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ネオジェネシス ―オリゾン戦役―  作者: 竜の牙


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第八話 フューリーは覚えている

フューリー・タヴィア・ヴェンは護衛も連れずに現れた。


ただ扉をくぐっただけで、S級センチネル十人の背筋が伸びた。


アリは、彼女をすぐに嫌いになった。


タヴィア自身が怖いからではない。


ハルシオン全員が怖がったからだ。


五秒前まで共用室では、トーマとレンが充電器の所有権について争っていた。


イランは「盗みには故意が必要だから、意図がなければ盗難ではない」と意味のない弁護をしていた。


ブラムは向かいの壁から、アリを見ていないふりをしていた。


扉が開いた。


静寂。


タヴィアは大柄ではない。


ソレンより頭一つ低い。


銀髪。


細身。


黒い制服には、喉元の金具以外ほとんど装飾がない。


顔だけなら四十代にも見える。


目だけは違った。


もっと長い時間を知っている目。


彼女は室内を見回した。


まるで、自分が建てられる前から知っている家を点検するように。


「ソレン」


「フューリー」


「ケイド。まだ二つ出口が取れる場所に立つのね」


ケイドは答えない。


「ダイン。左肩が悪化してる」


ダインが、自分の肩を見た。


言われるまで気づいていなかった顔。


そしてタヴィアはアリを見る。


鼻の下に残った薄い血痕。


「深層再構築を始めたのね」


質問ではない。


「ブラムに必要だった」


「ブラムは、必要なものを必要とすること自体を嫌う」


壁からブラム。


「久しぶりだな」


タヴィアの口元が、笑う一歩手前だけ動く。


「何分?」


オリンが答えた。


「十一分。最大負荷、C級単独ダイアド標準値の七一パーセント超」


タヴィアの目がブラムへ移る。


「代理固定?」


ブラムは腕を組む。


それで十分だったらしい。


アリが訊く。


「名前があるの?」


「悲嘆が作戦能力を壊す方法には、大抵名前がついている」


タヴィアは手袋を一本ずつ外した。


そして、イリアの空席へ座った。


部屋の空気が変わる。


マレクが固まった。


アリが彼を見る。


タヴィアは両方に気づく。


「私はハルシオンが存在する前からイリアを知ってる。六分くらいなら、この椅子も私に耐えるでしょう」


マレクの顎が動いた。


座り直す。


タヴィアは両手を卓へ置いた。


「短い説明と、役に立つ説明。どっちがいい?」


「役に立つほう」


「でしょうね」


ソレンは立ったまま。


「座りなさい。裁判みたい」


「違うんですか」


「裁判なら、あなたは訊かない」


ソレンは座った。


タヴィアはアリを見る。


「ブラムがおまえの周囲に作った構造。あれを《代理構造》と呼ぶ」


雨。


壊れた駅。


黒い編み髪。


「代替ガイドがアクセスだけを継ぎ、歴史を継がないとき、センチネルの神経は失った関係を再現しようとする」


アリは十人を見る。


「一人ずつ違う」


「当然」


タヴィアの声は乾いている。


「十人は、十人それぞれ別のイリアを失った」


レンが目を伏せる。


アリの頭に手書きの文字。


十は、一ではない。


「その十人分を、私が背負う?」


「一時的には」


「鼻から脳みそが出そうになったものを、一時的って言うんだ」


ジョリンが笑いを噛み殺す。


タヴィアは無視する。


「代理構造は高くつく。敵対的なら、もっと高い」


タヴィアは指を四本立てた。


「世界。センチネル。自分自身。死者の脚本。四つを同時に維持する」


五本目の指を立てる。


「そこへ次のセンチネルが来る」


一拍。


「十人いれば、十回来る」


今度の沈黙は重かった。


「死ぬ?」


オリンが先に答える。


「神経老化。血管損傷。内分泌破綻。極端な場合は認知断裂」


タヴィアが続けた。


「一人が悪い夜を過ごしたから死ぬんじゃない。悪い夜が十年続いて、その間ずっと、他人が生きるための構造物にされるから死ぬ」


アリは言葉を失う。


「イリアは十五人で、それをやってた」


タヴィアの表情が変わった。


柔らかくではない。


古く。


「最盛期なら、深層ループ十七を精度劣化なしで維持できた。短時間なら二十」


アリはオリンを見る。


「SSS」


「そう」


タヴィア。


ジョリンが眉を寄せる。


「じゃあ、SSSなら耐えられる?」


「あの状態のブラムを十人並べても?」


ジョリンが黙る。


タヴィアはブラムを見る。


