15.ゲーミング加護
固まったルミナに気付くことなく、アデライドは冷静にエリオットたちを観察していた。
「面識がない方ですわね。恐らく平民の……」
「……なにを見ているの?」
低い声で問われ、ルミナの肩が大きく跳ねた。慌てて振り返り、覗き見ではないことを弁明しようとして、目の前の生徒を見て目を丸くする。
コルセットから広がるスカート。ポニーテールを邪魔しないように被っているベレー帽。フリルが映えるシャツの袖。
全体を一言で表すなら、ゴスロリ風の改造制服を着ているのは、魔導科二年で護衛候補のマルカだった。
運動着とは全く違う雰囲気に言葉を詰まらせつつ、ルミナは正式な礼を取る。
「あ、えっと、アトゥン子爵令息」
「奇遇ですわね」
「マルカでいいよ」
呼ぶことを躊躇うと困るから、と聞いたことのあるような言葉に、ルミナもアデライドも素直に頷いた。
「ルミナ君たちは、こんな時間になにを?」
「授業前に、魔力制御の練習をしたくて……」
「それで……、ああ。ウィリアム、復帰したんだ」
僕も注文に行かないと、とマルカが呟く。刈り上げた、くすんだ銀髪に、隈の目立つ彼が二年魔導科最後の護衛候補。
「あの人が……」
「そう。魔導科随一の魔導具技師だよ」
なら、エリオットは魔導具を頼んでいるのだろうか。納得しかけて、青色である必然性がなくて、ルミナは頭を抱えた。
「成長休暇明けだから、忙しいだろうね」
「せいちょうきゅうか?」
ルミナは聞き慣れない単語を、つい復唱する。隣のアデライドは知っているらしい。取り出した扇で口元を隠し、ポツリと呟いた。
「あれが、噂の……」
「淑女科は必要ないだろうからね」
「噂? え、どういうことです?」
どうやら、学園内では一般的な単語のようだ。でも、淑女科には必要ないとは、どういうことなのか。
二人を交互に見るルミナに対して、アデライドが苦笑いをした。
「学園の伝説……というか、学園全体に掛かる加護に関係する休暇ですわ」
とはいえ説明は難しいですわね、と口ごもるアデライドの言葉を、マルカが引き取る。
「一年生の制服も運動着も、半ズボン指定なのには気が付いていた?」
「えっ? あ、そういえば……!!」
「学園にある『成長の石碑』の加護を得ると、肉体の成長が一時的に止まる代わりに、魔力・身体の器が強く育つんだ」
新入生は入学式の終了後、『成長の石碑』に向かい、加護を貰うのが慣習らしい。そして、加護に守られている間は、不完全な肉体であることを自覚するために半ズボンで過ごさそうだ。
後半こじつけでは、と思いながらも、ルミナは一旦頷いた。
「効果が切れるのは早くても300日後……、つまり、一年生から二年生へ進級する春休み期間になりますの」
一番早くて300日後というだけで、器が育つ速度によっては、卒業間近まで成長が止まったまま__半ズボンの少年姿の生徒もいるらしい。
「わたくしは、入学時点で身長は伸び切っていましたけれど……」
「男子生徒は成長期前が殆ど……!!」
大多数の生徒が成長期前なら、制服が似合わない時間は少ないのだろう。ルミナが頷きかけた時。
アデライドが、真顔で言った。
「全員ですわ。何故か、背が高くても、半ズボンが似合う方ばかりですの」
もはや呪いでは。ルミナは無言で腕をさすった。
マルカは取り出した懐中時計で時間を確認してから、二人に提案する。
「加護は得られないと思うけど、祈りを捧げたいなら案内するよ」
遠くないし、時間もあるし。服の裾を握りながら言うマルカに、ルミナは太陽のような笑顔を浮かべる。
「お願いします!!」
ルミナは、小さく頷き歩き出したマルカの後を追う。足取りは軽く、加護の石碑というファンタジーな物に心を躍らせていたのだが。
式典ホールの近くにある、祭壇のようなものの上に鎮座している石碑の前に立ち。ルミナは絶句した。
