越したことはないのだから。
「だが、国としては、その才を伸ばし、人々を守る一助となってほしい」
魔王の復活が目前になっても、浄化の力が使えない__完全な聖女として覚醒していないから、ルミナも土俵に上げられたのだろう。
「私、は……」
ルミナの声が震える。国王の目を見ることができない。
本当に、聖女なのだろうか。転生したせいで、魔法適正に異常が出ているだけかもしれない。何の作品に転生したのかも、わからないのに。
言葉を続けられないルミナを、国王は責めることはなく、柔らかく提案をする。
「ちょうど、フォルベレー公爵令嬢と護衛候補も数名、王宮に来ている。話は通しておくから、顔を合わせて考えるといい」
候補と話をすることで、安心して引き受けろと言いたいのだろう。理解しているものの、今のルミナにその気遣いは有り難かった。
本当にゲームの世界なら、もう一人の聖女候補と、護衛候補たちは重要人物のはず。会えば何か分かるかもしれない。
小さく頷いたルミナを見て、国王は男爵に向き直る。
「帰りの時間が遅くなるだろう。二人分の客室を用意しておく」
それぞれ案内させよう、と現れた使用人に、ルミナは迷わず付いて行った。




