13.目指せ、魔法マスター
翌朝。ルミナは筋肉痛を訴える体と戦いながら、教室へ向かっていた。
途中までは三人で歩いていたのだが、道中出会った騎士科の二人にアデライドが捕まり、エリオットは騎士科の訓練場へと向かう時に別れた。
既に校舎は見えていたので、ルミナ一人でも迷わず行ける。元々、方向音痴と言う訳でもないので、一人気ままに歩いていたのだが。
階段を上がる前、偶然見えた中庭の景色に、ルミナは足を止めた。
「わぁ、すごい……!!」
花壇の上に浮いた、幾つかの水の球。円形に並んだ球の中央部分に立っている、栗色の髪の男性。
男性が指先を指揮棒のように振れば、つむじ風が水の球を崩し、シャワーのよう花の上に降り注いでいく。
細かな水の粒は光を分散し、揺れる花々の上に虹が掛かっている、幻想的な光景だった。
「君は……、あ、編入生か」
ルミナの声に気付いたのだろう。振り返った男性に、ルミナは慌てて挨拶をした。
「ヘルト男爵家長女、ルミナと申します」
「どうも、始めまして。二年魔導科担任のイヴァ・ファエルです、よろしく」
ルミナは目を見開く。魔導科の生徒かと思っていたのだ。しかし、教師なら質問もしやすい。ルミナは花壇に近付きながら、イヴァに尋ねた。
「今の、水魔法と風魔法の複合魔法ですか?」
「厳密に言うと違うけど、水と風の魔法を使ってるよ」
複合魔法、というと魔法自体を混ぜる必要がある。先程は別々に魔法を使っているので、複合魔法とは呼べないらしい。
だが、水と風の魔法を使えるということは。
「複数属性持ち……?」
とても凄い人なのでは。思わず後ずさるルミナに、イヴァは朗らかに笑って首を横に振る。
「魔導科には何人かいるけど、俺は風属性。水は魔法陣で出してるだけ」
「魔法陣を使えば、適性のない属性も使えるんですか?」
「そうだね。淑女科だと教えないけど……、放課後でいいなら説明するよ」
「いいんですか!?」
「勿論。学ぶ気があるなら、教えるのが俺たちの仕事だ」
わぁ、とルミナな両手を体の前で組んだ。折角、魔法のある世界に転生したのだ。聖女として光魔法を習得する必要はあるが、もっとメジャーな、火や水を出したりしてみたい。
適性がなく諦めていたが、魔法陣が使えれば色々できるかも。頬が緩むルミナに、イヴァは穏やかに言った。
「護衛候補の顔合わせもする予定だし、丁度いい」
「顔合わせ、ですか?」
首を傾げるルミナに、イヴァが頷く。翡翠色の瞳が、少し悪戯っぽく細められた。
「騎士科の二人とは顔を合わせていても、他の候補とはまだだろう?」
「どうして知って……」
ぱちくりと目を瞬かせたルミナに、イヴァは指先をくるりと回して、魔法で一枚の紙を取り出した。
わぁ、とルミナが小さく感嘆の声を上げる。
訓練場使用許可証、と書かれた紙には、カーティスの名前とイヴァの名前が並んでいた。
「許可を出したのは俺だから。あと、聖女候補の訓練を担当するのも俺」
「そうなんですね」
学園内で困ったら俺に相談してね、と言われ、ルミナは頷く。イヴァは素直だなぁ、と笑って許可証を手から消した。
「じゃあ、放課後、訓練場で。もう一人と従者くんにも伝言よろしく」
「はい。失礼します!!」
元気よく頭を下げるルミナを、イヴァは軽く手を振って見送る。授業に対する足取りも軽く、ルミナは階段を駆け上がった。
放課後。両側を騎士科の二人に固められ、見た目だけだとイケメンを侍らせる悪役令嬢になったアデライドと共に、訓練場へ向かう。
訓練場にはイヴァの他に二人、運動着を着た男子生徒が待っていた。前髪の一部分だけが白い、ウェーブかかった黒髪の男子と、灰色の短髪に赤い瞳が特徴的な男子だ。
「今日は、顔合わせと魔力制御訓練を行う。というか、魔導科が訓練方法を教えるように。最後に、魔法陣の説明するから」