「……こ、これは」
「わたくしも、ここまで近付いたのは初めてですけれど……」
禁止されていないこともあり、石碑の字が読めるところまで近付いたルミナは、日本語で書かれた内容に言葉が出てこなかった。
「古代魔法文字で書かれた石碑だよ。どんな意味なのか、解明されてないけれど……」
あんまりにも、加護とはかけ離れた文章だったから。目を擦りながら、ルミナは再び、石碑の文章に目を向ける。
『春は激アチ。やうやう春になりゆく生膝、赤く染まりて、桜散りゆく道を速く走り抜けたる。
夏は激アチ。月のころはさらなり。やみもなほ、蛍のやう光り輝きたり。また、 ただ片つ一部など、ほのかにうち光放つもをかし。雨に濡れるもをかし。
秋は激アチ。夕日のさして膝影いと強うなりたるに、己が寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、走りいそぐさへあはれなり。まいて雁のように つらねたるが、いと小さく見ゆるはいとエモし。日入りはてて、風呂に入り、柔く温いなどはたいふべきにあらず。
冬はつとめて。雪に晒されたるはいふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、マフラーなど巻けども、膝なお出るはいとつきづきし。 昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、上着すらも脱ぎ肘出ててワロし』
「ショタヒザ……っ!!」
「ルミナさん、お口が悪くってよ!!」
叫びかけたルミナの肩を、アデライドが扇で軽く叩いた。
これは加護でも祈りでもなく、ショタコン__サークル仲間の一人、『ショタヒザスキー』の、狂った性癖ポエムである。長いし微妙に完成度高いのが逆に怖い。
「学園名……、そういうこと!?」
タショラカタ学園。逆から読めば、『宝ショタ』だ。
よくわからない強制力の働きを感じ、ルミナは改めて創作者の業を自覚し、目を瞑り唇を引き結ぶ。
「ルミナさん!!」
アデライドの声に、ハッと顔を上げる。すると、石碑から虹色の光が放たれていた。
「なんか光ってる!! 怖い!!」
ソシャゲの虹回転を思わせる光に、確かな『意思』を感じ、ルミナは大きく後ずさる。
「こっち来る!! アデル様!!」
が、虹色の光は、ルミナに向かって真っ直ぐに降り注ぎ。虹色の光に包まれたルミナは、その場で呆然と立ち尽くす。
「ショタヒザスキーさんの加護、なのかしら……」
「……凄い。加護が、こんなにも」
遠い目をしているアデライドと、何故か感動しているマルカを見て、ルミナは力無く微笑んだ。
「なんか、嬉しくないような……」
「多分、効果は素晴らしいはず、ですわ……」
魔王討伐をする、と考えると、少しでも力は欲しいのだが。不健全な欲望由来だと思うと複雑な気持ちになる。
「なんだか、ルミナ君を見ていると、魔王討伐も上手く行きそうな気がするよ」
が、裏事情を知らないマルカは、聖女候補の加護は素晴らしいね、と微笑む。ルミナは慌てて顔を戻して、笑顔を作る。
「あ、ありがとう……」
どんな理由だったとしても、乙女ゲームなのだから、好感度が上がるのは良いことのはずだ。
「良かったら、古代魔法文字が刻まれた石碑巡り、一緒にしてくれないかな? 僕と二人だと不味いなら、ノア君やエリオット君も呼ぶから」
キラキラとした瞳でルミナを見るマルカに、ルミナは勿論、と頷いた。
石碑には、ゲームに関する情報や、他のメンバーのヒントがあるかもしれない。それに、純粋に、皆で行けば楽しそうだ。
関係を深めてこその学園ゲーム。自分を納得させたルミナは、放課後に日程調整の約束をして、マルカと別れた。




