第十三話 十から九
「マレク、応答」
ソレンの声。
返事なし。
「第二回線」
レン。
「死んでる。通信じゃない。こっちの中継器も正常」
オリンがアリの波形を見る。
「生体反応は?」
「ガイド経路から消えた」
言った瞬間、自分の言葉が怖くなる。
消えた。
五つの黒い名前。
閉じた絆。
アリの身体が、その意味を先に思い出す。
吐き気。
胸の空洞。
違う。
マレクは死んでいない。
そう決める根拠はない。
でも死んだときの切れ方とも違う。
イリアの死の残響は、千切れた。
これは、閉じられている。
外から。
「遮断」
ケイド。
アリが見る。
「何?」
「切断じゃない。遮断だ」
彼の声は落ち着いている。
「帝国の装備。ガイド信号だけ狙ってる」
オリン。
「そんな装備、聞いたことない」
「だから見てる」
マレクは第一班。
ソレン、ブラム、ケイドと同じ搭乗莢。
まだ敵船へ接触していない。
なら、消えた理由は一つ。
「装備じゃない」
アリが言う。
ソレン。
「説明」
「マレクだけ」
他の九人も弱っている。
でも消えていない。
全体妨害なら、一人だけ完全に消えるのはおかしい。
ケイドが即座に続ける。
「個別標的」
レン。
「どうやって選ぶの」
誰も答えない。
帝国側から、二度目の波。
今度はブラムが一瞬薄くなる。
アリは出力を上げなかった。
返りを拾う。
ブラムの怒りではなく、その下。
右手の痛み。
握力。
足の接地。
三つをつなぐ。
赤線が戻る。
ブラムの息。
「今の何だ」
「捕まえた」
「どこを」
「手と足」
「気持ち悪い言い方するな」
「生きてるなら我慢して」
ソレン。
「アリ。マレクを探せ」
「探してる」
「他九名は?」
「維持できる」
嘘ではない。
余裕があるとは言っていない。
迎撃艇が《エピストル》へ腹を向ける。
磁気拘束が飛ぶ。
一発目。
外れる。
二発目。
敵船の船尾を噛む。
全員の身体が前へ持っていかれる。
トーマの平衡感覚が跳ねる。
アリは吐き気だけを落とす。
彼の笑いが通信へ戻る。
「愛してる」
「それは触ってない」
「じゃあ俺の自由意思」
オリン。
「今それを言うな」
ジョリン。
「一生言う」
船が軋む。
戦争なのに、九人いる。
九人だから、マレクがいないことが余計に分かる。
アリは目を閉じる。
マレク。
彼について知っていること。
イリアの椅子を動かさなかった。
アリに優しくしないと言った。
PRIVATEを拒否し続けた。
そして、自分から申請した。
怒りを減らすな、と言った。
帰るために要るから。
アリは怒りを探した。
絆の中ではない。
他の九人の中。
ソレンの圧力に、欠けた場所がある。
ブラムの怒りが一方向へ偏っている。
ジョリンの温度に冷たい裂け目。
マレク本人の信号がなくても、十人の家族から一人を抜けば、九人の形が変わる。
空席。
十一の席。
五つの固定穴。
一脚を動かさなかった男。
アリは九人へ言った。
「マレクを思わないで」
全員。
「何?」
「十秒だけ。マレクを考えないで」
ブラム。
「無理だ」
「だからやって」
ソレン。
「従え」
九本の返りが変わる。
抑えようとして、逆に輪郭が出る。
怒り。
苛立ち。
心配。
記憶。
それぞれの神経が、いない一人の場所を避けようとする。
避けた形が重なる。
そこ。
アリは直接マレクへ手を伸ばさない。
九人の欠損だけを読む。
座標ではない。
方向。
「左舷下」
ケイドがすぐ船図を見る。
「何が?」
「マレク」
「まだ接舷前だ」
「違う。遮断源」
ケイドの目が細くなる。
左舷下。
帝国船から切り離された小型ドローンが一機、拘束索に沿って滑っている。
レン。
「見えた。こっちの搭乗莢に貼りついてる」
ダイン。
「外せる」
ソレン。
「撃て」
ダイン。
