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『凡人の俺、一万円札に転生して最強の幼馴染の財布を目指す』  作者: 凪塩 未来


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第2話:最初の財布と、レジの温もり

第1話では、不慮の事故で命を落とした高校生・佐藤駆が、まさかの一万円札(福沢諭吉)へと転生してしまうという衝撃の幕開けをお届けしました。

今回はついに第2話! 人間から「お金」になった駆が、初めて人間の財布に収まり、レジの向こう側から見えた現代人のリアルな懐事情や生活の匂いを体感していきます。

それでは、第2話「最初の財布と、レジの温もり」の本編をどうぞ!

カサリ、と乾いた音がした。

視界(のようなもの)が暗転し、周囲が急に狭くなった。どうやら俺――一枚の一万円札となった佐藤駆は、誰かの財布の中に放り込まれたらしい。

革の匂いだろうか。どこか新しくて、それでいて使い古された油の混じった、独特の匂いが鼻腔をくすぐる(もちろん鼻なんてないのだが、感覚としてそう認識してしまう)。


――なんだこれ。めちゃくちゃ狭いぞ。


身動き一つ取れない。周囲には仲間――いや、他の紙幣たちがギチギチに押し込められている。

隣にいるのは、しわくちゃになった千円札だ。顔のあたりがうっすらと汚れていて、なんだかひどく疲れているように見える。

「……おい、新顔だな」

隣の千円札が、カサカサとすれ合う音で話しかけてきた。声帯はないはずなのに、不思議と脳内に直接響くような感覚だった。

「あ、はい。さっきレジでお釣りとして入ってきたばかりで……」

「新札の匂いがプンプンするぜ。どうせすぐにどこかのバカにパチンコ代か酒代に使われる運命さ。せいぜい今のうちにパリッとした感触を楽しんどきな」

やけにやさぐれた千円札の言葉に、駆は絶句した。


死んで一万円札になったというのに、ここでも階級社会というか、お札のランクみたいなものがあるらしい。お札になってまで「新札」と「ボロボロの札」を気にしなければならないとは、皮肉な話だった。


そうこうしているうちに、財布の持ち主が動き出した。

ガサゴソと財布が大きく揺れ、外の光が差し込んでくる。どうやら買い物をしているらしい。

財布の隙間から、外の様子を覗き見る。レジのカウンターに立っていたのは、大学生くらいの若い男だった。


目の下にクマを作り、着古したパーカーの袖口を引っ張りながら、レジのバーコードリーダーに商品の缶詰を当てている。その表情は、かつての駆自身とまったく同じだった。疲労の色が濃く、どこか投げやりで、そして追いつめられている目をしている。


「合計で、八百四十八円になります」

レジ打ちの女性の淡々とした声が響く。

パーカーの男は、ブルブルと震える手で財布を開いた。

中から取り出されたのは、ついさっきまで隣でやさぐれていた千円札だった。男はレジの女性にそれを手渡し、お釣りの小銭を受け取ると、足早にコンビニを去っていった。


――あいつ、財布の中に一円も余裕がないんだな。


駆は、その男の背中を見送りながら妙に納得した。

かつての自分がまさにそうだった。口座の残高を確認するたびに胃がキリキリと痛み、数円の単位で特売のモヤシを買い求めていた日々。自分が「お金」の側になって初めて、人間がどれほどその薄い紙切れ一枚に怯え、依存し、すがりついているのかが痛いほどよく分かった。


夜が更け、財布は再び暗いポケットの中へ。

男はアパートの一室に戻ると、財布を机の上に放り投げた。

部屋の明かりは薄暗く、テーブルの上には食べかけのカップ麺の容器と、山のように積み上げられた講義のレジュメ。そして、督促状の封筒が無造作に転がっている。


男は机に突っ伏し、かすれた声で呟いた。

「……きつい。今月も、家賃払えるのかよ……」


その声を聞いたとき、駆の胸の奥(のような場所)がキュッと締め付けられた。

心臓はない。体温もない。ただの紙きれだというのに、人間だった頃に感じていたあの焦燥感と無力感が、奇妙な共鳴を引き起こす。

お金がないということは、選択肢がないということだ。やりたいことを諦め、夢を押し殺し、ただ明日を生き延びるためだけにすり減っていく。駆が十七年間ずっと味わってきた絶望の味が、そこにはあった。


――俺は、こんな風に誰かの人生をすり減らすために存在しているのか?

それとも、この男を救うための「価値」になれるのか?


答えは出ない。

だが、冷たい財布の底で、駆は確かに感じていた。

人間が必死に稼ぎ、奪い合い、愛し、憎むこの紙切れには、ただのインクと繊維以上の「何か」が染み込んでいる。


旅はまだ始まったばかりだ。

次にこの財布が開くとき、自分は誰の手に渡り、どんな人間のドラマを目撃するのだろうか。

福沢諭吉の厳格な瞳の裏で、元・高校生の駆は、静かに次の朝を待っていた。

第2話「最初の財布と、レジの温もり」をお読みいただき、ありがとうございました!


生きていた頃には気づかなかった「お金側」からの視点。財布の狭い空間や、ギリギリの生活を送る大学生の姿を通して、駆は少しずつ「お金の重み」を実感し始めました。ただの紙切れではなく、人間の感情や生活がそのまま乗っかっているのが、この世界のリアルなんですね。


次回、第3話「千円札の隣で」では、ピュアな恋の始まりに立ち会うことになります。少し雰囲気が変わり、心温まるエピソードをお届け予定です。

「続きが気になる!」「諭吉の心境の変化が良いね」と思っていただけましたら、ぜひブックマークや応援評価をよろしくお願いします!


それでは、第3話でお会いしましょう!

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