16.加入イベント
入学から一か月。すっかり淑女科に馴染んだルミナは、授業の合間にアデライドをゆったりお喋りをしていた。
王宮からの連絡もなく、追加の訓練もなく、本当に。
「学園生活を満喫してしまっている……」
「仕方ないですわ」
魔王に関する情報はない。学園内でシナリオと関係しそうな要素を探しているが、『成長の石碑』以外に目立った手掛かりはない。
ルミナは魔力制御が身に付いてきて、初歩の光魔法は使えるようになったものの。聖女として覚醒する予兆はない。
「攻略対象関係も、進展はマルカ様の作者が『†黒薔薇姫†』さんで確定したことくらいですか?」
「ですわね……」
石碑巡りに行った際、マルカが着ていた服が、完全に『†黒薔薇姫†』の趣味が反映されたゴシック調だったのだ。
魔導具もステンドグラス風のランタンで、彼女のイラストと似ている部分もあったことから、マルカの作者は確定した。
「黒薔薇なら、重い過去は無いから安心ですわね」
「問題は、重たい過去がありそうな人と会えてない事ですよ……」
「一年生には会う機会がないですものね」
攻略対象は残り三人。後輩キャラ__一年生である可能性が高いのだが、ただでさえ他の科との接点が少ない淑女科だ。学年が違うとなると、全くと言っていいほど出会いがない。
「イベントの発生条件を満たしてない、ってやつですかね」
「可能性はありますわね」
学園ものというか、乙女ゲームでありがちなのは、自由行動中に向かった先で出会える相手が変わるというもの。
初日からティワズとカーティスに出会えたが、その分、一年生との出会いイベントを逃したのかもしれない。
出会いイベント自体が遅めだったり、特定キャラの好感度を一定以上に上げることで出会える可能性もある。
目を閉じ、ルミナが考えていると、アデライドがパチリと扇を鳴らした。
「そのことなのですけど……」
アデライドの口元に耳を寄せると、扇を開いて、内緒話のようにしながら詳しい話を教えてくれた。
「三年魔導科の護衛候補?」
「えぇ、お二人から聞きました」
三年生の魔導科で、平民出身の実力者が一人、護衛候補に選ばれているらしい。
かなり気紛れな人物で、訓練には中々顔を出さないが、聖女候補が直接説得すれば来てくれるかもしれない、と言われたらしい。
「それで、会いに行こうと思いますの」
「私も行きます!!」
意気込むアデライドにルミナも同意し、早速、昼休みに向かってみることにした。
の、だが。目の前で机に寝そべる人物を見て、ルミナは視線を彷徨わせた。
「本当に、この人、ですよね……?」
「特徴も一致していますし、間違いないはずですわ」
気持ちよさそうに眠っている男子生徒の頭には、大きな猫耳が生えていてのだ。
ルミナはじっと耳を眺めながら、珍しい、と声には出さず口を動かす。
貴族は人間ばかりだが、この国には獣人も住んでいる。ただ、魔法適性は低いことが多く、学園に入学する者は極めて少ない。
「あの、お時間よろしいですか?」
ルミナが声を掛けると、男子生徒はゆったりと体を起こし、気怠げに癖のある髪を手櫛で梳く。
青色の、人間とは違う縦長の瞳孔が、ルミナたちに向けられて。くぁ、と小さい欠伸の後に、突き放すような声音で生徒は言った。
「あー、誰だっけ」
ルミナは服の裾を握った。拒絶的な雰囲気に身構えるが、隣のアデライドは違った。
「フォルベレー公爵家が娘、アデライドですわ」
穏やかに微笑み、完璧な礼をしてみせたアデライドに続いて、ルミナも慌てて挨拶をする。
「ヘルト男爵家、ルミナです」
男子生徒はルミナとアデライドを、交互に見て。緩慢な動きで体を起こし、席から立ち上がって聞く。
「……俺に何の用?」
「わたくしの訓練に付き合ってくださいまし」
話は聞いているでしょう、と微笑むアデライドに、男子生徒は頭を掻いた。
元々、護衛候補として動くようには伝えられているはずだ。聖女候補であり貴族である二人が直接赴いたのに無碍にしたとなると、外聞が悪い。
暫く考え込んだ男子生徒が、そうだ、と顔を上げる。
「どうしてもっていうなら、俺のお願い聞いてよ」
その『お願い』の内容に、ルミナとアデライドは目を丸くしつつも、承諾を返したのだった。
◇
次の休日。ルミナ、アデライド、エリオットの三人は、平民用の衣服を纏い、王都の通りへ繰り出していた。
商家のお嬢様風の出立ちの二人と、護衛のエリオットが向かうのは、大通りから一本路地に入ったところにある店。
「お気に入りの食堂の経営難を救ってほしい、と言われるとは……」
「意外なお願いでしたわね」
経済的な支援をする、という話ではなく、近頃、店に出入りしているガラの悪い客をなんとかしてほしい、という内容だった。
「そもそも条件を提示するなど、如何かと思いますが……」
「それぞれ事情はあるから、仕方ないよ」
眉を顰めるエリオットに、ルミナは笑顔で返す。
あの男子生徒は、名前を告げることもなければ、自分で解決できない事情も話さなかった。
が、数少ない獣人の魔導科生徒だ。顔や名前が売れている分、大々的に動けないのかもしれない。
「此処ですわね」
そんな話をしているうちに、手書き地図に記された場所に到着した。この辺りに食堂は一つなので、間違い無いだろう。
店の前にはメニューが書かれた看板が出ており、営業していることは確かだ。
ルミナが店名を見ようと、顔を上げて店名を確認しようとした時。
「これ、読み方は……、チョウゲンボウ、ですかね」
エリオットが読み上げた店名に、ルミナとアデライドは首を傾げ、看板を見上げる。
「「『お食事処 長元坊』!?」」
エリオットが読み上げただろう、振り仮名の下に。漢字で書かれた店名を見て、二人は手を取り顔を見合わせた。




