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山茶花の嫁  作者: 櫻木サヱ
同じ日

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22/25

庭

昼を少し過ぎたころ、紗夜は庭へ出た。


朝から薄く曇っていた空は、まだ晴れきらずにいる。雲の切れ目から落ちてくる光は弱く、庭の石や植え込みを、均一な明るさにはしなかった。


縁側に腰を下ろす。


庭は静かだった。


静か、といっても音がないわけではない。


どこかで水が落ちている。

風が葉を揺らしている。

屋敷の中から、戸を開ける音がして、すぐに閉じる。


それらが重なったり離れたりしながら、昼の庭を形づくっていた。


紗夜は膝の上に手を置いた。


以前なら、庭へ出るときには何か目的があった。


花を見るため。

掃除をするため。

用事の途中で少し休むため。


けれど、このところは、庭に出ても何もしないことが増えた。


ただ座っている。


それだけだった。


山茶花の木を見る。


冬の間に咲いていた花は少なくなっていた。


枝のところどころに、まだ赤い色が残っている。

白い花は、もうほとんど見えない。


落ちた花は土の上にあった。


誰かが片づけたものもあれば、そのまま残っているものもある。


土に触れた花弁は、朝見たときより少しだけ色を失っていた。


紗夜は、それを見ていた。


長い時間ではなかった。


けれど、目を逸らす理由もなかった。


風が吹く。


枝が揺れる。


残っていた花の一つが、わずかに傾いた。


落ちるほどではない。


ただ、風に押されて揺れただけだった。


紗夜は目を細める。


そのとき、背後で足音がした。


一つ。


間を置いて、もう一つ。


足音は縁側まで来ることなく、そこで止まった。


紗夜は振り返らなかった。


しばらくして、隣に人が座る気配がする。


久遠だった。


以前なら、久遠が隣に座るだけで、紗夜の身体はわずかに強張った。


今は、そうならなかった。


ただ、隣の板が少しだけ軋んだ。


それだけだった。


二人とも庭を見る。


山茶花。


石。


濡れた土。


低い植え込み。


その向こうにある塀。


見慣れたものばかりだった。


久遠は何も言わなかった。


紗夜も何も言わなかった。


庭には、二人以外の時間が流れている。


風が止む。


鳥の声が一度だけ聞こえる。


屋敷の中で、何かを置く音がする。


それからまた静かになる。


紗夜は、自分の右手を少し動かした。


袖が畳に触れる。


その小さな音が、妙に近く聞こえた。


久遠の手は膝の上に置かれている。


視線を向けなくても、それが分かった。


隣にいる人のことを見なくても、そこにいることが分かる。


それは特別なことではないのかもしれなかった。


同じ屋敷に暮らしているのだから、当然だった。


朝も。


昼も。


夜も。


どこかに気配がある。


それだけのことだった。


けれど、以前とは少し違っていた。


以前は、その気配が近くにあることを知るたび、紗夜は自分の動きを決めなければならなかった。


声をかけるべきか。


離れるべきか。


そこにいていいのか。


今は、そのどれも考えない。


久遠がいる。


自分もいる。


庭がある。


それだけだった。


風が再び吹いた。


山茶花の花弁が揺れる。


一枚が落ちた。


今度は、紗夜にも分かった。


音はしなかった。


ただ、赤いものが枝から離れ、土の上へ移った。


久遠も見ていた。


けれど、何も言わない。


紗夜も何も言わない。


落ちた花は、二人の間にある庭の一部になった。


しばらくして、久遠が立ち上がった。


紗夜は顔を上げない。


足音が二つ、三つ。


遠ざかっていく。


縁側の板が、元の形に戻る。


一人分の重さがなくなっただけなのに、空間が少し広くなったように感じた。


紗夜は庭を見続けた。


先ほどまで隣にあったものがなくなった。


それでも、庭は変わらない。


山茶花も。


石も。


土も。


何も変わらない。


紗夜は立ち上がった。


膝についた小さな埃を払う。


部屋へ戻ろうとして、ふと足を止める。


庭の端に、落ちた花が一つある。


拾おうとして、手を伸ばしかける。


けれど、やめた。


そのまま歩き出す。


廊下へ上がる。


後ろを振り返ることはなかった。


午後の光が、庭の一部だけを明るくしている。


山茶花はまだそこにあった。


明日も、たぶん、そこにある。


ただ、それだけのことだった。

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