2.騎士選び
「姫様、どうか落ち着かれてください」
メルの投げたクッションを回収しながら、侍女のケイトが声をかけてくれる。ついでにメルが両腕でぎゅうぎゅうと圧迫しているクッションも取り上げられてしまった。
「陛下のお気持ちもわかりますわ。姫様はもう17歳ですもの。早く婚約者を決めてしまわないと行き遅れになってしまいますわ」
「そんな体裁のために結婚なんてしたくないわよ。すでにお兄様には男児も生まれているし、義姉様の実家は力も忠誠心も申し分ないし。わたしが政略結婚する意味なんてほとんどないじゃない」
「陛下は姫様に幸せになってほしいのですわ。ずっと亡くなられた騎士様を思い続けておられるから」
メルの視線がすっと窓辺に向かう。あの窓から見える景色のずっとずっと先には思い出の地レイクルイーズがある。メルの体は王都にいても、心はずっとあの地にあるのだ。
メルティナは小さいころは体が弱かった。はしゃいだり走ったりすると咳き込みやすく、熱が出る。宮廷医からは気管支が弱いのだろうと言われていた。
メルが10歳になったころ、空気の綺麗なところで療養することになった。場所はレアード辺境伯領にある別荘だ。
なんでもメルの祖母が当時の辺境伯夫妻と仲が良かったのだとか。王である夫を亡くしたあとの祖母が心穏やかに過ごせるようにと、辺境伯夫妻は自分たちの領地に王家の保養地となる別荘を建ててくれたのだ。
子どものメルは辺境と聞いて、岩や密林だらけの遠い地を思い描いた。家庭教師からは辺境伯の領地はシュタルク帝国との国境沿いにある風光明媚な場所だと聞いていた。けれど、どうしても物語に出てくるような冒険の街をイメージしてしまう。
(もしかしたら洞窟や遺跡があるかもしれない。探検してみたいな)
そう思っていたメルだが実際に別荘についてみて、その美しさに「わぁ」と子どもらしい感嘆の声を上げた。白い外壁に深緑色の屋根がアクセントになっている館に入れば、2階の窓からは林の先にある湖が見渡せた。
「メルティナ殿下。気に入っていただけましたか?」
「はい! こんなに美しいところだとは思いませんでした」
屋敷の案内を買って出てくれた辺境伯の言葉にうなずき、メルは湖を眺めた。
この場所ではじまるのはメルが想像していた冒険物語ではなく、妖精が出てくるような物語に違いない。
「あの湖にちなんでこの別荘地をレイクルイーズと呼んでいるのですよ」
湖をはさんだ反対側には、観光客が訪れる大きな街があるらしい。湖のこちら側は国境に近く、森と辺境伯邸がメインの落ち着いた場所だった。
「今日はゆっくりお休みください。明日は我が領地の騎士をご紹介しましょう」
「わぁ!」
療養という名目だったので、部屋でおとなしく寝ている前提だったのか、随行員は最小限だ。レイクルイーズに滞在中の護衛は辺境伯が手配してくれることになっていた。
メルはわくわくと胸をはずませる。王宮でメルのそばにいる騎士はみんなシュッとしていて格好良い。辺境伯領の騎士たちはどんなだろうか。物語に出てくるような筋骨隆々で髭もじゃの騎士はいるだろうか。顔に十字の傷があって、左目を眼帯で覆った無口な騎士はどうだろう。
「もしかして、右手が封印された騎士がいるかも……」
「は? 封印?」
メルがきらきらと期待を宿した瞳を向けると、辺境伯は困った顔で固まってしまった。
「利き手に怪我を負ったものはおりますが、その者は騎士隊の事務職に回っております」
「……どうぞお大事に」
二人の間に微妙な空気が流れたが問題ない。とりあえず、明日になればわかるのだ。
辺境伯を見送った後、メルは気を取り直して屋敷の探検を再開した。
翌日の午後、迎えの馬車に乗り辺境伯邸へ向かう。
辺境伯夫妻へ挨拶したあとは、そわそわと落ち着かないメルの気持ちを察してくれたのか、さっそく騎士たちが集まる訓練場へと案内された。
トレーニングをしている者、打ち合いをしている者、それを見学している者など様々だ。
(すごい! 大きい!)
髭モジャや眼帯の騎士が見当たらないのは残念だったが、王宮の近衛騎士よりも体の大きな騎士が幾人もいて圧巻だった。
どうやら打ち合いを見学していた騎士たちは、メルの登場を待ってくれていたらしい。メルたちに気付くとサッと一列に並んだ。
「メルティナ殿下。こちらがレイクルイーズに派遣する騎士たちです。屋敷の警備のほかに、常に殿下のおそばで護衛をする騎士をこの中から選ぼうと思っておりますが、ご希望はございますか?」
王宮の近衛騎士と違い、辺境伯領の騎士たちは見目の麗しさを考慮されてはいない。彼らはいかつい見た目の者も多く、子どもに怖がられやすかった。彼らの実力は辺境伯も認めるところだ。誰を選んでも問題ない。どうせ怖がられるなら、せめてメル自身に選ばせようと思ったらしい。
しかし当のメルは騎士たちを前に瞳を輝かせていた。
(お姫様の専属騎士ね! どんな人がいいかしら?)
やはり見た目だけで威圧できそうなあの騎士がいいか。それとも隠し技を持っていそうな糸目の騎士か。メルのキラキラした視線を向けられた騎士たちは居心地悪そうにしながらも微動だにしない。
列の端まで視線をやったとき、メルは柔らかな光が揺れるのに気が付いた。並んでいる騎士の後ろ。一人の少年がしゃがみ込んでいた。先ほどまで打ち合いをしていたのだろう。ぜえぜえと息を吐くたびに、クリームがかった柔らかな色合いの金髪がふわふわと揺れる。なんとか呼吸を整えて顔を上げた少年を見て、メルは瞬間的に叫んでいた。
「この人にします!」
隣に立っていた辺境伯は「え? 誰のこと?」という顔をしているがメルはおかまいなしに少年の元へ駆け寄った。メルが少年の手を取りギュッと握ると、彼の肩がビクリと揺れた。
「お願い! わたしの騎士になってください!」
突然のことに驚き見開かれた少年の瞳は、世にも美しいブルーグリーンだった。




