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3.メルとユリウス

「ユリウス様はまだかしら」

「ふふ。姫様は本当にユリウス様がお好きですね」

「うん。だってキレイで優しくて強いんだもの。ケイトもそう思うでしょ?」

「たしかにお綺麗ですわね。王都でもあのような美しい殿方は見かけませんわ」



 メルが声をかけた騎士は、ユリウスという名だった。


 メルより2つ年上の12歳。まだ見習い騎士ということで、レイクルイーズの護衛メンバーには入っていなかったらしい。見習いを王女につけるわけにはいかないと反対されたが、メルは粘りに粘った。メルは今までワガママを言ったことはなかった。体の弱いメルに父王は甘かったが、ほんの少しお転婆がすぎるくらいで、ダメだと言われたことはきちんと聞き分ける子どもだったのだ。珍しく自分の意見を押し通そうとする王女に辺境伯は困惑の表情を見せた。

 

 そこに助け舟を出してくれたのは威圧的な外見の騎士――実は隊長――だった。


 彼なら王女と年が近いぶん、王女の遊びにも付き合えるだろう。付かず離れずの立ち位置で見守ることになる騎士よりも、遊びの最中も王女のそばに寄り添える者がいたほうが良い。彼は気配を察する能力も、瞬発力もある。万が一王女に危険が迫っても我々が駆け付けるまで守りきることができるだろう。


 その言葉に辺境伯も納得し、ユリウス本人も王女の遊び相手兼護衛の任を受ける意思を示したため、メルのワガママともいえる希望が採用されたのである。

 ただし、ユリウスは見習い中なので午前中は訓練をし、午後からメルのもとにやってくることになった。メルも午前中は家庭教師がつくため、それで十分だった。


 ユリウスが来てくれた初日は、彼の手を取って邸の探検を。次の日は庭を。

 春のあいだは色とりどりの花が咲く庭でピクニックやかくれんぼをした。

 夏には林にまで足をのばし木陰で涼む。たまに林を抜けて湖までいき、こっそり足を付けて遊んだりもした。

 夏から秋に変わるころ、ケイトや家庭教師はメルの体調を心配し始めた。メルは季節の変わり目になると咳き込んで発熱しやすいのだ。とくに夏から秋に変わるときが弱かった。だが今回は少し咳が出たものの、発熱することもなく、色づいていく葉を楽しんむことができた。

 

 それはレイクルイーズの綺麗な空気のおかげなのか、ユリウスの効果なのか。

 積極性があり、ついついはしゃぎ過ぎてしまうメルを、穏やかなユリウスがいさめながら遊ぶ。そのなかで楽しめる範囲は最大限に楽しもうとする。そんな息の合った二人はレイクルイーズの移り行く季節のなか、王女と護衛騎士という垣根を越えて特別な絆を育てていった。



「あ! ユリウス様だわ!」


 二階の廊下の窓から門の様子をうかがっていたメルは急いで階段を下りていく。その後ろ姿に「姫様! 走ってはなりません! どうかゆっくり」と慌てるケイトの声が追いかけてきた。メルはその言いつけを守り、できるだけゆっくり見えるように、でも最大限はやく歩いた。もし廊下を走っている所を家庭教師に見つかったら、その場でお説教に突入にてしまう。それだけならまだしも、歩き方のレッスンまで始まってはたまらない。一度それで失敗をしたメルは、もう二度とユリウスとの時間を減らさなくてすむように、はやる心を抑えて出迎えに向かった。


「こんにちは、ユリウス様」

「こんにちは、メルティナ殿下。今日の体調はいかがですか?」

「私は絶好調よ。今日は林に行きたいの。どう?」

「いいですね。お茶をもって行きましょうか」

「うん!」


 元気に答えたメルに、ユリウスがブルーグリーンの瞳を細めて微笑んでくれる。それが嬉しくて、メルも笑顔をはじけさせた。


「今日はいつもと違うルートで湖まで行ってみたいの」

「新たな道を探すのですか?」

「そう。探検よ」


 メルはユリウスの手を引っ張って道を進む。いつもは平たんな近道を選ぶのだが、今日は細い道を選ぶことにした。ユリウスも一定間隔で離れて付いてくる護衛もメルを止めないところを見ると、この道は事前に安全だと確認されていたのだろう。それでもいい。メルにとって初めての道は全部ワクワクするのだから。


