第十四話 伝令
誰も動かなかった時間は、一秒より短かった。
戦場では長すぎた。
ソレンが最初に戻る。
「伝令を確保」
ブラムが男へ踏み込む。
男は抵抗しない。
両腕を上げる。
「撃たないでくれ。私が死ねば航法キーは消える」
ケイド。
「嘘」
男が彼を見る。
「早いな」
「脈が変わった」
アリにも分かった。
男は怖がっている。
でも、航法キーの話をした瞬間ではない。
アリの名前を言ったとき。
**CORE PURGE : 00:19**
ダイン。
「核ロック」
レン。
「解除鍵、艦橋側」
ソレンは伝令の胸ぐらをつかむ。
「解除」
「私の生体認証」
「使え」
「喜んで」
男は妙に素直だった。
それが一番怖い。
彼が掌を艦橋卓へ置く。
赤い数字。
**00:12**
認証。
**00:09**
解除要求。
**00:06**
アリは十人を感じる。
誰も走らない。
走る必要のある者はもう走っている。
誰も祈らない。
祈る時間がない。
**00:03**
**PURGE ABORTED**
トーマの歓声。
オリン。
「静かにしろ」
「生きてる!」
「だから静かにしろ」
ダインが航法核へアクセスする。
「キー抜く」
レン。
「帝国側から遠隔破壊要求。遮断する」
イラン。
「三系統。二つ偽装」
ケイド。
「真ん中」
「理由?」
「他二つは遅すぎる」
イランが一瞬笑う。
「嫌い」
「知ってる」
アリは艦橋だけを見る。
伝令。
彼はソレンに拘束されている。
ブラムの殺意が、また少し上がる。
アリは触る前に言った。
「ブラム」
「分かってる」
殺さない。
それだけで赤線が少し下がる。
自分でやった。
アリは何もしない。
男の目がわずかに動く。
「それが違いか」
ソレン。
「黙れ」
「イリア・ソーンは先に触った」
部屋が冷える。
アリの内側で十人が同時に反応する。
男はその反応を見ていない。
でも知っている顔。
「何を知ってる」
アリが訊いた。
ソレンが一瞬こちらを見る。
止めない。
伝令はアリの声が聞こえる位置へ顔を向ける。
「君より少し」
「それ、何も知らないって意味にもできる」
「記憶がないんだな」
今度はオリンの青線まで跳ねた。
ケイドは逆に静かになる。
あの静かさは、危険なときの彼だ。
「名前」
ソレン。
「セヴェル・ローク」
「階級」
「帝国聖路局、第二伝令」
「アリ・ヴェイとの接触歴」
初めて、セヴェルが少し迷った。
「直接はない」
ケイド。
「嘘ではない」
アリ。
「じゃあどうして知ってるの」
「記録で」
ソレン。
「何の記録」
セヴェルは答える前に笑いかけて、やめた。
「それを話すなら、捕虜条件を先に決めたい」
ブラムが一歩進む。
アリは赤線へ触れない。
ソレンが片手だけ上げる。
止まる。
「条件を出せる立場だと思ってる?」
「航法キーは取った。私も生きている。作戦目標は達成済み。ここから先は情報の値段の話だ」
イランが通信へ低く言う。
「嫌いじゃない」
ダイン。
「おまえは敵を好きになるな」
「技能への敬意」
「同じだ」
セヴェルが続ける。
「アリ・ヴェイ。君はハルシオンのために選ばれたんじゃない」
アリの呼吸が止まりかける。
オリン。
「呼吸」
言われる前に戻す。
「じゃあ何のため?」
「オリゾン」
戦術表示の赤い文字。
**ORISON SYSTEM - CONTESTED**
ソレンの声が低くなる。
「説明しろ」
「条件」
「却下」
「では帰ってから」
ブラム。
「こいつ、殴っていいか」
アリ。
「まだ」
「まだ?」
「希望を持たせた」
トーマが笑いを漏らす。
緊張が一秒だけ崩れる。
その一秒で、ケイドが伝令卓から補助データを抜いた。
「ソレン」
表示。
**SUBJECT INDEX / GUIDE COMPATIBILITY**
帝国暗号。
解除できない。
でも項目名だけ読める。
一行。
**VEY, ARI**
その下。
**SORN, IRIA**
さらに下。
**ORISON ACCESS CLASSIFICATION**
アリの喉が乾く。
セヴェルは画面を見て、目を閉じた。
「そこまで残っていたか」
ソレン。
「撤収」
誰も反論しない。
*
帰路は行きより短く感じた。
実際には長かった。
《エピストル》の航法キー。
帝国伝令セヴェル・ローク。
補助データ。
全部確保。
死者なし。
負傷。
マレク、肋部装甲内出血。
ジョリン、左手掌裂傷。
トーマ、肩関節亜脱臼。
ブラム、いつものように手。
「いつものようにって書くな」
オリンが診療記録へ入力しながら答える。
「事実だ」
アリは迎撃艇のガイド席で固定されたまま。
戦闘が終わってからのほうが、十人は重い。
アドレナリンが落ちる。
痛みが戻る。
恐怖が遅れてくる。
勝った安心。
死ななかった罪悪感。
敵を傷つけた報酬。
殺さなかった不満。
全部。
一度に。
それでも九にはならない。
十。
マレクもいる。
灰色の線は弱い。
アリは触らない。
「痛み、落とせ」
本人から言った。
アリは見る。
「どれくらい」
「呼吸できるくらい」
「怒りは?」
「触るな」
「了解」
痛みだけを落とす。
マレクの息が深くなる。
一拍。
「さっき」
彼が言う。
「九人で俺を探した」
「うん」
「PRIVATEに入らず」
「入るなって言われてるから」
マレクは天井を見る。
「申請は出した」
「まだ開いてない」
「違いがある?」
「私にはある」
長い沈黙。
灰色の線が少しだけ柔らかくなる。
「帰ったら」
今度は彼が言った。
アリは答える。
「帰ったら」
*
《ロング・メモリー》の格納庫へ接続した瞬間、戦術壁が更新された。
**MISSION STATUS : PRIMARY OBJECTIVES COMPLETE**
**COURIER : SECURED**
**NAVIGATION KEY : SECURED**
**HALCYON CASUALTIES : 0 FATAL**
トーマ。
「最後の行、毎回欲しい」
誰も笑わなかった。
欲しいから。
アリも。
格納庫の向こうにタヴィアが立っている。
黒い制服。
手袋。
その横にメラ。
そして、細い黒いデータ片。
イリア・ソーンの後継ファイル。
封印表示が、黒ではなくなっていた。
**CONDITION STATUS : PARTIAL**
アリは止まる。
タヴィアが言った。
「一つ、満たした」
「何を?」
「帰還」
アリの後ろで十の鼓動が止まりかける。
タヴィアは続けた。
「次がある」
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