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『凡人の俺、一万円札に転生して最強の幼馴染の財布を目指す』  作者: 凪塩 未来


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第3話:千円札の隣で

第2話では、極貧の大学生の財布に収まり、お金の側から見る人間の切実な生活や焦燥感を体感した駆。

今回は第3話! 舞台は少し変わり、ピュアな青春の一幕に寄り添うことになります。お金という無機質な存在が、誰かの大切な「一歩」を支える瞬間とは――?

それでは、第3話「千円札の隣で」の本編をどうぞ!

大学生の男の手を離れた駆は、コンビニのレジでの細かな釣り銭のやり取りを経て、若い女性の財布へと滑り込んでいた。


――今度は、高校生か?


財布を開閉するたびに差し込む光や、漂う香水の匂いから、持ち主が若い女の子であることを駆は察知した。制服のポケットや、通学カバンの底に放り込まれるたび、ガサゴソと甘酸っぱい青春の気配が伝わってくる。


この財布の中には、駆のほかに数枚の千円札と、小銭がいくらか入っていた。

その隣にぴったりと寄り添うように収まっているのは、少しだけ端が折れ曲がった「千円札」だった。前回の大学生の財布にいたやさぐれた札とは違い、どこか緊張したような、それでいて決意に満ちた空気をまとっている。


「ねえ、緊張する……!」


放課後。夕暮れ時の染まり始めた駅前のカフェで、財布の持ち主である女子高生が、友達に向かって小声で叫んだ。

財布がガバッと開き、周囲の光が一気に流れ込んでくる。


駆は視界の端で、向かいの席に座る友達の姿と、その少し離れたテーブルに立つ「先輩」の姿を捉えた。

すっきりと背が高く、バスケットボール部のジャージを羽織った男子生徒。彼女がずっと片思いをしている相手だった。


「大丈夫だって! ちゃんと渡せるって!」

友達が力強く背中を押す。

女子高生の顔は、トマトのように真っ赤だった。彼女の手が財布の中に伸び、慣れない手つきで中を探る。

選ばれたのは、駆の隣にいた、あの少し折れ曲がった千円札だった。

――いや、正確には、その千円札と一緒に、一万円札である「駆」自身も一緒に摘み出されていた。


「あ、あの……! 先輩!」


女の子の震える声が響く。

先輩と呼ばれた男子生徒が、怪訝そうに振り返った。

「ん? どうしたの?」

「これ……! 先輩の落とし物、だと思います……!」


嘘だった。落とし物なんかじゃない。

彼女が今日の放課のために、親から貰ったお小遣いから必死に貯め、内緒で買った大好きなアーティストの限定CD――の、予約チケット代なのだから。

先輩が財布を落としたというのは、声をかけるための精一杯の口実だった。


いや、厳密に言えば、先輩が数日前に生徒手帳入れの隙間から小銭を落としたのを目撃し、それをずっと大事に持ち歩いていたのだ。

「これを返したい」という口実を盾に、彼女は彼に近づきたかった。


先輩は少し目を丸くしたが、すぐに優しく笑った。

「あ、これ、この前の部活のときに落としたやつかも。ありがとう、助かったよ」

「い、いえ……!」


女の子の顔がさらに真っ赤になり、心臓の鼓動が財布越しに駆の身体まで伝わってくるような気がした。

手が震え、彼女は握りしめていたお札――千円札と、そしてなぜか一緒につまみ出されてしまった一万円札(駆)を、そのまま先輩の手に差し出してしまう。


「あ、れ……?」


女の子が青ざめた。

彼女が渡そうとしたのは千円札一枚のはずだった。だが、緊張のあまり、隣にいた駆(一万円札)まで一緒に握り込んでしまい、そのまま先輩の手に押しつけてしまったのだ。

――やばい、一万円も渡しちゃった! これじゃお釣りが発生するし、計画がめちゃくちゃになっちゃう!

女の子のパニックが、空気を通して伝わってくる。


しかし、先輩は差し出されたお札を見て、クスッと笑った。

「ん? これ、お釣り? それとも……奢ってくれるの?」

「ち、違います! 間違えました! それ、返してくださいっ!」

慌てて引っ込もうとする彼女の手を、先輩が優しく制した。

「冗談だよ。ありがとう。じゃあ、お礼に今度、あそこのカフェでジュースでも奢るよ。連絡先、交換しよっか」


――えっ。


女の子の目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。

それは悲しみの涙ではない。あまりにも眩しすぎる、恋の始まりの涙だった。


二人の間に流れる、甘く柔らかい空気。

先輩の手に握られた駆は、自分の身体がわずかに温かくなったような錯覚を覚えた。

お金というものは本来、冷たくて、ドライで、打算的なものとして人間の間を駆け巡るはずだ。


多重債務に苦しむ男を追い詰め、裏社会で血を流させるような「毒」にもなり得る。

だが、こんな風に――誰かの勇気や、ピュアな恋心を繋ぎ止めるための「橋渡し」になることもあるのだと、駆は知った。


夕日が、カフェのガラス窓をオレンジ色に染め上げる。

若い二人が並んで歩き出す足音を聞きながら、駆は福沢諭吉の顔のまま、静かに思った。


――悪くないな、こういう旅も。


人間の欲望の最深部を見て絶望する一方で、人間が持つ純粋な温もりに触れる。

一万円札としての果てしない旅路は、駆の想像よりもずっと深く、色鮮やかな世界へと続いていた。

第3話「千円札の隣で」をお読みいただき、ありがとうございました!


裏社会や極貧のリアルを描いた前回から一転して、今回は高校生のピュアな恋心に寄り添うエピソードをお届けしました。ハプニングから始まった二人の距離が縮まる瞬間、お金という存在が少しだけロマンチックに見えたのではないでしょうか。


次回、第4話「多重債務の夜」では、再びシリアスな現代の闇へと足を踏み入れていきます。パチンコと借金に狂う男の手で、駆は何を目撃するのか……?

「続きが気になる!」「甘酸っぱい展開もいいね」と思っていただけましたら、ぜひブックマークや応援評価をよろしくお願いします!


それでは、第4話でお会いしましょう!

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