◆【Shana's Side】Fatal Cancer
翌日、あたしとジュニパーはエステルのアドバイスに従って川の下見に行くことにした。川を脱出経路として使えなければ、移動計画を大きく見直さなければいけなくなる。
「良かった、雨は上がったみたいだね」
たしかに、夜明けまで降っていた雨は止んでた。とはいえ熱帯雨林地方の常として、空が晴れ渡るってことはない。いずれ雲が流れてきて雨は降るんだろう。わずかな晴れ間をついて行ってくるしかない。
「それじゃミュニオ、城砦遺跡の守りをお願い」
「できるだけ、早く帰ってくるからね」
「大丈夫、任せるの♪」
ミュニオと避難民たちの見送りを受けて、あたしたちは川に向かった。初めてこの島に上陸したとき、城砦遺跡を発見する前に見かけた川だ。少し迷ったけど、城砦遺跡から四百メートルくらいのところで見覚えある川面を発見。
そこからは川に降りて、海までの最短距離を辿る。
「思ったより流れが早いねえ」
「それだけ水量があるってことだろ。底がつかえるより良いよ」
水棲馬になったジュニパーは、ミズスマシのようにスイスイと水面も歩ける。いつでもどこでも可能というわけではなく、本人曰く“気合いと勢いの続く限り”らしいけどな。うん、わからん。
理屈はともかく、ケルピー川下りは順調に進み、二十分ほどで海に出ることができた。
「河口付近からは深くなってるから、パトロールボートで行けそうだね」
「おっけー、ここまでの距離は……」
「体感で、8キロくらいかなあ」
ジュニパーの足なら二十分でも、連結した三艘のボートなら数倍は掛かる。最低でも一時間は見ておいた方がいい。
それよりなにより、懸念事項だった水面の落差だ。エステルの予想は正しかった。最大の難所は、中間地点にあった高低差2メートルほどの滝。通過不能なポイントがその一箇所だけなのは幸運だったともいえるが、避難民たちをボートに乗せたままではどう考えても越えられない。
「いっぺん岸に降ろして、ボートを収納して……いや、どうやって滝を下りるかも考えなきゃだな。う〜ん……」
悩んでるあたしを振り返って、水棲馬がジュニパーがニーッて笑う。
「飛ぶ?」
「それは、誰が? どうやって?」
「ほら、ぼくが小舟を引っ張って、やー! って」
いや、“やー!”じゃねぇし。みんなが派手に撒き散らされる未来しか見えん。
「緊急事態ならともかく、急ぎじゃなかったら滝はいっぺん降りて越えよう」
「ぷー」
ほっぺた膨らますな八歳児。つつくぞ。
「あれ」
「どうした、ジュニパー?」
なにかに気づいた水棲馬ガールが、あたしを乗せたままパカポコと水辺に近付く。緊張も警戒もしてないから、敵って感じじゃないな。周囲を見渡してみても、特に気になるようなものはない。
「ほら、あれ」
ジュニパーが前足で小石を蹴ると、川底の泥がゴボリと動いて座布団ほどの青黒い生き物が姿を現す。
「……カニ?」
「泥棲大鋏蟹だね。ぼくも図鑑でしか見たことない。実物は初めてだけど、あんなに大きいんだね」
「食えるのかな」
最初の感想がそれ? という顔で笑うけれども、自身も食いしん坊なジュニパーはすぐにワクワクした表情になる。
「図鑑には“食用で美味”って書いてあったよ」
「へえ、捕まえてみようか。あたしカニけっこう好きだから、美味しいなら食べてみたい」
「いいけど、ハサミには気をつけてね。ひとの指くらい簡単に切断するらしいから」
デカいハサミは凶悪そうな形で、たしかに指くらい楽に落とせそう。となると、どうしたもんかな。相手は脚を広げたら一メートル近い巨大ガニだ。ナイフで仕留めようにも甲羅は頑丈そうだし、かといって銃で撃ったらバラバラになっちゃいそうだしな。威力の低い22口径弾ならどうにかなるか?
「ちょっと待ってて」
岸辺の岩にあたしを降ろして水に入って行ったジュニパーは、水棲馬姿のまま後脚で軽く泥を蹴上げる。こちらに飛沫が飛ばないよう角度を考えてくれたんだろう。少し離れた岸辺に五、六匹の大蟹が次々と打ち上げられた。見ると逃げる様子はなく、ひっくり返ったまま泡を噴いている。
「シェーナ、カニが気絶してるうちに、いい感じで、こう!」
あたしに踏めと。まあ、ジュニパーの脚力でやったら粉砕しそうだもんな。試しに甲羅をカカトで踏むと、コキンと甲高い音がして跳ね返された。
なんだこのカニ、めっちゃ硬ってえな⁉︎
もう少し力を込めて、何度か踏んでみて収納を試す。生きてるうちは弾かれるから、生死のチェックには便利だ。トライ&エラーでコツをつかんでからは、素早く上手いこと締めることができるようになった。
「あれ、この魚は?」
ジュニパーが岸に蹴り上げてくれたなかに、魚が混じってた。こっちもデカくて、体長は1メートルちょっと。尻尾をつかんで持ち上げると重さ40キロくらいはありそう。
「たぶん、だけど齧歯硬骨魚だと思う。それも美味しいらしいよ?」
当然ながら、知らん名前だ。こちらも気絶してるので、調理用ナイフで締める。カニに比べると魚は楽でいいな。
このタンバキという魚、よく見ると外見がピラニアっぽい。小さめの口には鋭い牙が並んでた。
「こいつが丸々と太ってるのは、あれだろ。大きな戦争があった後に良く育つっていう……」
動物の死骸を喰らって大きくなった魚を食うのは、ちょっとばかり抵抗がある。そう伝えるとジュニパーは首を傾げるようにして苦笑した。
「雑食性だから間違ってはないけど、タンバキって川に落ちた水辺のフルーツを好んで食べるんだって」
「え? フルーツ?」
「うん。その歯で果実をガリガリかじって、種だけペッて出すらしいよ。それで現地ではガリガリ・フィッシュって呼ばれるとか、図鑑には書いてあった」
なんだ、その可愛らしいネーミング。ていうか、この見た目でフルーツ食とか、どんな魚だよ。と思いつつも食うこと考えると気が楽になったあたしに、ジュニパーが苦笑した理由を話す。
「でもカニは生き餌よりも水底の屍肉を好んで食べるから、神話の時代から死の象徴だったんだ」
いや待って、あたしが楽しみにしていたのはむしろ魚ではなくカニなんだけど……
「だから……争いごとの後に大きく育つのは、カニの方かな?」
「おい」




