位置
朝、庭に出ると、足元の感覚が昨日と違っていた。
地面が柔らかくなったわけでも、濡れているわけでもない。
ただ、どこに立っているのかが、少し分かりにくい。
紗夜は一歩進み、止まる。
さらに一歩、ずらす。
同じ庭なのに、立つ場所によって、見えるものが変わる。
山茶花の木は変わらない。
枝の数も、傾きも、昨日と同じはずだ。
だが、真正面に見るか、少し斜めから見るかで、
花の重なり方が違って見える。
縁側に上がる。
板の端に立つと、庭が遠くなる。
一段内側に入ると、庭が近づく。
紗夜は、その差を確かめるように、
何度か足の位置を変えた。
屋敷の中でも、同じことが起きていた。
廊下の中央を歩くときと、
壁際を歩くときでは、
音の返り方が違う。
柱のそばに立つと、
背中が守られているように感じる。
何もない場所に立つと、
身体が外にさらされる。
それは以前から知っていたことだ。
だが、今はそれが、
はっきりと意識に上がってくる。
角を曲がったところで、久遠と行き合う。
互いに足を止める。
距離は、自然に保たれる。
どちらも、相手の正面には立たない。
少しだけ、斜め。
逃げる位置でも、近づく位置でもない。
この立ち方は、いつからだろうか。
そう考えて、答えは出ない。
「……そこだと、寒い」
久遠が言う。
指摘は、位置についてだった。
紗夜は一歩、内側に入る。
風が、直接当たらなくなる。
「ありがとうございます」
言葉は短い。
だが、移動したのは一歩分だけではなかった。
久遠は、そのまま動かない。
紗夜も、動かない。
二人の位置が、廊下の中で固定される。
人が通るには、少し狭い。
だが、避けるほどではない。
誰かが来れば、どちらかが動くだろう。
だが、今は来ない。
時間が、そのまま通り過ぎる。
久遠が、視線を外す。
紗夜も、それに倣う。
視線を合わせないことが、
位置を保つ条件のようだった。
やがて、久遠が歩き出す。
紗夜は、少し遅れて動く。
同じ方向ではない。
廊下の分かれ道で、
二人の進路は自然に分かれる。
振り返ることはない。
その後も、
屋敷の中で何度かすれ違う。
庭、廊下、部屋の前。
会話はない。
だが、立ち止まる位置が、
毎回、ほとんど同じだった。
近すぎず、遠すぎず。
触れないが、無関係でもない。
夕方、紗夜は縁側に座る。
足を下ろす位置を、少しだけずらす。
昨日より、内側。
理由はない。
ただ、そうしたほうが落ち着いた。
遠くで、誰かの足音がする。
近づかず、離れず、消える。
久遠は現れない。
それでも、
彼が立つであろう位置が、
はっきりと想像できた。
その場所は、空いている。
誰も立っていない。
それを見て、
紗夜はなぜか、
立ち上がらなかった。
位置は、
人が決めるものではなく、
残るものなのかもしれない。
夜、部屋に戻る。
布団に入る前、
立っていた場所を、振り返る。
そこには、何もない。
だが、
そこに立っていた感覚だけが、
確かに残っていた。




