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1.ミリは知ってる異世界転生

 鼻歌交じりに廊下を歩き、すのこの前で足を止める。次は、何を注文しようか。飲み放題の時間を確認しようとスマホを開けば、金髪の少女が画面越しに微笑んでくれている。


「我ながら可愛く描けたなぁ」


 無事に新刊も出し、イベントが終わったことを祝う打ち上げで、考えるのは次の作品。締め切り前に呟いた乙女ゲームを作る話を本格的にする前に、夢乃は一度離席したのだ。


「やっぱり、ライバルちゃんは欠かせないよね」


 スマホ画面をスワイプすれば、金と銀の少女が向き合い、並んでいる姿。世間の流行は悪役令嬢だが、夢乃は古き良きツンデレライバルが好きだった。


「他の人には、攻略キャラをお願いしてるから……」


 靴を脱ぎ、個室の襖を開く。ぱっと顔を上げ、入り口付近に座っているリーダーに声を掛けるも、返事はない。


「え……?」


 視界に広がる赤色と、鼻につく鉄臭い匂い。夢乃は開いた襖を閉じようとして、手が固まって動けないことに気付く。ほんの少しの間に、楽しい打ち上げは一変、血の海に変わっていた。


「何が……」


 机に倒れ伏しているサークルメンバーは、眠っているような人もいれば、赤い血がべっとりとついている人もいる。床に点々と付いた赤を辿ると、見知らぬ男が、部屋の奥に立っていた。


「だ、れ……?」

「お前が……!!」


 男は、夢乃を見るなり目を血走らせ、口を半分開いたまま、包丁を構え夢乃に向かって走り出す。夢乃は咄嗟に助けを呼ぼうと口を開くも、恐怖で掠れる喉はまともな音を発さず、体の前で交差した腕も大した抵抗にはならない。


「あ……」


 鈍い音。胸元に燃えるような熱さと痛み。キィンという耳鳴りが聞こえた直後、零れるように落ちた吐息は、居酒屋の喧騒に掻き消され。夢乃の意識は、ぷつりと黒一色に染まった。


◇


 鏡の前に金髪の少女が立っている。その手には、所々赤黒く汚れたスケッチブックを持っており、少女は静かに鏡台に置いてページをめくる。開かれたページにあるのは、服は違うが、間違いなく少女本人の姿。


「やっぱり、これは……」


 少女__夢乃は、がっくりとスケッチブックの横に手を付き、息を吐く。恐らく、死んだであろう記憶と、見慣れたというより、手に馴染んだ愛らしい外見。これらの状況から、導き出される結論は一つ。


「異世界転生……」


 オタクであれば十年以上前から、そうでない人もここ数年で聞いたことがある現象。それが自身の身に起こった夢乃は、激しく興奮することはなく。へなへなと座り込んでしまった。


「ここ、どんな世界なんだろう?」


 異世界転生のパターンは、大きく分けて二つある、と夢乃は勝手に思っていた。


 一つ目は、不慮の事故で死んだ主人公が、神などによって転生させられるもの。この場合はチート能力を貰って、全く知らない世界に転生することが多い。


 二つ目は、主人公が知っている作品世界に転生するもの。この場合、主人公は周囲の人物や自分の顔から作品を特定し、原作知識を使って未来を変えることが多い。


「偶に、知らない作品に転生するパターンもあるけど……」


 その場合は、主人公は原作において悪役で、同じく転生して来たヒロイン枠と敵対することが多い。


「この外見なら、多分違うよね……」


 夢乃は、自身の顔を両手で包んだ。現在の夢乃__ルミナの外見は、自身で描いた、理想の主人公そのものだった。知らない世界に転生した際、好みの外見に変化した説も有力ではある。


 でも。ルミナは、ぶるりと体を震わせた。


「さすがに、ないよね……」


 最後の仮説。夢乃達がサークルで作ろうとしていた、乙女ゲームに転生した。だから主人公の、ルミナの姿になっている。そう考えることもできる、のだが。


「だって、まだ何も決まってなかったんだから……」


 ガタン、と鏡台から落ちかけたスケッチブックを慌てて押さえ、抱きしめる。僅かな情報を無くすわけにはいかないからだ。


 乙女ゲームの内容は、あの日、夢乃が死んだ打ち上げで話し合う予定だった。事前に決まっていた内容はごく僅か。


「そう、ほとんど、なにも……」


 世界がヨーロッパ風ファンタジーであること。夢乃が描いた主人公とライバルの外見。攻略キャラは全部で十人、夢乃以外のサークルメンバーが考えること。メインシナリオやプログラムを、誰に頼むかということだけだ。


「メインシナリオ……、頼む人、間違えたかな……」


 ルミナが、天を仰いで呟く。もしも、この世界が製作中の乙女ゲームなら、未来は過酷なものだろうから。メインシナリオを頼んだ相手__『えくすとら・ぷろーじょん』と名乗っていた人物は、ハッピーエンドを苦手としていた。


「お願い、えくすとらさん……」


 脳内の『彼女』にそう言えば、「苦手なだけで書けない訳ではない、と思う」と歯切れの悪い返事があった。ただ、気付けば都合の悪い状況が重なるだけで、と直前のハッピーエンドアンソロジーに四苦八苦していた姿が鮮明に蘇る。


 ダメかもしれない。頭を抱えたくなった、その時。


 コンコンコン、と丁寧なノック音が響いた。


「お嬢様、お時間よろしいですか?」

「ええ、大丈夫よ」


 掛けられた声に、反射的に返事をしながら。じわじわと浮かび上がっては、自然と思い出せるようになる『ヘルト男爵令嬢』としての記憶と知識。


 扉が開く音を聞いて、顔を引き締め、背筋を伸ばす。


「いつもの商人が面会を求めております」


 そう告げるメイドに、微笑みを返す。情報が少ない今、考えても仕方がない。


「すぐに向かうわ。準備して頂戴」


 何にせよ、これから『ルミナ』として生きていくことに変わりはないのだ。まずは家の状況整理からだと、ルミナは小さく拳を握った。


5話までは毎日20時更新予定です。

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