◆【Shana's Side】Surrender and threats
書籍化作業で間が空いてしまいました
翌日は午前中から湿度が上がって、あからさまに厚みを増した雲が空を流れてゆく。城砦遺跡の物見塔で、あたしとジュニパーは北側の見張りを行っていた。
「今日はスコールが来そうだな。昨日ほとんど降らなかったから油断してた」
「いまは雨季に入る頃だって、ミュニオが言ってたもんね」
「島に上陸したときも降ってたから、雨季でも乾季でも降るときは降るんじゃないのか?」
「そうかもね。地上の熱が上昇気流を生んで、上空で急速冷却されて大粒の雨が降るのが雨季のスコールなんだって」
厳密にはスコールじゃない、ってだけで乾季でも雨は降るわけだ。そら熱帯雨林ってぐらいだからな。上陸したときの雨を思い出してみたものの、大粒かどうかは程度問題な気がする。
ここでは“乾季”って字ヅラほどには乾いたりしなさそう。あたしは転移者特典なのか、この世界の言葉は自動翻訳っぽい感じで耳に入ってるけど、“乾季”というのもネイティブのニュアンスとは少し違うのかもしれん。
少なくともあたし個人の印象としては、“ちょっと雨季”と“めっちゃ雨季”みたいな感じ。
「いってるそばから降ってきたよ」
ザバザバと降り注ぐ雨は視界を覆って音も気配も掻き消す。こんなときに敵襲があったら厄介だな。この気候に慣れた現地住民や魔物なら、それを利用して接近してくることは十分に考えられた。
「シェーナ、ジュニパー」
梯子を登ってきたミュニオが、あたしたちに声を掛けてきた。銃を背負ってはいるが、防水布を巻いたままだ。どうやら敵襲、って感じじゃなさそうだな。
「なにか来るの。でも敵意は感じないの。……むしろ、怯えと諦め」
「なんだ、そりゃ。そんな相手、いたっけ」
「……ああ。シェーナ、あれ」
ジュニパーが呆れたような困ったような声でミニエーズ方向を指した。降り注ぐ雨と飛沫と霧でぼんやりとしか見えんが、近づいてきてる人影があった。
「誰?」
「先頭にいるの、森で捕まってた冒険者だね」
仲間がゴブリンに喰われて、自分も喰われかけてた女か。雨で良く見えないし、あんときは泥団子みたいになってたから、もし見えたところで個人の判別はできん。
戦う前から敗残兵みたいな、五人の男女がトボトボと歩いてくる。武器を持ってはいるが、こちらへの敵意はなさそう。というよりも、なんだか生きる気力もなさそうだ。
あの女と一緒に向かってくるなら、きっと冒険者なんだろう。薄汚れて濡れネズミでボロい服を痩せた身体にペッチョリと張りつかせて、避難民にしか見えない。
「なにしてんだ、お前ら」
階下に降りたあたしたちが城砦遺跡から出て声を掛けると、俯いていた連中がゆるゆると顔を上げた。そのまま全員がそろって武器を捨て、両手を広げる。これは友好の表現でも非武装のアピールでもないな。
「さっさと殺せ」
「は? なんでそうなるんだよ」
「わたしたちが殺されたら、それを口実に町の住人たちを集めて、ここに攻め寄せる」
なんだか他人事みたいにいってるな。もう決定事項で自分たちには関係ないんだって感じ。それはともかく……
「ミニエーズは、住人を動員するの? 兵士じゃなくて?」
ジュニパーの疑問は、あたしも思った。そもそも、なんでこいつらが来たのかもよくわからん。
「いまいる兵士は、町を守るのに最低限必要だって。だから外向きに出せる戦力は、冒険者か住人だけ」
あたしたちに倒されたからな。みんな死んだわけじゃないだろうけど、たぶん戦える兵士はほとんどいない。だとしても、それを本人にいうなよ。自分らの都合で勝手に攻めてきた結果じゃねえか。
「だから、殺せ」
「いや、知らんし。なんであたしたちが、そんなことしなきゃいけないんだよ」
ミニエーズの連中がなにを考えてこいつらを送り込んできたとしても、あたしたちがそれに乗ってやる理由はない。
こちらを殺そうとしてきたならともかく、なんの恨みもない相手を、それも無抵抗な相手を、わざわざ殺したくなんかない。ぶっちゃけ弾薬にはコストも掛かるしな。
「あなたたちが、ミニエーズを壊したんだ。だったら、最後までぶっ壊してもらう」
「お前らがどうなろうと、あたしたちには関係ない。さっさと帰れ」
「……帰るところなんて、ない」
「だから、知らんて!」
でも状況は、なんとなく理解した。ミニエーズには、もう政体を維持できるだけの戦力がない。あたしたちが倒し過ぎたせいで、南北ミエニー族間のバランスが崩れたんだろう。
でもホント、知らんから。襲われたから抵抗しただけだ。南も北も魔物も平等に、迫る脅威を排除した結果でしかない。
殺そうとしてきたんだから、殺される覚悟だってあんだろ。
「ミニエーズは、あたしたちだけじゃなくて北部のミエニー族とも敵対してんだろ? それに加えて、ダンジョンからの魔物もか。だったら、お前ら冒険者も貴重な戦力だろうに。無駄に潰すくらいなら武装させて、敵に当てればいいじゃねえか」
「混血は下級市民にしかなれない。不測の事態が起これば切り捨てられる」
「ああ、もう……ウザッ!」
そのとき、後ろに控えていた男たちが緊張して身構え始めた。あたしたちに対してではなく、周囲に目をやりながら自分たちの武器を拾おうとする。
「シェーナ」
あたしを抱え上げたジュニパーが、水棲馬の姿に変わって背に乗せる。視線を上げると、物見塔でミュニオがカービン銃を西方向に向けているのが見えた。
「あれ、は……」
冒険者たちが息を呑み、ざわりと森が揺れた。
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