イヴァの言葉に、二人の男子が頷いた。魔導科の男子二人は、ルミナたちの方に近付いてきて、正式な礼の姿勢を取った。
「アトゥン子爵家が長男、マルカです」
「ノア・コルニクスです。よろしくお願いしますね」
ルミナたちも、アデライドから順にカーティス、ティワズと挨拶をして、ルミナが自分の挨拶の後、エリオットを紹介する。
ひとまず、五人を二組に分けることとなり、比較的魔力制御ができているアデライドと三年生はマルカが、不慣れなルミナとエリオットがノアに教わることとなった。
「まず、二人は魔法を使ったことは?」
「ないです」
「ありません」
ルミナもエリオットも、魔法適性を確認したばかりだ。入学手続きや寮への引っ越し準備、その他諸々、やることが多かったので、本格的な魔法の練習はしていない。
「なら、これからですね」
完全な素人だが、ノアは嫌がることなく淡々とした様子で訓練場端まで移動し、机に置かれた水晶玉を指し示した。
「あ、適性検査の時の……」
「魔水晶です。魔力に反応して色を放つ特性があるので、検査に使われます」
こんな風に、とノアが水晶に手を触れる。すると、ノアの手のひらに触れた部分から、茶色い光が広がった。
「茶色!! 次は……、緑?」
茶色い光は、まるで木の幹のように枝分かれしながら水晶の反対側まで伸びて。光が逆側に届いた直後、全体が緑の光で覆われる。
ルミナはじっと光の美しさに目を奪われていたが、エリオットは違う点に着目したらしい。
「複数属性持ちですか」
「僕の最大の幸運だと思っています」
朝、イヴァが言っていた、複数属性持ちの一人が、ノアなのだろう。
魔法が使える人間が、人口の一割程度と言われる中で。複数属性持ちは、その中の一パーセントにも満たないと言われている。複数属性持ちは、保有する魔力量も多い。土と木の二属性は相性も良く、将来を約束された才能ともいえる。
「すごい、形が変わって……」
表情は変えないまま、ノアが水晶の中で緑の光を渦巻かせたり、逆に球体を浮かび上がらせたりする。繊細な魔力制御を見ると、才能を過信せず、努力を重ねていることがわかる。
これが、護衛候補に選ばれる実力。ルミナがじっ、とノアを見るも、ノアは軽く首を傾げただけで、水晶から手を離し、説明を続けた。
「このように、水晶で魔力を流す向きや強さを簡単に確認できます。まずは、片手から逆の手に、一直線に流せるように練習しましょう」
「はい!!」
ルミナは意気揚々と魔水晶に触れるが、何も反応がない。検査の時はどうしたっけ、と首を傾げて、再び水晶に手を置く。
「あれ?」
「まず、魔力を通すところからですね。検査の時は、神官が誘導していますので」
一言断ってから、ノアの手がルミナに重ねられる。じわり、と温かい、体温とは違う何かが、ルミナの手の甲から手のひらへと流れる。
「あ、これが……」
金色の混じった、白い光が、スノードームの雪のように、ぱらぱらと水晶の中に浮かんだ。気付けば、ノアの手は離れていたが、ちらちらと光は舞い続ける。
続けていると、その熱は、ルミナの心臓付近から流れていることがわかった。
意識したら、できるかも。今度は一人で、水晶に手を置き直すと、少しずつだが光が浮かび始めた。
「できました!!」
魔力を流す、という感覚がつかめてきた気がする。一度止めて、もう一度流し始めれば、ノアが小さく頷いた。
「うん、大丈夫そうですね」
ノアのお墨付きも貰い、次は向きをもたせるところだ、と意気込んだところで。
「……これは、中々、集中力が必要ですね」
隣で練習をしていたエリオットは、収束性は未熟なものの、既に魔力に方向をもたせることに成功していた。