「撃ったら莢も開く」
ブラム。
「俺が外す」
ソレン。
「却下」
「理由」
「宇宙だからだ」
「知ってる」
「おまえは時々知らない」
アリは二人のやり取りを半分だけ聞く。
遮断源。
マレクは生きている。
たぶん。
ダインが作業アームを遠隔で回す。
ドローンを掴む。
一度滑る。
二度目。
捕まえる。
「切る」
アームがドローンを拘束索から引き剥がした。
ノイズ。
一瞬、全員の線が白くなる。
そして。
灰色。
弱い。
遠い。
でもある。
**ACTIVE DYADS : 10**
マレクの声が戻った。
最初の一言。
「誰が俺を九人で探した」
アリは息を吐く。
「不満?」
「気持ち悪い」
「ブラムも同じこと言った」
「最悪だ」
ブラム。
「俺を巻き込むな」
マレクの灰色が少し強くなる。
怒り。
生きている。
帰るために要る怒り。
アリは触らない。
*
接舷。
帝国船の外殻へ、三本の拘束脚が噛む。
ソレン。
「第一班、侵入」
隔壁が開く。
アリは全員の身体を同時に感じた。
十人の目を見ているわけではない。
十人の血圧、筋緊張、痛み、恐怖、呼吸、報酬の方向。
その一つ一つへ、必要なときだけ指を置く。
ソレン。
交感神経が上がる。
落としすぎない。
判断速度は守る。
ブラム。
敵影。
報酬系が殺傷へ跳ねる。
伝令は生存確保。
アリは快感の行き先を、破壊ではなく制圧成功へ三度だけずらす。
ブラムが一人目の帝国兵を壁へ叩きつける。
死なない強さ。
本人が驚く。
「今、やったか」
「やった」
「後で文句言う」
「帰ったら聞く」
マレク。
銃弾が脇腹の装甲へ当たる。
痛みが走る。
アリは消さない。
本人の条件。
二発目。
痛みが呼吸を崩す。
そこだけ落とす。
灰色が怒る。
「触ったな」
「呼吸だけ」
「……続けろ」
それは許可だった。
短い。
でも聞き間違えない。
レン。
通信が三層重なる。
敵、味方、艦内自動音声。
聴覚を切らない。
雑音だけ落とす。
緑線が安定する。
「助かる」
その言葉は戦闘中には珍しいらしい。
イランが笑う。
「今日はみんな素直」
直後、彼の恐怖が跳ねた。
敵士官と鉢合わせ。
顔には出ない。
約束通り。
アリは触らない。
イランが帝国語で何か言う。
士官が一瞬止まる。
その一秒でダインが後ろから倒した。
「何て言った?」
ダイン。
「上官の声で『伏せろ』」
「性格が悪い」
「技能」
トーマ。
「好き」
*
第一班が艦橋前へ到達したとき、《エピストル》が自爆準備へ入った。
赤い警告が全員の視界へ出る。
**CORE PURGE : 00:46**
ケイド。
「罠」
ソレン。
「伝令位置」
レン。
「艦橋奥。生体一。護衛二」
ダイン。
「航法核まで四十秒じゃ足りない」
ソレン。
「分離する」
第一班が艦橋。
第二班が核。
第三班が自爆系統。
十人が三方向へ割れる。
アリの意識も三つに裂ける。
また混線しそうになる。
ソレンの判断。
ブラムの怒り。
マレクの痛み。
ケイドの視野。
ダインの指。
レンの耳。
イランの呼吸。
ジョリンの恐怖。
トーマの平衡。
オリンの計測。
一つずつ。
人間。
役割ではない。
十人。
**00:31**
艦橋扉が開く。
帝国伝令が立っていた。
白い軍服。
細い男。
銃を持っていない。
ブラムが止まる。
理由はアリにも分からない。
男はブラムではなく、ガイド回線の向こうを見るように顔を上げた。
そして言った。
「アリ・ヴェイ」
アリの心臓が一拍遅れる。
男は笑わない。
驚きもしない。
ただ確認する。
「やっぱり、ソーンは君をハルシオンへ入れたのか」
**CORE PURGE : 00:24**
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