◇【Esther's Side】余波と余震
あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いいたします
「エステル嬢ちゃん、こっちだ」
ホテルのエントランスで、テオおじちゃんが手を上げる。ド派手なハワイアンシャツとショートパンツで現地に溶け込もうとしているのはわかるものの、目を引く巨体で目的は果たせていない。
「似合わないか?」
「ううん、すっごく似合ってる。けど、目立たないという意味では失敗かもね」
おじちゃんは笑顔で肩をすくめて、車までエスコートしてくれた。
今日からはレンタカーではなく、曾祖父のガレージにあった古いランドクルーザーだ。車体色は鮮やかな赤で、なんでかドアと屋根は派手なピンクに塗り分けられている。改めて見ると呆れるような色彩感覚だが、ハワイの日差しの下では一周回って気にならなくなるのが不思議だ。
実際、周囲を走っている車は、レンタカーも含めて米国本土よりも明るい車体色が多いようだ。
「この車、どうしてこんな色にしたのかな?」
「さあな。アニキは良く、“深紅はラッキーカラーだ”なんていってたが……」
おじちゃんはマニュアルシフトのランドクルーザーを器用に運転しながら、ぜんぜん信じていない口調でいう。
「本当は違ってたってこと?」
「おそらくな。でもウソって意味じゃねえよ。アニキは例のM1887みてえに、あちこち赤くした武器やら商品をシェーナ嬢ちゃんのいる世界に送ってた。なんか他にも目的があったのかもしれねえが、アニキなりのジョークでもあったんじゃねえかと思っただけだ」
「ジョーク?」
「ああ。大嫌いな“共産主義者”をこの世から放逐するってな」
とかなんとかいっているうちに、最初の目的地であるMJリミテッドに到着した。リストにあったヘンドリクスという人物に、曾祖父の名を出して面会を依頼してある。
応接室で対面した最高経営責任者のヘンドリクス氏は、壮年の穏やかそうな人物だった。見た目は少しだけリーアム・ニーソンに似ているが、痩せていて戦う力はなさそう。
曽祖父の死を伝えると、彼は公告でそれを知っていた。葬儀は親族のみで執り行われたため参列は叶わなかったが、惜しいひとを亡くしたとお悔やみの言葉をもらった。
テオおじちゃんから“俺の死を嘆くな。笑え”という遺言を伝えられると、クシャクシャの顔で涙を堪えながら必死に笑みを浮かべた。
「わたしを、……わたしたちを、救ってくれた聖者の言葉です。違えるわけには、いきませんね」
しばらく思い出話をした後、冷静さを取り戻したヘンドリクス氏に私が曾祖父の事業を引き継ぐことを伝える。
そのこと自体は大歓迎してくれたが、シェーナから受け取った金貨と銀貨をサンプルとして渡すと彼は少しだけ背筋を伸ばして真剣な顔になった。
「今後エステルさまが持ち込まれる金の量にもよりますが、アメリカ政府との事前協議は絶対に必要です」
「はい。生前の曾祖父から直接には聞けませんでしたが、大まかな状況は理解しています。ヘンドリクスさんには、協議と交渉のサポートをお願いできないでしょうか」
「俺からも頼む」
「承知しました」
“聖者”の曾孫からアポイントメントがあった時点で、想定はしていたようだ。いくつかの質問と意見交換の後、政府関係者とのミーティングが設定された。
電話一本で即決だったのを見て、もしかしたらヘンドリクス氏は思った以上の大人物なのではないかと考えを改める。テオおじちゃんに視線を向けると、笑顔で首を振りながらソファに寄りかかった。
「向こうの反応の速さは、ヘンドリクスがすごいからじゃねえよ。それだけアニキが警戒されてたってだけだ」
「ええ。この段階でのわたしの役目は“政府監査役”への連絡役でしかありませんから」
「オーディター? それは、情報機関の方ですか?」
「政府への請願や問題提起を聴取して緊急性や実現可能性を判断し、関係各所との調整を行うフロントスタッフです。かつては“受付嬢”と呼ばれていましたが、時代に合わせてこの名称になりました」
「そこから段階を踏んで、調整と交渉が行われるわけだな。ちなみに、エステル嬢ちゃんの件は、どの程度の“緊急性”になる?」
テオおじちゃんの質問を聞いたヘンドリクス氏は、これからの動き方しだいだと苦笑した後、真顔になって声を落とした。
「曾祖父様が半世紀前、最初のクライアントとともに母国で行ったレベルの行動をアメリカで、前置きなく独断で起こせば、わたしたちはまず間違いなく消されます」
「おい、そんなにか」
「もちろんです。あれは世界的な金相場を崩壊させかねない大惨事でした。実際、かなり控えめに行われたと思われる二度目の行動でさえ、世界を揺るがし、結果的に彼の国を半ば滅ぼしたわけですから」
二度目というのが、シェーナたちとの取り引きとその余波か。となると、その“最初のクライアント”との取り引きがどれほど莫大なものだったのかは想像に難くない。そして、それがどれだけ無思慮に独善的に行われていたのかも。
「政治的にも経済的にも孤立した南の小国家に、十全の対応を求めるのは酷というものかもしれませんが」
悪くいうのは曾祖父の功績を貶めることになるからか、ヘンドリクス氏はフォローしてくれるけれども。アメリカ政府も今度は見逃したりしないだろう。
