14.ルミナは見た!!
「……これは、中々、集中力が必要ですね」
ぽつり、とエリオットが呟く。水晶の中では、水色の光が徐々に広がりながらも、反対の手に向かって流れているのがわかる。
「エリオットさんは凄く上手ですよ。魔力に向きを持たせるまで、魔導科でも三日掛かりますから」
基礎訓練を受けたことがない魔導科の新一年生が指向性を持たせるまで、平均三日掛かるらしい。
ルミナは関心の溜め息を吐いた。それを短時間で可能とするエリオットは、やはり優秀なのだろう。
「流石だね、エリオット」
「いえ、お嬢様のためなら、当然です」
声を掛けると、エリオットは一層真剣な表情で水晶に向かい合う。手元から放たれる光は、徐々に収束しているように感じる。
溜め息を吐きそうになって__ルミナは握り拳を作る。
「私も頑張らないと」
聖女候補として、もっと努力しなければ。ふっ、と短く息を吐き、再び水晶と向き合ったルミナに、ノアが気遣わしげに話し掛けた。
「あの、ルミナさん」
「なんですか?」
「属性によって、魔力制御の難易度は変わります。光属性は前例が少ないので、断言できませんが……」
聖女候補から聖女となった数は少ないということは、とノアは言葉を切った。そうか、とルミナは目を瞬かせる。
「元々、制御が難しい、ってことですか?」
ノアが頷く。完璧な令嬢と名高いアデライドも、未だ聖女として覚醒はしていないのだ。難しいから、人数を増やそうとルミナも候補になったのだ。
あまり気落ちすることはない。言外に伝えてくれるノアに、ルミナは頬を緩めた。
「早く体得するには、魔導具による補助を利用した方が良いかもしれません」
魔導科の生徒は、道具に頼らず魔法を使う試験があるが、ルミナは淑女科だ。
聖女を目指す上で、独力で使えるに越したことはないが、道具頼りでも使えるようになることが第一。
「早速、探してみます」
「もう一人がいれば、話が早かったんですが」
首を傾げたルミナに、ノアは小さく頷いた。
「今日は用事があって帰りましたが、魔導科二年の護衛候補はもう一人いるんです」
ちなみに、二年生の護衛候補は魔導科三人と騎士科__エリオットの四人らしい。当然と言えば当然だが、政務科に護衛候補はいない。
「彼は、魔導具造りを得意としているので、相談できればいいのですが」
二、三日、学園にも来ない予定らしい。呼び出すほどのことではないので、今度、紹介をしてもらう約束をしたところで、イヴァが集合するよう全員に呼び掛けた。
「魔力制御をある程度やったところで、魔法陣について説明する」
予告のあった、魔法陣に関する説明だ。イヴァが指を一振りすると、何処からか黒板が現れ、浮かび上がったチョークがひとりでに説明図を描き始める。
「魔法陣とは、ざっくり言えば魔力を流す道みたいなものだ。魔力を流す向きを調整するだけで、適性がない魔法でも使える」
魔力自体は純粋なエネルギーであり、魔法という形で発動させるには形を与えなければならない、という理屈らしい。
ルミナは真剣な顔で頷く。魔法には物凄く興味はあるが、理系科目はてんで苦手だったルミナもとい夢乃には、だいぶ難しかった。
そんな表情を読み取ったイヴァが、苦笑いしながら説明を続ける。
「とはいえ、複雑な形に魔力を動かすのは難しい。だから魔力を通しやすい素材で描いたり、魔力を通しながら描いておく」
少し魔力を流すだけで、あとは事前に描いた流れに沿うように作ってあるそうだ。
「使いきりで、持ち運びやすい紙に描いたものが『スクロール』。細かい定義は追って説明するが、立体物になっていたら『魔導具』だと思っていい」
日常的に利用する魔法陣の多くはこの二つらしい。大きな儀式の時は床などに直接魔法陣を描くが、魔導科でない限り、滅多に使わないらしい。
