同じ景色
朝、庭に薄い霧がかかっていた。
山茶花の輪郭が曖昧になり、色だけが残る。
紗夜は縁側に立ち、霧の中の庭を見ていた。
冷えた板の感触が、足の裏に伝わる。
霧はすぐに晴れるだろう。
そう分かっていても、今のうちに見ておきたいと思った。
霧の向こうに、人影がある。
久遠だと気づくまでに、少しだけ時間がかかった。
動かない背中は、景色の一部のようだった。
紗夜は声をかけなかった。
この距離を壊す理由が、見つからなかった。
霧が薄れる。
枝の先、山茶花の色がはっきりする。
赤が一輪、白が二輪。
どれも、咲く時期を急いではいない。
久遠は庭の端に立ち、同じ木を見ていた。
霧に濡れた花弁が、朝の光を吸っている。
落ちた花が、まだ片づけられていない。
あれは、いつ落ちたのだったか。
久遠は思い返そうとして、やめた。
正確な時刻など、必要ない。
縁側に視線を向ける。
紗夜が、そこに立っている。
霧の中でも、輪郭だけで分かる。
声をかけるべきか、迷う。
だが、その必要も感じなかった。
同じ景色を、同じ時間に見ている。
それだけで、十分だった。
紗夜は、背中に視線を感じた。
振り返らずとも、分かる。
見られている、というより、
存在を確かめられている感覚。
霧が完全に晴れ、朝の庭が現れる。
山茶花は、昨日と変わらず咲いている。
変わったのは、見る側だけだ。
久遠は、わずかに顎を上げた。
紗夜も、無意識に息を整える。
同じ景色を見ているのに、
同じものを見ているわけではない。
だが、その違いを、
否定しようとは思わなかった。
やがて久遠は、屋敷の奥へ戻っていく。
紗夜もまた、部屋へ引き返す。
交わした言葉は、ひとつもない。
それでも、
その朝の景色は、
二人の内側に、同じ重さで残った。
庭に残った霧の名残が、
ゆっくりと消えていく。




