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山茶花の嫁  作者: 櫻木サヱ
気配の層

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19/25

位置

朝、庭に出ると、足元の感覚が昨日と違っていた。

地面が柔らかくなったわけでも、濡れているわけでもない。

ただ、どこに立っているのかが、少し分かりにくい。


紗夜は一歩進み、止まる。

さらに一歩、ずらす。

同じ庭なのに、立つ場所によって、見えるものが変わる。


山茶花の木は変わらない。

枝の数も、傾きも、昨日と同じはずだ。

だが、真正面に見るか、少し斜めから見るかで、

花の重なり方が違って見える。


縁側に上がる。

板の端に立つと、庭が遠くなる。

一段内側に入ると、庭が近づく。


紗夜は、その差を確かめるように、

何度か足の位置を変えた。


屋敷の中でも、同じことが起きていた。

廊下の中央を歩くときと、

壁際を歩くときでは、

音の返り方が違う。


柱のそばに立つと、

背中が守られているように感じる。

何もない場所に立つと、

身体が外にさらされる。


それは以前から知っていたことだ。

だが、今はそれが、

はっきりと意識に上がってくる。


角を曲がったところで、久遠と行き合う。

互いに足を止める。

距離は、自然に保たれる。


どちらも、相手の正面には立たない。

少しだけ、斜め。

逃げる位置でも、近づく位置でもない。


この立ち方は、いつからだろうか。

そう考えて、答えは出ない。


「……そこだと、寒い」


久遠が言う。

指摘は、位置についてだった。


紗夜は一歩、内側に入る。

風が、直接当たらなくなる。


「ありがとうございます」


言葉は短い。

だが、移動したのは一歩分だけではなかった。


久遠は、そのまま動かない。

紗夜も、動かない。


二人の位置が、廊下の中で固定される。

人が通るには、少し狭い。

だが、避けるほどではない。


誰かが来れば、どちらかが動くだろう。

だが、今は来ない。


時間が、そのまま通り過ぎる。


久遠が、視線を外す。

紗夜も、それに倣う。

視線を合わせないことが、

位置を保つ条件のようだった。


やがて、久遠が歩き出す。

紗夜は、少し遅れて動く。

同じ方向ではない。


廊下の分かれ道で、

二人の進路は自然に分かれる。

振り返ることはない。


その後も、

屋敷の中で何度かすれ違う。

庭、廊下、部屋の前。


会話はない。

だが、立ち止まる位置が、

毎回、ほとんど同じだった。


近すぎず、遠すぎず。

触れないが、無関係でもない。


夕方、紗夜は縁側に座る。

足を下ろす位置を、少しだけずらす。

昨日より、内側。


理由はない。

ただ、そうしたほうが落ち着いた。


遠くで、誰かの足音がする。

近づかず、離れず、消える。


久遠は現れない。

それでも、

彼が立つであろう位置が、

はっきりと想像できた。


その場所は、空いている。

誰も立っていない。


それを見て、

紗夜はなぜか、

立ち上がらなかった。


位置は、

人が決めるものではなく、

残るものなのかもしれない。


夜、部屋に戻る。

布団に入る前、

立っていた場所を、振り返る。


そこには、何もない。

だが、

そこに立っていた感覚だけが、

確かに残っていた。

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