というよりも……
「ヘンドリクスさん。もしかして、私たちにも監視が?」
「付いているはずです」
「おい、そんなはずねえだろ。俺だって監視がないことくらい、いつだって確認してるぜ?」
「もちろん弊社としても同様です。しかし過去の経緯からして、メドベージェフ家の動向を見逃すことは有り得ません。曾祖父様が亡くなられたのであれば、なおのこと。監視を確認できないのだとしたら、監視対象に察知されるほど稚拙なものではないということでしょうね」
私とテオおじちゃんは顔を見合わせる。
私たちは正直なところ、そこまでの緊急性を感じてはいなかったのだ。曾祖父の手紙も同様で、“換金の手間を省きたければMJリミテッドのヘンドリクスに依頼してくれ”というようなことがサラッと書いてあっただけだ。
私たちは思ったよりも危ういところに立っていた――そして、いま現在も同じく薄氷の上に立っている――ことがわかった。
さらにいえば。ヘンドリクス氏の推測が正しいとしたら、共産主義国の武装勢力による別荘襲撃も、おそらくシェーナに委ねたその後始末も。アメリカ政府は監視し把握しながらも手出しせず見て見ぬふりをしていたということになる。
嫌な想像だが、もしかしたら曾祖父の“事故死”もだ。
「ですから、まず私どもに調整と交渉を依頼いただいたことには感謝しています」
危ないところだったというようにヘンドリクス氏はホッとした顔をしているけれども。きっと危険は去っていないし、これからも安全にはならない。
「エステルさまには、サー・サイモン・メドベージェフの後継者として、ミル=ヨシュア・リミテッドが最大限の支援と貢献をお約束いたします」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
と話しつつ、私は思わず怪訝そうな顔をしてしまう。
「ミル=ヨシュア?」
MJというのが、その頭文字か。どこかで聞いた気がする。テオおじちゃんに目をやると、知らなかったのかというような顔をされた。
「先ほどお話にあった、曾祖父様の最初のクライアントです。多大な恩恵を受けたとのことで、わが社の社名にも取り入れられました」
「ああ。あの国でも、病院やら公園にやたらと付けられてたな」
私が生まれる前、メドベージェフ一族(と、当時曾祖父の護衛だったテオおじちゃん)が暮らしていた国で、曾祖父が立ち上げた工場や病院は“ミル=ヨシュア縫製工場”と“ミル=ヨシュア記念病院”、ショッピングモールやらアミューズメントパークがあった一帯も“ミル=ヨシュア記念公園”と名付けられていたそうだ。
そこで思い出した。その名前は、曾祖父が遺した遺言書というか引き継ぎ書というか、私に宛てられた手紙の最後に書かれていた。
“追伸。もし、前のクライアントである日本人のヨシュア魔王陛下、もしくは彼のワイフのドワーフ、ミル妃陛下が訪れたら、わたしから最大級の感謝を伝えてほしい”
その後には、こう続いていた。
“あなたたちのお陰で、これ以上は望むべくもない幸せな人生だったと”
実際には、あまりにも大きすぎる恩恵を受けたことで、曾祖父のなかには一種の負い目のようなものがあったのではないだろうか。単なる推測でしかないが、それが“最後のギャンブル”につながったと考えれば腑に落ちる。
とはいえ、彼らに感謝していること自体は嘘ではないのだろう。
実際、自らの政治的な負い目に潰されてしまったらしい彼の義父の伏せられた死を鑑みるに、曾祖父は――少なくとも本人と彼を知る周囲の者たちにとって――良き人生を送り、良き最期を迎えたといっていい。その多くは、ミル=ヨシュア夫妻との取り引きによって得られたものなのも事実だ。おそらくは良くも悪くも、だが。
「ヘンドリクスさんは、そのひとたちに会ったことは?」
「いいえ。私が曾祖父様と初めてお会いした頃には、取り引きが途絶えて三十年ほど経っていたはずです」
「俺も会ったことはねえな。おそらく、アニキだけだと思うぜ」
曾祖父のメッセージからは、その恩人夫妻が現れることはあまり現実的ではないように感じられた。すでに関係が途切れているからか、亡くなっている可能性が高いのかは不明だが。
ヘンドリクスさんに礼をいって、私たちはMJリミテッドを出た。政府関係者とのミーティングは二日後。そのときまでには、今後の算段が必要になる。
「エステル嬢ちゃん」
ランドクルーザーのワイパーブレードに、商用名刺が挟まれていた。カンパニーネームもメールアドレスもなく、記載されているのはフォンナンバーのみ。名前もあるが、偽名ですといわんばかりの“S.グレイ”。これなら“ジェーン・ドウ”の方がまだマシだ。中央に捺された紋章印がなければ即座に破り捨てていた。
私たちへの挨拶というか警告というか、ヘンドリクス氏との会見で出た監視の話題をも把握しているというアピールもあるのだろう。
国土を表わす空と水と山脈の意匠を配した盾と、それを抱えた鷲。国土安全保障省の紋章だった。
「最初に動いたのが、ここかあ……」
私たちメドベージェフ家は、たぶん経済テロの容疑者としてマークされているということだ。
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