だから無理して覚えなくていい、とイヴァは軽い口調で言って、先生らしい穏やかな顔で締めくくる。
「どれも、魔力をある程度制御できないと上手く使えない。ということで、明日からも基礎訓練を頑張ってくれ」
魔力制御の重要性を理解したところで、イヴァによる訓練は終了だ。
ルミナが時計に視線をやると、まだ授業が終わって一時間。五時過ぎである。
「訓練場は使っていいが、寮の門限に引っ掛からないように」
それだけ言って、イヴァは去っていく。門限は八時。夕食のことを考えて七時に戻るとしても、もう少し訓練はできる。
エリオットはやる気に満ち溢れており、騎士科の二人も余裕のある表情だ。アデライドも体力的な問題はないだろう。
ルミナは小さく頷き、アデライドの肩を軽く叩いた。ひとまず、走り込みからだ。フライング気味に走り出したルミナを、アデライドが笑って追いかけ始めた。
◇
始業前に魔法の訓練を、放課後に護身術の訓練をするようになって、一週間。日々の訓練も習慣化してきて、学園にも馴染み始めた頃。
いつも通り、魔力制御訓練に行こうと噴水前を通り過ぎようとしたところで、先を行くエリオットが足を止めた。
どうしたの、とルミナが声を掛けるより先に、振り返ったエリオットが眉を下げた。
「お嬢様、申し訳ございませんが、本日は先に登校いたします」
心底申し訳なさそうな表情のエリオットに、ルミナは柔らかく微笑んだ。
騎士科の用事だろうか、それ以外だろうか。なんにせよ、ルミナにつきっきりだったエリオットが、別のことに意識を向けていることは、良いことだと思ったのだ。
「わかったわ、教室にはアデル様と一緒に行くから、心配しないで」
朝の訓練にはアデライドも参加する。別に、ルミナ一人でも教室まで行けるが、一緒に行った方がエリオットが安心するだろう。
「では」
予想通り、ホッとした表情で頭を下げ、足早に去っていくエリオットを見送る。
アデライドと二人だけなら、最近進んでいなかった情報共有を進めたい。イヴァ、ノア、マルカの三人は、確実に攻略対象だろう。
誰が作ったのか、どんな展開が予想されるかを事前に話し合っておいて__。
「……って、思ってたのに」
訓練場を出て早々、遠目に見えたエリオットの姿に、ルミナは足を止めた。
「どうなさったの?」
「エリオットが……」
道の端で、見慣れない男子生徒と話し込んでいる。エリオットの表情は真剣そのもので、滅多に見ない姿に、何かあったのではとルミナが近付こうとする。
が、アデライドが肩を掴んで止めた。
「落ち着いてくださいましね。ええと、『注文をしたい』と言ってますわ」
「アデル様、読唇術が……?」
「推しに憧れて練習したら、できましたの」
「流石、ライバル令嬢……」
生まれ変わってから、勉強も運動も習得が早くなりましたわ、とアデライドが微笑んだ。
ついでに、読心術も習得できないか努力したものの、未だ不自然な挙動から推察するに留まっているらしい。十分凄い、とルミナは舌を巻く。
「何を注文してるんですかね?」
男爵家にいた頃、エリオットが自分で何かを買うことはなかった。
一度だけ、ルミナの誕生日プレゼントを買ってくれたことがあるが、申し訳ないので翌年からはメッセージカードのみにしてもらっていたのだ。
自分の好きなものを買いたい、と思えるようになったのなら、それは良いことだが。
「『青い宝石の指輪』ですわね……?」
ルミナは、その場に棒立ちになった。
一般的に、装飾品の宝石は自分の色と同じものにする。エリオットなら薄い金や紫。ルミナなら金とピンクだ。
だから、青い宝石を使うということは。青色を持つ、誰かに、指輪を贈るということで。
「え……?」
自分の喉から漏れ出た声に、ルミナが気付くことはなかった。




