第十八話 十一人目
イリアの記録二は、一文で止まった。
「一人で来ないで。ハルシオンと来なさい」
そのあと、音がない。
故障ではない。
表示が出ている。
**RECORD 02 : PARTIAL RELEASE**
**REMAINING CONTENT : LOCKED**
ブラムが天井を見る。
「死んでも人を焦らす才能がある」
ジョリン。
「そこは本当に変わらない」
ソレンは笑わない。
戦術壁へ届いた新しい命令を見ている。
**GUIDE VEY : TEMPORARY TRANSFER / ORISON ANALYSIS CELL**
**CONCORD HALCYON : HOLD LONG MEMORY**
アリは二行を読む。
もう一度読む。
「早いね」
ケイド。
「帝国データ解読の直後」
「褒めてない」
「知ってる」
ソレンが命令詳細を開く。
アリ単独。
四時間後。
中央解析区画へ移送。
ハルシオンはロング・メモリー待機。
オリゾン・ノード0への接近可否を、アリの生体認証と帝国航法キーで検証する。
十人を連れていく記載はない。
イリアの声が、まだ部屋に残っている気がした。
一人で来ないで。
ハルシオンと来なさい。
ブラムが立つ。
「断れ」
ソレン。
「座れ」
「断らせてから座る」
「順序が逆だ」
アリ。
「私、断れるの?」
全員が少し黙る。
良い質問ではなかったらしい。
タヴィアが答える。
「命令そのものを拒否すれば軍法上の問題になる」
「じゃあ断れない」
「命令の前提が間違っていると証明すればいい」
トーマ。
「それ、断るより面倒」
タヴィア。
「軍隊よ」
オリンはもう医療表示を開いている。
「前提は間違ってる」
ソレン。
「理由」
「代替統合中のガイドを、活動中の十ダイアドから単独で切り離す安全性データがない」
メラが横から言う。
「ある」
オリンが見る。
「どこ」
「失敗例」
部屋が静かになる。
メラは端末へ数件の古い記録を出した。
交代ガイド。
強制移送。
急性切断。
センチネル側に自律神経暴走。
ガイド側に解離、失神、記憶障害。
死亡例もある。
アリは読む。
「なんで最初から命令に添付されてないの?」
タヴィア。
「分析側は、おまえを十人付きの家庭として見ていないから」
アリは活動中の十本の線を見る。
命令文では、その十本が最初から存在しないみたいだった。
自分だけ抜いて運べる部品として書かれている。
ソレンが通信を開く。
「ハース・ヴェスパー司令部。ハルシオン指揮官ソレン・ヴェイル。ガイド単独移送命令へ医療異議」
返答まで十二秒。
**MEDICAL OBJECTION RECEIVED**
**TRANSFER REMAINS ACTIVE**
ブラム。
「役に立ったな」
ソレン。
「一回で終わると思うな」
次にオリン。
「医官オリン・ケイル。活動十ダイアドの強制切断は、代替統合規程第七節の高危険行為に該当。安全評価なしの移送へ署名しない」
返答。
**MEDICAL SIGNATURE WAIVED BY FURY AUTHORITY**
全員がタヴィアを見る。
タヴィアの眉が上がる。
「私、署名してない」
ケイドが立つ。
「誰のフューリー権限?」
命令情報を開く。
黒塗り。
発令者名なし。
権限階層だけ。
**FURY-LEVEL OVERRIDE**
タヴィアの目が変わる。
古い目ではない。
怒っている人間の目。
「それは私の階層を使ってる」
ソレン。
「あなたではない」
「ええ」
「他に何人」
「数えたくないくらい」
トーマ。
「今は数えて」
タヴィアが睨む。
「あとで」
ケイドは命令の署名鎖を追う。
レンは通信経路。
イランは暗号文の癖。
ダインは何も言わず、アリの移送予定装備を一覧から消した。
表示が一つ赤くなる。
**GUIDE TRANSFER KIT : UNAVAILABLE**
ソレンが見る。
「ダイン」
「故障」
「何が」
「全部」
「いつ直る」
「命令が変わったら」
イランが口元を押さえる。
アリは笑わないようにするのに失敗した。
ダインは真顔。
「整備判断」
トーマ。
「愛してる」
「黙れ」
レンが通信を切る。
「移送艇側へ、アリ単独乗艦の要求がもう飛んでる」
ジョリン。
「返事は?」
「まだ」