 キョロキョロしながら歩いていると、道からそれた所に草木が密集している場所を見つけた。ゴールの湖まであと半分というときに見つけたちょっと不思議な景色にメルのテンションが上がった。


「あれは何だと思う?」

「何でしょう……あそこだけ周りの木とは種類が違うようですね」

「ねえ、見に行ってもいい?」

「まずは私が行ってみますので、少しお待ちいただけますか? 安全なようならお呼びしますので」

「うん。気を付けてね」


 ユリウスはすぐに戻ってきた。獣も虫もかぶれるような草もなかったようだ。さっそくメルが見に行くと、そこは低い木で覆われたトンネルになっていた。


「メル様の背丈ならそのまま歩けそうですね」

「うん。ぎりぎり行けるかな。ユリウス様はしゃがまないとダメね」


 二人で仲良く木のトンネルの中に入る。二人が並んで歩けるほどの広さがあった。トンネルの真ん中あたりにシートを敷き、そこでティータイムをとることにした。


「なんだか秘密基地みたいで楽しいわね」

「ええ。二人の秘密の場所にしましょうか」

「ステキ! 二人だけの秘密ね」


 ユリウスがブルーグリーンの瞳を細めて柔らかく微笑んでくれる。メルは彼と心が近づいた気がしてたまらなく嬉しかった。そっと手を伸ばしてユリウスの髪に触れる。木々の隙間から漏れる光をあつめてクリームがかった金髪がふわふわと優しく揺れていた。彼の柔らかそうな髪に触れたい衝動を抑えられず、メルはいつも人目がない場所で触らせてもらっていた。ユリウスの瞳も髪も、あたたかな色合いでメルは大好きだった。


「わたしの瞳の色は少し濃いめの青でしょう。これは海の色なんですって。ユリウス様の瞳の色はレイクルイーズの色に似ているわよね」

「レイクルイーズに?」

「そう。林の緑が映り込んだ湖の色」


 メルはユリウスの髪を指先でいじりながら、彼の瞳をのぞきこんだ。


「ユリウス様の林の木漏れ日を浴びた柔らかい髪も好き。ユリウス様はこの地にぴったりよね。レイクルイーズの妖精みたい。わたし、ここでユリウス様と出会えて本当に嬉しかったのよ?」


 少年のユリウスに妖精のようだという例えはどうかと思ったが、それ以外の例えが思い浮かばないほどユリウスは中性的で美しかったのだ。メルの素直な言葉にユリウスの目尻が赤く染まる。


「私もメル様と出会えて本当に嬉しかった」


 気恥ずかしそうに、でもメルの目を見ながらユリウスも言葉を紡いでくれた。


「メル様の瞳も髪も好きですよ。海のように深く澄んだ瞳に、豊かな栗色の髪で美しい」

「うん。わたし、髪だけは自慢なの。残念ながら顔はお父様に似て平凡なのよね。だけど、髪はお手入れ次第でキレイになるんだって。だから頑張ってお手入れしてるの」

「髪だけなんて言わないで。メル様はいつも可愛らしいですよ」


 メルは頬が熱くなるのがわかった。本気にしていいのか、それともお世辞なのか。受け取り方を迷うメルに、ユリウスがまた優しく微笑みかけてくれる。


「あなたは私の光なんです」

「わたしが光?」


 ユリウスの言葉にメルは首をかしげる。光というなら、それはメルよりもユリウスのほうだ。ユリウスの柔らかな金髪、美しい顔、優しい心根。すべてが光と例えるのにふさわしいのに。


「あの日、メル様は私に向って全力で駆けてきてくれて。私に自分の騎士になってほしいと言ってくれた。辺境伯の反対を押し切って、純粋に私を望んでくださった」

「だってユリウス様がキレイだったから。物語の妖精みたいにキレイだったから。きっとユリウス様がわたしをこの地に呼んでくれたんだろうって思ったの。そばにいなきゃって思ったのよ」


 メルは自分でも子どもっぽいことを言っているとわかっていた。でもあの時は本当にそう思ったのだ。ユリウスから呼ばれた気がした。

 そんなメルにユリウスは「ありがとうございます」と目を細めた。


「私の母は隣国であるシュタルク帝国の人間でした。でも私は生まれた時からこの地にいます。だけど、ここではずっと客人扱いなんです。帝国の人間でもこの国の人間でもない。そんな扱いだ」


