第十七話 オリゾンの鍵
帝国の補助データは、最初からアリを見つけるための索引だった。
ケイドが戦術壁へ投影する。
最初の三行。
**SUBJECT : VEY, ARI**
**ACCESS CLASS : ORISON / RECIPROCAL**
**STATUS : SUSPENDED**
アリは最後の単語を見る。
「停止中」
ケイド。
「死亡でも失格でもない」
ソレン。
「停止理由」
「次」
ページが変わる。
帝国語と軍用符号の混在。
レンとイランが同時に読み始める。
「この部分、航路認証じゃない」
「人間の認証形式」
ダイン。
「何に入る?」
ケイドが別項目を開く。
**ORISON ACCESS REQUIRES :**
一。
**LOW-AMPLITUDE GUIDE ARCHITECTURE**
二。
**MULTI-DYAD RECIPROCAL STABILITY**
三。
**NON-COERCIVE RETURN VALIDATION**
誰も喋らない。
アリは一行ずつ読む。
低出力。
多重相互安定。
非強制の帰還確認。
C級だから足りないのではない。
C級に近い何かが必要。
メラが壁へ近づく。
「これはガイド階級の要件じゃない」
オリン。
「認証要件」
ケイド。
「アリの測定結果と一致する」
ブラム。
「偶然?」
誰も答えない。
タヴィアは部屋の後ろ。
今度は立ったまま。
アリが見る。
「知ってた?」
「低出力要件までは」
「どこで」
「古い戦争記録」
ソレン。
「なぜ共有されていない」
「オリゾン関連資料は、フューリー権限でも欠落が多い」
ケイド。
「削除?」
「削除されたものと、最初から存在しないものがある」
イラン。
「素敵な官僚制」
トーマ。
「帝国と協力して作った?」
その冗談に誰も笑わなかった。
可能性があるから。
ケイドが次を開く。
**CANDIDATE HISTORY**
複数名。
ほとんど黒塗り。
一人だけ読める。
**VEY, ARI**
その横。
**PRIMARY EVALUATOR : SORN, IRIA**
ブラムが椅子を押して立つ。
「イリアが評価官?」
タヴィアの顔が硬くなる。
「私は知らない」
マレク。
「信じろと?」
「信じなくていい」
タヴィアは表示から目を離さない。
「私も今、初めて見た」
アリはイリアの録音を思い出す。
以前、ハルシオンの代替候補評価を受けた。
それだけではなかった。
オリゾン。
アリ。
イリア。
同じ索引。
同じ評価官。
「評価結果は?」
ケイドが開く。
一部破損。
読める行。
**HALCYON REPLACEMENT : REJECTED**
**ORISON ACCESS : SUSPENDED**
アリの胃が沈む。
イリアの録音で聞いた拒否が、帝国側の記録にも残っている。
その下。
一行だけ、別の記録者。
**RETEST RECOMMENDED AFTER COGNITIVE DISCONTINUITY**
部屋が止まった。
アリは読み間違えたと思った。
「何?」
ケイドの顔から色が消えている。
「その語」
オリンが壁へ近づく。
「COGNITIVE DISCONTINUITY」
メラ。
「標準診断名じゃない」
タヴィア。
「軍用でもない」
アリは笑いそうになる。
笑う場所ではない。
でも他に何をすればいい。
「じゃあ誰の用語?」
誰も知らない。
一番嫌な答え。
レンが別の暗号層を開く。
「待って」
航法キーと索引が接続する。
《エピストル》から奪った本来の任務データ。
地図。
ヘリックス回廊からオリゾン系へ続く航路。
途中に何もない。
星系も、基地も、補給点も。
空白。
なのに座標だけがある。
**ORISON NODE 0**
ソレン。
「距離」
ダインが計算する。
「ロング・メモリーで四十一時間。通常航路なら存在しない位置」
トーマ。
「存在しない場所へ四十一時間?」
イラン。
「旅行広告として弱い」
アリの手首端末が鳴った。
イリアの後継ファイル。
誰も触っていない。
新しい表示。
**EXTERNAL CONDITION DETECTED**
**ORISON COORDINATE VERIFIED**
**SUCCESSION RECORD 02 : AVAILABLE**
ブラム。
「死んでから働きすぎだろ」
今度はジョリンが笑えなかった。
ソレンがタヴィアを見る。
「開ける」
「待って」
タヴィアの声が珍しく強くなる。
全員が彼女を見る。
「理由」
ソレン。
タヴィアはアリを見ている。
「記録一は、イリアがハルシオンへ残したものだった」
「二は?」
「外部条件で開いた」
ケイド。
「オリゾン座標」
「そう」
アリ。
「だから?」
タヴィアの目が古くなる。
「イリアが何を知っていたか、私は知らない」
一拍。
「でも、オリゾンを知った人間は、過去に二種類しかいない」
トーマ。
「研究者と軍人?」
「違う」
タヴィア。
「帰ってきた人間と、帰ってこなかった人間」
部屋が静かになる。
アリは黒いファイルを見る。
再生ボタン。
その横で、戦術壁が更新される。
ヴェスパー司令部から新しい命令。
**HALCYON : HOLD FOR REASSIGNMENT**
**GUIDE VEY : DO NOT TRANSFER**
**ORISON NODE 0 : ACCESS OPERATION UNDER REVIEW**
ブラム。
「もう決まってる言い方だな」
ソレン。
「まだ命令じゃない」
ケイド。
「なる」
アリはイリアの記録二へ指を置く。
押さない。
まだ。
自分で確かめろ。
軍に説明させるな。
イリアの言葉。
アリは十人を見る。
「先に一つ決めたい」
ソレン。
「何を」
「もしオリゾンへ行くなら」
十の鼓動が集まる。
「私を運ぶためじゃなく、十一人で行く」
ブラムが鼻で笑う。
「今さら?」
マレクは何も言わない。
ただ、自分の端末でPRIVATE申請を閉じなかった。
ジョリンが最初に頷く。
ダインは作戦距離を見ている。
レンは帝国データを保存する。
イランは笑っていない。
トーマも。
オリンはアリの負荷値を見る。
ケイドは記録二を見つめる。
ソレンが最後に答えた。
「作戦回答としては、不十分だ」
アリは待つ。
彼の口元がほんの少し動く。
「だが、方針として採用する」
その瞬間。
イリアの記録二が、自動で再生された。
誰も触っていない。
死んだ女の声。
「一人で来ないで。ハルシオンと来なさい」
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