◆【Shana's Side】Escape Plan
「「「わああぁ……♪」」」
子供たちがワクワク顔でグリルを覗き込む。そこでは肉と魚とカニが焼かれ、じゅうじゅうと美味しそうな音を立てていた。少し遅めの昼ご飯。今日は豪華にバーベキューだ。
サイドメニューで大鍋のベジタブルスープと大皿のクラッカーを用意して、好きに取ってもらう。
メインはシーフード……じゃなくて、リバーフード? そして兎肉のグリルだ。アメリカでロブスターとステーキを盛り合わせた“海波&芝生”っていう人気メニューがあるらしいけど、これはなんて呼ぶべきかな。“せせらぎ&巣穴”か。
「良い匂いなの」
「そうだな。あたしカニなんて久しぶりだ」
ハンマーでもなきゃ割れないと思ってた頑丈なカニの甲羅は、ジュニパーが食べやすいようにペキペキと指先で砕いてくれた。あたしより繊細そうな指なのに水棲馬パワーすごい。泥のなかに棲む泥棲大鋏蟹は泥抜きが必要なのかもしれんけど、もうシメちゃったから無理だ。殻を割ってもらった後で、泥が溜まるという消化管を抜いたくらいだな。
「もうチョイ火を通した方がいいかな……」
「寄生虫が気になるの? シェーナの収納で弾かれてるから大丈夫だと思うの」
それもそうか。弾かれるのは生物なので、有害な菌も含まれるのかは気になるところだ。この際、カニの食性に関してはスルー。ジュニパーから聞いた話は忘れておく。なにを食べて大きく育ったとしても味には関係ない、はず。
「それじゃ、みんな食べようか」
「「「わあぁーい♪」」」
このカニ、元いた世界の近似種でいうと、なんになるんだろな。日本の市場では見かけたことない種類なので、ホントに美味いのかはわからん。見た目と香りは、めっちゃ美味そう。まだ子供たちには剥くのが難しいので、殻から外した身をお皿に載せてあげる。
ジュニパーはカニを剥くのがむちゃくちゃ上手くて早い。動物の解体は苦手みたいだけど、カニや魚だと抵抗ないからかな。
「みんな、いっぱい食べてねー」
「ありがとう♪」
あたしはジュニパーほど上手じゃないが、殻を剥いては子供たちの皿に乗せてく。デカいカニだけあって身は外し易い。脚なんて魚肉ソーセージくらいある身がスポッと抜ける。楽だけどスケール感がおかしくなるな。ハサミの身なんて巨大すぎて笑うわ。
「スゲエな、これコンビニおにぎりくらいあるじゃん……」
「“こんびに”?」
「“おにぎり”?」
ミュニオとジュニパーが不思議そうな顔してる。うん、わかんないね。ごめん興奮して通じない単語を発してしまった。おにぎりは、いつかジャポニカ米が手に入ったら作ってみようかな。この世界に来てから、食べたお米は長粒種だけだ。いわゆる“ご飯”は、もうずいぶん長いこと口にしていない。
今度エステルに頼んでみるか。ハワイだったら日系人も多いというし、カリフォルニア米くらいスーパーで売ってそうだしな。
「うッ、ま!」
「おいし……」
カニの身を頬張った子供らが、目を輝かせている。美味しいか、それは良かった。味付けは塩だけなんだが……
「なあジュニパー、こっちのひとってカニに何かつけたりする?」
「調味料のこと? さあ……ぼくも実際に食べるの初めてだから。でも、海のカニとかは、海水で茹でるだけで十分だって話を本で読んだことある」
素材の味を生かすわけね。自分としてもそれは賛成だ。アメリカではロブスターにガーリックバターとか聞いたけど、バターもニンニクもないしな。オリーブオイルとガーリックパウダーで代用するか?