 メルからそっと視線をそらすユリウス。彼の揺れるブルーグリーンの瞳を見て、まるで迷子のようだとメルは感じた。


(ううん。ユリウス様は本当に迷子なんだわ)


 彼は自分の本当の居場所が見つからなくて迷子になっているのだ。

 

 辺境伯の客人として扱われているユリウスの出自を詮索するのは非礼にあたるため、メルも詳しくは知らない。ただ侍女たちの話で何となくは知っていた。ユリウスの母親は帝国貴族だったらしい。妊娠中に縁戚である辺境伯夫人を頼って来たということだ。父親については頑なに語らなかったことから、無理やり望まぬ妊娠を強いられたか、それとも高位貴族の妾となったものの嫉妬深い本妻から追われる身となったか。そのような噂を侍女たちがしていたのをメルは思い出した。


「母が亡くなってからは特に自分は何者なんだろうという思いが強くなったんです。帝国へ行こうにも母の実家のことも、父親のこともわからない。正直、帝国が母国とは思えないんです。だけどこの国に居ても自分はよそ者にすぎず、何になることができるんだろうと思うと虚しかった」


 ユリウスの瞳が陰るのを見て、メルの胸がギュッと苦しくなった。母親も父親もいないユリウス。たった一人でどんなに不安な毎日を過ごしてきたのだろう。


「自分がいてもいいのだと思える居場所が欲しくて、幼いころから騎士団の訓練に参加していました。でも辺境伯の客人という立場なので、団員たちからは一歩距離を置かれた扱いをされていたんです」


 メルはユリウスの髪を撫でる。彼の気持ちはなんとなくわかるのだ。

 メルが辺境伯領に来るとき、周囲に気遣って明るく振る舞ってはいたが、本当は心の片隅で、このまま辺境伯領に行ったきりで帰ってこられなかったらどうしようと不安だった。


 もしも病気が悪化したら? もしもわたしが王宮を離れている間に家族がわたしのことを忘れてしまったら? わたしの居場所がなくなっていたら?


 そんな不安を押し殺してこの地に来た。だからこそどんなときも自分と一緒にいてくれる人が欲しいと強く望んだのかもしれない。

 メルとユリウスの境遇は違うのに、どこか似ている。メルはユリウスの不安や寂しさのほんの一端だけでも分かち合いたいと思った。

 ユリウスの髪をメルが撫でる。しばらくそうしているとユリウスの寂し気な表情がふと柔らかくなった。そして彼もメルの髪を撫で返してくれた。優しく、優しく。


「そんなとき、あなたが来てくれた。私の目と髪をレイクルイーズの地にふさわしいと言ってくれた。そのとき、はじめてこの地に愛着を持てた気がします」


 あのとき、メルは彼を一目見て思ったのだ。このレイクルイーズの妖精のようなユリウスがそばにいてくれたら。この地で幸せに生活できる気がする。そんな思いがあったから、ユリウスに呼ばれた気がしたのかもしれない。

 二人は似たもの同士。互いの存在で支え合い、癒し合い、慈しみ合っていた。


「メル様は根無し草のような私に居場所を与えてくれたんです。どうかこれからもずっと。ずっとメル様のおそばにいさせてください。希望を与えてくださったあなたを生涯守っていきたいんです」

「わたしもユリウス様とずっと一緒にいたい」

「ゆくゆくはメル様に釣り合うような身分を手に入れてみせます。どうかそれまではメル様の騎士として支えさせてください」

「うん。わたしにはユリウス様だけよ」


 ユリウスの真摯な言葉にメルは迷うことなくうなずいた。

 本物の騎士のようにユリウスがひざまずいてメルの手に約束の口づけをくれる。大好きなユリウスからのプロポーズにメルは舞い上がった。嬉しくて幸せでたまらなかった。

 そしてメルはユリウスとの未来を思い描いきながらウキウキと帰路についた。


 だからこんなことになるとは思わなかったのだ。


 侍女のケイトに「ユリウス様と結婚の約束をしたの」と話したのは、一緒に喜んでほしかったからだ。しかし、その話を家庭教師にも聞かれてしまい、王女が勝手に身分のない騎士と約束をしてはいけないと大目玉を食らった。それだけでは収まらず、父王へと早馬を飛ばし報告書を送られた。父からの返事が返ってくるまでは邸内から出ることも、ユリウスに会うことも許されなかった。



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