「イリアは強かった。でも、おまえはイリアに壁を作り直させる必要がなかった」


ブラムの目が細くなる。


「何年もかけて、どこまで押せば壊れるか互いに覚えたから」


タヴィアは卓を一度叩いた。


「階級は容量。関係は効率。片方だけ見ていれば、いずれ誰かが死ぬ」


誰もアリを見ない。


それが余計につらい。


最初に動いたのはダインだった。


調理区へ行き、保温庫を開け、栄養パックを一つ持ってくる。


アリの横へ置く。


何も言わない。


謝らない。


燃料だけ。


タヴィアは、ダインが栄養パックを置くのを黙って見た。


アリは拒否すると意味が大きくなりそうなので封を切る。


タヴィアの視線が追悼壁へ移った。


「ハルシオンの系譜は、おまえたちが生まれる前から知っている」


トーマが背を預ける。


「それは不可能っぽい」


「ただ古いだけ」


「どのくらい?」


「答えが欲しい? それとも不死を抽象概念のまま口説いていたい?」


トーマは少し考えた。


「抽象で」


タヴィアは無視した。


「ケリス撤退で前身コンコードがガイドを失ったときもいた。交代ガイドは四か月で潰れた。六人のセンチネルが死んだ女を新しい女の中へ再建し続け、軍はそれを『安定』と呼んだ」


アリを見る。


「それを見て、私は交代成功をセンチネルの稼働率だけで測ることを禁じる規程を書いた」


「じゃあ、ガイド側も測る人がいる」


「いるはずね」


オリンへ飛ぶ視線は露骨だった。


オリンが両手を上げる。


「測ってる」


「次は七一パーセント超える前に止めなさい」


オリンは端末を下げない。


「止めた結果、一人が配備不能になる場合は?」


タヴィアはすぐには答えなかった。


「配備不能と記録する」


ソレンの視線が二人の間を動く。


「有効な出撃命令があっても?」


「命令で損傷した神経が未損傷にはならない」


アリが言う。


「でも、ガイドへ差分を持たせる命令は出せる」


タヴィアがアリを見る。


「出せる」


慰めは続かなかった。


オリンはアリの負荷記録を開いた。


停止基準の下に、空の医療権限欄。


タヴィアが触れる。


署名と時刻が入った。


**MEDICAL SUSPENSION - REASSESSMENT REQUIRED**


「再評価まで医療停止。上書きするなら私へ戻す。アリの数値を添えて」


オリンは彼女の指が離れる前に保存した。


アリはその動作を見る。


署名で安全になるわけではない。


次に誰かが危険を命じるなら、名前が残る。


ブラムがオリンの代わりに不機嫌そうになる。


少しだけ可笑しい。


本当に少しだけ。


アリは栄養パックを半分飲んだ。


「どうして私なの?」


タヴィアは誤魔化さない。


「配属命令が有効だから」


「それは答えじゃない」


「私が開示を許されている答えはそれだけ」


ソレンの顔が硬くなる。


「フューリー」


タヴィアは制服の内側へ手を入れた。


十人が反応する。


恐怖ではない。


認識。


細い黒いデータ片を卓へ置いた。


**IRIA SORN - SUCCESSION / HALCYON**


アリの喉が止まる。


封印表示は黒いまま。


「私はおまえを選んでいない」


部屋が静まり返る。


アリはデータ片を見る。


イリアの椅子を見る。


「誰が選んだの?」


「後継権限は封印されている」


「誰の封印?」


タヴィアが手袋をした一本指を、表示された名前へ置いた。


「イリア・ソーン」


マレクが完全に動かなくなる。


ソレンの圧力が鋭くなる。


ケイドはアリではなくタヴィアを見る。


ブラムの怒りが次に来る。


アリではない。


死んだあとまで何かを決めていたイリアへ向かっている。


レンは封印片を凝視する。


時刻。立会人。いつ決めたのか。誰が先に知ったのか。


そういう欄がどこかにあるはずだという顔。


ダインは一度だけ空席を見る。


いつも何かをしている両手が、何も持っていない。


オリンは予想外の検査結果を見るときの目で封印を見る。


トーマは動かなくなる。


イランは笑った。


完璧すぎて、まったく本物に見えない笑み。


ジョリンが最初に声を出した。


「イリアが後継指示を残した?」


「そう」


「アリを指名して?」


「内容は封印中」


ソレン。


「なぜ通知されなかった」


「開封条件が満たされていない」


「条件は?」


タヴィアの指はイリアの名前の上。


「それも封印」


初めて十人全員が、同じ閉じた物を見た。


誰もアリを見なかった。



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