2.第一攻略キャラ発見!?
応接室で待っていたのは、月に一度、ヘルト男爵家を訪れる馴染みの商人だった。確か、男爵夫人__母の実家が出資している商会だったはず。
「ルミナ様、お久しぶりでございます」
「いつも言っているけど、もっと楽にしていいのよ」
「そういう訳にはいきません。が、お気遣いありがとうございます」
問題なく『ルミナ』の記憶を思い出せることに安堵しつつ、商人の向かいにルミナは腰掛ける。
自然と貴族らしい所作ができるのはいいが、口調も令嬢らしくなることに口の端を歪めつつ、改めて商人に視線を向ける。
「今日はどんな品があるの?」
商人が一言断り、机に品を並べていく。コトリ、と音を立てて置かれた青い石。その美しさに、ルミナは思わず瞳を丸くした。
「以前、ご興味を持たれていた顔料が手に入りまして」
「綺麗……」
深い青。所々に混じる、灰と金。『海を越えて来た青』とも呼ばれる顔料、ウルトラマリンだ。
商人の言葉から、以前からルミナは絵画に興味があったことを確認しつつ、純粋な美しさに目を奪われる。
しかし、ルミナの貴族としての知識と、夢乃のイラスト好きとして知識が脳内で警鐘を鳴らす。
「如何されますか?」
灰色が混じっていないウルトラマリンは、とてつもなく高級品なのだ。買えない額ではないが、先行き不透明な現在、気軽に出せる額ではない。
「……今日は、やめておくわ」
じっと顔料を見つめたまま、絞り出すように言ったルミナに、商人は微笑んで顔料を布で包み込んだ。
それから、別の商品の提案を受けたが、顔料以上にルミナの心を揺さぶるものはなく。男爵令嬢として必要な消耗品の購入を頼み、商談は終わりとなった。
「また、いつでもご用命ください」
終始丁寧な対応だった商人は、何も買わなかったルミナに対して、愛想良く微笑み帰って行った。
「はぁ……」
ルミナは一度自室へ戻り、深々とため息を吐く。色々と、考えることが多すぎて疲れた。
商人の様子から、母の実家との関係は良好そうだと思ったが、男爵家の経済状況までは把握できなかった。
高級な顔料を勧めてきたということは、ルミナが自由に動かせるお金がある程度あるということだろう。が、家全体の状況がわかるほど、ルミナも、夢乃も、お金に詳しくない。
肩を軽く回していると、付き添いの侍女が心配そうにルミナの顔を伺った。
「お嬢様、良かったのですか?」
顔料のことだろう。ルミナは、いいの、と首を縦に振る。
「流石に、高級すぎるもの」
侍女が一瞬、目を見開く。ルミナはこてん、と首を傾げた。何か変なことを言っただろうか。聞き返そうとする前に、侍女がおずおずと切り出した。
「スケッチブックを購入されると……」
「そ、うだった、かしら」
侍女の視線が向いているのは、鏡台の上に置きっぱなしだった血塗れのスケッチブックだ。
見られた、という動揺を悟られないよう、ルミナは表紙をゆっくりとなぞる。
「随分、汚れてしまったものね……」
血で汚れた場所を縁取るように、指先で辿る。赤い絵の具だと言えば、納得するだろうか。買ってから、どのくらい経っているのか。
焦ると『ルミナ』の記憶を辿るのが難しい。
祈るように侍女を見遣ると、彼女は体の前で手を組み、首をわずかに振った。
「そのようなことは。ただ、随分長く使われていますので」
「え?」
残りのページが少ないのでは、と話す彼女の視線は、スケッチブックに向いていない。
「もう一度、商談の機会を設けますか?」
「……いいえ、大丈夫よ」
スケッチブックに置いた指先に力が籠る。聞き直したいが、不審に思われるわけにはいかない。
「ありがとう、下がって頂戴」
「かしこまりました」
侍女が下がっていくのを見届け、ルミナは空いている手で心臓を抑える。バクバクと鳴る心音が、侍女にまで聞こえていないか、心配になるほどだ。
そうっと、スケッチブックを両手で掲げて、角度を変えてみる。黄色と黒の表紙にべったりと付いた赤黒い汚れは、どの角度から見ても目立っているように思えた。
だと、いうのに。
「……汚れが、見えていないということ?」
侍女の、あの反応は。汚れだけを、認識できていないように感じた。ルミナにしか見えていないのか。
「ダメだ〜〜、わかんない」
頭を掻き乱したくなるが、朝から侍女たちがセットしてくれた髪型を崩すわけにもいかず、軽く添えた状態で手を止める。
ルミナの心情とは反対に、チュピチュピと呑気な小鳥の声が、影が短くなり始めた庭から聞こえてくる。
顎に手を当て、指先でペンを回すような動作をして、空回りする。はぁ、とルミナは短く息を吐き、そのまま大きく伸びをした。
「ゆっくり考えたらいいか……」
転生に気付いたばかりなのだ。まだ今日だって半分も終わってないし、少しずつ調べればなんとかなるだろう。
そう思った矢先、廊下から慌ただしい足音が聞こえ、背筋がすっと冷えた気がした。
足音は徐々に近付いてきて、メキ、と戸が軋む勢いで開いた。
「お嬢様、大変です!!」
焦りを滲ませ入って来たのは、美しいプラチナブロンドをハーフアップで纏めた従者服を着こなした青年。
ついでに言えば、十人中十人が振り返りそうな、美青年だった。