「送れる?」
レンはアリを見る。
「本人からなら」
全員がアリを見る。
また。
死んだ女ではない。
軍でもない。
十人でもない。
アリが決める番。
送信欄を開く。
何を書けばいい。
拒否。
それだけなら、軍法違反になる。
医療異議。
もう送った。
アリは第十二話の作戦前を思い出す。
個別の停止条件。
十人に訊いた。
今度は自分の停止条件。
「書く」
レンが入力待機へする。
アリは言った。
「ガイド・アリ・ヴェイ。単独移送には同意しない」
ソレンが何も言わない。
「理由。活動中の十ダイアドを強制切断した場合、私とハルシオン双方の機能を保証できない」
一拍。
「オリゾン関連任務への参加自体は拒否しない」
ブラムがアリを見る。
「ただし」
自分の声が少し震える。
止めない。
「現コンコードを分離しないこと。十一人を一つの作戦単位として評価すること。それが条件」
レンが送る。
**TRANSMITTED**
返事は来ない。
三十秒。
一分。
その間にケイドが署名鎖を一つ見つける。
「発令経路、中央じゃない」
ソレン。
「どこ」
ケイドが表示する。
**ORISON ANALYSIS CELL / PROVISIONAL**
イラン。
「自分で自分へ権限を出してる?」
タヴィア。
「仮設組織がフューリー権限を使うのは不可能」
ケイド。
「なのに使った」
アリはイリアの言葉を思い出す。
軍に説明させないで。
まず自分で確かめて。
オリゾンへ行く前に。
命令を出している側も、オリゾンが何か分かっていない可能性がある。
もっと悪い可能性。
分かっている人間だけが、名前を隠している。
返答。
戦術壁が鳴る。
**TRANSFER ORDER : SUSPENDED**
トーマ。
「勝ち?」
ソレン。
「まだ」
次の行。
**HALCYON : TEMPORARY REASSIGNMENT / ORISON ACCESS OPERATION**
**GUIDE VEY : ATTACHED**
ブラムが笑った。
低い。
嬉しいのか怒っているのか分からない。
「今度は俺たちがおまけか」
アリ。
「公平」
ジョリンが息を吐く。
マレクは壁を見たまま。
「十一人」
アリが彼を見る。
「何?」
「条件」
「命令には十プラス一って書いてあるけど」
「違う」
マレクの目がアリへ来る。
「おまえが言った」
十一人を一つの作戦単位として。
アリは少し驚く。
彼がその言葉を拾うと思わなかった。
「嫌?」
「まだ決めてない」
「便利な答え」
「おまえに習った」
ほんの少し。
本当に少しだけ。
マレクの口元が動く。
*
再配属が成立すると、帝国から奪った航法キーが自動で作戦系へ接続された。
ダインがすぐ切ろうとする。
ケイド。
「待て」
「敵データを自動接続するな」
「接続したのはロング・メモリー側」
レン。
「認証要求が出てる」
戦術壁。
**ORISON NODE 0 / ROUTE LOCKED**
**REQUIRED : RECIPROCAL ACCESS SIGNATURE**
ソレン。
「アリ」
「触るだけ?」
オリン。
「深度ゼロ。異常があれば切る」
アリはガイド席へ座る。
十人は周囲へ集まらない。
それぞれの場所にいる。
ダインは端末。
レンは通信。
ケイドは航法図。
オリンは医療表示。
ソレンは戦術壁。
ブラムは壁にもたれ、包帯の手を組む。
ジョリンはアリが見える位置。
トーマとイランは珍しく静か。
マレクは扉の横。
誰もイリアの位置を再現しない。
アリは閉ループを開く。
一人ずつ。
十。
深くない。
PRIVATEではない。
ただ返りがある。
押せば戻る。
戻れば直せる。
十人とも違う。
その違いを消さない。
航法キーが反応する。
**SIGNATURE ACCEPTED**
地図の空白に、一本の線が生まれた。
通常航路に存在しない四十一時間。
星のない座標。
オリゾン・ノード0。
最後に、新しい一行。
**AUTHORIZED COMPLEMENT : 11**
誰も喋らない。
アリは十の鼓動を聞く。
自分の心臓を足す。
十一。
初めて、オリゾンまでの道が地図に現れた。
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