3.今ですか!?
「王宮から召喚状が……!!」
「え……?」
イケメン従者が焦っていることはわかるが、内容が全然頭に入ってこない。
イケメンは焦ってもイケメンだな、と冷静なルミナと、侍女や商人とはレベルの違うイケメンの登場に困惑する夢乃の気持ちが戦っているのだ。
「至急、旦那様の執務室まで……」
「え……」
別に、イケメンが悪いわけではない。だが、乙女ゲームに転生したかもしれない状況で、ヒロイン(推定)の従者にどえらいイケメンがいるということは。
__攻略対象である可能性が、とても高い。
「お嬢様?」
「エリ、オット……?」
ルミナの記憶もあるため、名前は勿論知っている。性格も、今まで過ごしてきた記憶も、きちんと思い浮かべることができるのだが。
全く、見覚えがない。夢乃の記憶には、ない。乙女ゲームが好きで、主要タイトルは凡そ網羅していたはずなのに。
「はい、貴女のエリオットですが……?」
こんなに優秀で顔も良い従者のいるゲームは記憶にない。買っていたなら絶対に攻略しているし、攻略不可なら「何故だ!!」と叫んでいるはずだ。
それほどまでに、エリオットは。
「イケメンだ……」
「ありがとうございます」
思わず溢れ出た言葉に、エリオットは優雅に一礼をしてはにかんだ。
どうして伝わっているのか。思わず、エリオットの顔をじっと見ると、彼は視線を斜め下にそらして頬に手を当て、答える。
「お嬢様が、頻繁に仰っていましたから」
顔立ちが整っているという意味の褒め言葉ですよね、とエリオットは僅かに頬を染めて眉を下げた。
だが、すぐに顔を引き締め直し、ルミナに向き直る。
「それで、お嬢様」
吊り目気味のアメジストがルミナを見つめる。ルミナは背筋を伸ばして、小さく息を吸う。
「召喚状の件よね。どうしたのかしら……」
ルミナは頭に手を当て、首を傾げた。ヘルト男爵家は、王都に隣接する王領の、そのまた端の町を任されている程度の弱小貴族だ。
王宮務めもしていないため、父である男爵すら王宮に行くことは珍しい。なのに呼び出しをされるなんて、間違いなく非常事態だ。
「ひとまず、旦那様の執務室に」
扉をしっかりと開き、ルミナを促すエリオットに頷きを返す。早歩きで通り抜ける廊下に落ちる影は、先程よりも短く、濃くなっていた。
ヘルト男爵は執務室の奥、革製の専用チェアに深く腰掛け、両肘を机に付いて顔の前で手を組んでいた。
濃い茶色の眉は常より距離が近付いており、今にもくっつきそうだ。
男爵はルミナが部屋に入ると、入室の礼をとるルミナが顔を上げるより早く、ごほんと大袈裟な咳払いをする。
「__陛下から、王宮に参上せよとのことだ」
聞いたことがないくらい、低く苦々しい声だった。当主に相応しい貫禄のある声だったが__机が小刻みに揺れていた。
ルミナはカタカタ断続的に聞こえる音を一旦無視して、こほんと小さな咳払いをして聞き返す。
「お父様が、ですか?」
お留守番は任せてください、と言おうとしたところで、男爵の上体がへなへなと机に崩れ落ちた。
「部屋に呼ばれた時点で察してくれ……」
絞り出すような声に、ルミナは眉を下げた。察していない訳ではないのだ。ただ、あまりに突飛な事態を受け入れられていないだけで。
「男爵であるお父様が召喚されるだけでも、我が家の一大事です」
「私もそう思う……」
「私は後継でもない男爵令嬢ですよ?」
「本当にそう思う……」
ルミナの言葉に頷くばかりの男爵は、もはや机と同化しそうな勢いである。ルミナは執務机に近寄り、男爵の肩をぺちぺちと叩く。
「お父様、しっかりしてください」
返事がない。生ける屍のようだ。ルミナの頭にそんな言葉が思い浮かんだところで、のろのろと顔を上げた男爵が一枚の封筒を差し出す。
「これを……」
しっかりとした真白い紙に、金箔の混じった赤い封蝋。王家からの召喚状である。見て良いのか視線で尋ねると、無言で頷かれた。
そっと中身を確認する。
「……私が、名指しされてますね?」
「そうなんだ……、何かしたか?」
男爵の疑いが混じった眼差しに、ルミナは首を横に振る。
「何も……、王立学園にも行ってませんし、社交も全くしてないですし……」
「だよなぁ……」
良くも悪くも、王家の、または王宮関係者の目に留まるような事は一切無いはずなのだ。
「最近、変わった事は……?」
「魔力適性検査を受けたくらいです」
魔力適性検査は、魔力適性を調べる検査だ。十五歳になった全国民に受ける義務があるのだが、ルミナは去年、流行病に掛かっていたので一年遅れで検査を行った。
「ああ、そういえば神官様が来ていたな」
結果はどうだった、と促す男爵に、ええと、とルミナは記憶を引っ張り出す。
「エリオットは水で、私は微弱だけど雷だろう、と」
「魔力量は?」
「平均です」
「良かった……」
「逆では?」
魔力が多ければ、平民でも王立学園魔導科に入学できる。魔導科に入れた時点で、王宮魔導師になれるようなものなので、魔力基準を満たしていたら喜ぶ親が大多数だ。
そうでなくとも、王立学園卒業は貴族にとってのステータスだ。無償入学できる機会を逃すのは惜しいはずだ。
しかし、男爵は、いやぁ、と苦い顔をする。
「リュシエンヌに似ているお前を、学園に放り込むのは不安だからな……」
「お母様は何をしたんですか……」
ルミナも貴族令嬢の中ではお転婆だが、リュシエンヌ__ルミナの母である男爵夫人は相当なのだろう。
「お前は比較的大人しいし、礼儀作法も身に付いている」
うんうん、と頷く男爵。ルミナは口の端を引き攣らせた。
「まさか……」
「ルミナ、王宮へ行こう」
震えていた姿はどこへやら、男爵は体を起こし、ルミナを真っ直ぐ見て言った。
「でも……」
ルミナは最低限しか礼儀作法を学んでいない。王宮へ行っても失敗するとしか思えず、一歩後ずさろうとしたのだが。
「お父様、一人だと心が折れちゃう……」
へにゃりと眉を下げて言った男爵に、ルミナも同じ表情になった。
「…………わかりました。行きます。一緒に行きましょう、お父様」
パッとと顔を上げた男爵にルミナは苦笑する。ルミナの感情表現が豊かなのは、きっと男爵の影響も大いにあるのだろう。
「それで、いつ行くんですか?」
頼りないようにも見えるが、やっぱり、父親と一緒であれば心強い。付け焼き刃でも今から勉強しよう、と思って聞いた、のだが。
「見てなかったのか? 今からだ」
「え!?」
早速行くぞ、と手を握られたルミナは、素っ頓狂な声を上げた。