「あ、こういうのどうかな?」
ほぐしたカニの身を皿に持って、調味料代わりにカニ味噌をトッピングしてみた。子供らの好みにはそれほど刺さらなかったようだけど、味見した大人たちには美味いと好評だった。
「それじゃ、あたしたちも食べようか」
「「はーい」」
子供らへの取り分けが済んだ後、あたしたちも大人たちと一緒に食べ始める。カニの身を口に入れたミュニオとジュニパーが、ふにゃっと幸せそうな笑顔になった。たぶん、あたしも似たような顔をしているんだろう。
「ふわあぁ……泥棲大鋏蟹って、こんな味なんだね」
「すっごく美味しいの♪」
「おおぅ」
あたしの知ってるカニよりも味が濃いな。噛むたびに香りが鼻に抜けて、甘味と旨味がジュワッと広がる。カニ味噌をトッピングすると、エビとカニとチーズが合わさったような濃厚で複雑なハーモニーになって……なんだろ、ご飯が欲しくなる。
よく大人がいうてた“酒が欲しくなる味”ってのが、こんななのかもな。
「シェーナ、ミュニオ、齧歯硬骨魚も美味しいよ?」
スープの横に並べておいた調味料をあれこれ試したジュニパーから、塩胡椒とガーリックパウダーをお勧めされた。次点でカレーパウダーだそうな。
「これも美味しいの」
「たしかに美味いけど、こっちもエラいボリューム感だな……」
タンバキは身離れの良い魚で、小さめに切り分けてもらった身でも厚めの文庫本くらいのサイズになる。小骨もなく臭みもなく、噛むとホロリと崩れて不思議な風味が広がる。肉厚で適度な歯応えがあって、脂が乗ってて……食感は、ちょっとだけウナギの白焼きに似てるか。
フルーツを好んで食べるというけど、さすがにフルーツの風味はしない。そのあたりはカニもアレなので、ひと安心というところだ。
◇ ◇
「川から河口まで見てきたんだけど、一箇所を除けば問題なさそうだったよ」
あたしたちは食後、避難民の大人を地上階に集めてここからの脱出計画について話す。移動手段として手に入れたゴムボートを見せると、彼らは真剣な顔で検討し始めた。
「シェーナさま、その問題というのは」
「途中に、小さな滝がある。高さは約2メートルで、ボートに乗ったままじゃ超えられない」
いっぺんボートを岸に着けて、徒歩で滝を降りて、また舟に乗る。邪魔が入らなければそれほど大きな問題ではない、とはいえ。正直この状況で、邪魔が入らないとは思えん。
敵に追われた状態で滑り易い垂直面を降りるのは、転落や落水の危険があった。全員に救命胴衣は着けてもらうが、滝の周辺は流れが早いので流されてしまう。子供たちがいるので安全性の確保は最優先だ。
「できる限り見つからないように、逃げ切れるようにがんばるとして、もし水に落ちたひととかハグレたひとが出たら水棲馬が拾うから、ミュニオとシェーナで敵への対処と小舟の操縦をお願い」
「わかったの」
「……うん。それが現実的かもな」
元々がムリめの逃避行だ。最初から何もかも万全とまでは考えていない。できるだけのことを、全力でやるしかない。
「なにか運びたい荷物があれば、あたしが持ってくけど……」
「わしらに、持ち物はないだよ」
「みな着の身着のままで逃げてきたんでなあ」
大人たちは、困った顔で笑う。大変だったんだろうが、この場合は幸いだ。無機物は懐収納で運ぶとしても、もし財産が家畜とかだったら詰んでた。敵が踏み込んでくるような場所に、大事な生き物を置いていくのも抵抗あるしな。
「それで、肝心な聖なる樹なんだけどな。運べるかどうか試していいかな?」
あたしは大人たちに、イルミンシュルの隣に植えたマイクモールを見せながら説明する。マイクモールというのは、この辺りに自生するイルミンシュルと似たサイズの果樹だ。植樹可能か確認するため、いったん収納した後で植え直してみたが、いまのところ問題はなさそう。
「お願いいたします」
「ああ、頼むだよ」
避難民たちの許可を得て、イルミンシュルの若木に近づく。樹高はあたしの身長と大差ない、百六十センチ前後。“聖なる樹”とやらに思い入れがないせいか、見た目はさほど特徴もない若木だった。
懐に入れる感じで収納すると、おおっとどよめきが上がった。驚きと、わずかに不安そうな声だ。後は、移住先で無事に植え替えられるかどうかだな。
「これで、いつでも行ける。他に用意は?」
「ありません。みな覚悟もできております」
「それじゃ、子供たちにも伝える?」
ジュニパーの問いに、マイエルさんが苦笑しながら首を振った。マイエルさんは長老ヌマグさんに次ぐ年長者で、大人たちからの信頼も厚い。
「旅立つことは、もう知ってるだよ。どうも誤解はあったがの」
「誤解って?」
「天の国に旅立つと思ってるのがいただよ」
「いや、なんで⁉︎」
「ジュニパーさまたちが、救いの手を差し伸べてくださったからでしょうか」
「「「???」」」
マイエルさんとヌマグさんにいわれて、あたしたちは首を傾げるしかない。
子供らの気持ちはわかるといいながら、元猟師のルエナさんが教えてくれた。
「飢えて震えて死にそうになってたところで、あったかくて柔らかな寝床と、この世のものとも思えんような美味い食い物を腹いっぱい食わせてもらったからだなや。そこは本当に感謝しかないだが……」
ルエナさんは、階上を指す。幸せそうな声で笑っている子供たちを。
「あいつらは、あんたがたを天使だと思ってるだ」




